日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第69回 北三陸のウニ、観光と磯焼け対策で注目 ー岩手県・久慈
2022年12月15日グローバルネット2022年12月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
岩手県北部にある久慈市は「北限の海女」をテーマにしたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年4~9月放送)でロケ地になり脚光を浴びた。放送からすでに10年近くが経過しているが根強い人気がある。ウニを巡る海女漁や養殖、潜水士など北三陸の話題をまとめてみる。
●人気朝ドラのロケ地に
あまちゃんでは三陸海岸沿いの架空の町に暮らす海女の祖母のもとに、東京から主人公の女子高生アキがやって来る。アキは「北の海女」になり、やがてアイドルに。東日本大震災後には地元に戻って復興に携わるなど、北三陸と東京を結び付けたユニークな展開が高視聴率を得た。
三陸鉄道久慈駅に着くと、レンタカーで観光案内所や海女の展示などがある小袖海女センターに向かった。南へ10kmの道は断崖や岩礁が視界に飛び込んできた。
7~9月の土日祝日にセンター前では「かすりはんてん」を着た海女が素潜り漁の実演をしている。訪問した6月上旬は見ることができなかった。
地元の海女2人と市商工観光課主査の大内田泰之さんら4人から話を聞いた。大内田さんは「あまちゃん放送前に久慈市を訪れる観光客は90万人弱でしたが、放送のあった年は155万人を記録。センターへの道は大渋滞、車の脇を人が歩けないほどでした」と話した。地元の人たちがエキストラで出演するなど地域は大いに盛り上がったという。
小袖地区のウニの漁獲量自体は少なく、漁の解禁日も限られているため、海女の仕事は観光用の素潜り漁実演がメーン。解禁日の「本気採り」は7月15日から25日までの間の1日、2時間だけだ。話を聞いた2人の海女は30年と50年の経歴を持ち、「本気採りは2時間潜って体重が1㎏減ります」と水中での作業の厳しさを語った。男は船からウニを捕獲する漁を6、7月に8回行う。
豊かな海で育つ海藻を食べて育つ「小袖のウニ」は身入りが良く、まろやかで甘いという。
地域では明治期に男女が潜水漁をしていたが、男が外に働きに出るようになると、残った女性だけが潜るようになった。ピーク時に100人ほどいた海女は現在十数人だという。
大内田さんは「あまちゃん人気は根強く、知名度もありますが、今後も末永く観光資源として人気を保つために新たな取り組みなどを模索中です」と語った。
●磯焼け解消へウニ養殖
国内のウニ漁獲量を調べると、7,880t(2019年)で半分以上の北海道が全国1位で、岩手県は11.7%で第2位。県内の主な産地は洋野町や宮古市。ウニは9割が北海道や本州北部に生息するキタムラサキウニ。ムラサキウニと似ており共に「白ウニ」と呼ばれる。地元では瓶詰めした生ウニや焼きウニ、ウニとアワビのお吸い物「いちご煮」などの多彩な食べ方がある。
岩手県内一のウニ漁獲量を誇るのは久慈市の北隣の洋野町洋野町。後日、(株)北三陸ファクトリーに問い合わせて実情を聞いた。
洋野町は天然のホヤ、ワカメ、アワビなどが豊富だが、漁場は波の荒い外洋で漁が制限されることから、半世紀前から遠浅の岩盤に溝を掘った増殖溝(「うに牧場」で商標登録)を造り、ウニを育てている。稚ウニを沖に放流して2年間育てた後、増殖溝に移す。そこで天然コンブを与え、出荷基準の約6㎝になると、5~8月に出荷する。身は大きく、きれいな色と濃厚な甘みが特徴である。
漁協と連携してウニの販売加工をしている北三陸ファクトリーは、ウニを育ててきた技術を「磯焼け」対策に生かそうと、画期的な新事業に取り組んでいる。
磯焼けは全国的な問題になっており、ウニ漁獲量減少との関係が指摘されている。海の砂漠化といわれる磯焼けは、海水温の上昇などが原因とされる。海藻が消失して大量発生したウニは、身入りが悪く商品価値がない。さらに海藻の再生も妨げる厄介者になっている。
同社は2016年から大学や研究機関などと連携し、専用の飼料やいけすなどを開発。磯焼け対策で駆除されていた身入りの悪いウニを採捕し、8~10週間餌を与えて天然と同水準のウニに育てることに成功した。今年12月下旬から「はぐくむうに」のブランドで販売を始める。
この飼育法だと天然ウニが流通しない秋冬にも出荷でき、収益が期待できる。同社は磯焼けに悩む全国の地域や水産事業者と連携してこの新事業の拡大を目指している。国内では他に同様のウニを陸上で畜養する事業の取り組みもある。
藻場を保全・再生できれば、CO2吸収源にもなる。身入りの悪いウニにキャベツを与える神奈川県水産技術センターの「キャベツウニ」(本誌2019年9月号で紹介)などのアイデアがいよいよ商業ベースになるのか。「じぇじぇじぇ」(ドラマで話題になった驚きを示す小袖地区の方言)である。
●唯一の潜水士養成学
あまちゃんでは架空の北三陸高校潜水土木科の潜水訓練のシーンがある。ロケは岩手県立種市高等学校海洋開発科で行われた。海洋開発科は潜水と海洋土木の基礎的知識と技術を学べる全国唯一の学科である。
伝統の「南部もぐり」は明治期、地元で座礁した船の引き揚げにかかわった磯崎定吉が習得した潜水技術を受け継ぎ、120年以上の歴史がある。卒業生は海洋工事全般に関わる潜水士として、国内外で活躍している。本州四国連絡橋や関西空港などでの海底作業をニュースなどで見たことがある。
海洋開発科の科長、吹切重則さんに潜水実習中のプールを案内してもらった。映画などで見た宇宙人のような外観。ヘルメット潜水と呼ばれ、潜水士、連絡員、送気員の3人チームで行うのが基本である。教師たちが潜水服や潜水靴などの装着の手本を示し、生徒たちが練習する。吹切先生は「潜水技術の進歩でスキューバや全面マスクなどの潜水方式もありますが、安全確保の基本である伝統の潜水技術を習得してもらいます」と説明した。
種市高校で午前8時に流れる『南部ダイバー』(作詞作曲:安藤睦夫)はあまちゃんでも登場した。潜水士の誇りあふれる、生徒や卒業生の愛唱歌である。
再び久慈に戻ると久慈駅近くの「情報交流センターYOMUNOSU」で、あまちゃんの衣装や絵、ジオラマなどを見た。土日祝日限定で「南部もぐり」の潜水と「北限の海女」の素潜りの実演がある「もぐらんぴあ水族館」は次の機会にしよう。
久慈取材の締めくくりは、久慈駅で一つ残っていたウニ弁当を奇跡的に買えたこと。そのままJR八戸線で青森県へ向かった。この日の朝、宮古駅から久慈駅まで北上した三陸鉄道の旅は、美しい海岸線や西行法師ゆかりの海岸などの名所を通り過ぎたことを思い出した。「次に来るときは一駅ずつ訪ねよう」と思った。