INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第74回 月餅と習近平生態文明思想

2022年10月17日グローバルネット2022年10月号

地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

中秋節に月餅を贈る習慣

日本では私たちの実際の生活の中で、もはや旧暦が使われることはほとんどないが、中国では今なお多くの伝統行事が旧暦に基づいて行われている。中国の祝日になっている旧暦の伝統行事の例を挙げると(かっこ内は旧暦)、旧正月の春節(1月1日)、端午の節句の端午節(5月5日)、中秋の名月の中秋節(8月15日)などがある。その他にも祝日ではないが七夕節(7月7日)、重陽節(9月9日)などの祭日は私たちにも多少なじみがある。中元節(7月15日)になるとなじみが薄くなるが、日本では行事よりも夏場の贈答品「お中元」の言葉の方が有名である。中元節は日本のお盆に相当すると言えばわかりやすいだろうか。

2008年の中秋節にもらった月餅(筆者撮影)

端午の節句には粽を食べ、中秋節は十五夜の名月を鑑賞しながら月餅を食べるという習慣は、歴史をさかのぼれば当然だが日本も中国も同じだ。ただし、現在決定的に違うところは、日本では端午の節句や中秋節に粽や月餅を派手に贈り合うことはないが、中国では1ヵ月以上前から有名店に予約するなど準備して、家族、親戚、友人、職場の上司同僚部下、取引先などに豪華な箱入りのものを贈る。特に派手なのが月餅だ。中秋節が過ぎるまでデパートやスーパーには豪華な商品が塔のように高く、山積みに並ぶ。

そして、中秋節が過ぎるとどの家にも食べきれなかった月餅が山のように残る。20年近く前の話になるが、北京の職場の中国人スタッフが毎日のお弁当の主食として月餅を食べ続けていた。私も頂いたものをたらい回しで贈ったりしたが、それでも一人暮らしの家には月餅があふれ、冷凍にして日本帰国時に持ち帰って配ったりしたものだ。豪華な箱から取り出せば、それほどかさばらない。

月餅等の過剰包装規制へ

21世紀に入り資源環境問題に対する中国共産党・政府の問題意識が高まり、循環経済社会実現に向けて法制化の検討が本格化してくる頃になると、月餅に代表される過剰包装や度が過ぎた豪華高価格な商品と月餅との抱き合わせ販売が問題視されるようになった。抱き合わせに関して手元にある少し古い資料をひもとくと、「ここ数年、高級志向がエスカレートして高級ブランデーや高級茶葉が付いたものから31万元(約420万円)の「住宅付き月餅」や18万元(240万円)「純金付き月餅」まで登場し、度を越えた月餅商戦が問題になっていた。」(出典:2005年7月中国情報局ニュース)とある。ここまで度が過ぎると、高級商品に月餅を添えるという表現の方が正しくなる。

2005年9月、国家品質監督検査検疫総局と国家標準化管理委員会は「月餅に係る強制国家基準」を制定し、2006年から施行した。この基準の中には「包装に係る強制的要求」という項目があり、包装に係るコストは月餅の工場出荷価格の25%を超えないこと、月餅一つずつの包装に生ずる隙間は月餅の容積の35%を超えてはいけないことなど細かく規定した。

その後2009年には国家市場監督管理総局と国家標準化管理委員会は「商品過剰包装の制限要求(食品および化粧品)国家基準」を制定し、月餅を含む多くの食品や化粧品の過剰包装を制限した。そして以上のような措置を徹底するため、2008年の中秋節前に国家発展改革委員会等5部門は「月餅包装の更なる規範化に関する通知」を、2009年に国務院弁公庁は「商品の過剰包装対策業務に関する通知」を出した。2008年に成立した循環経済促進法でもこのような国家基準を支持し、同法第19条で、包装物の設計に従事する場合には、関係する国家基準の強制的要求を満たさなくてはならないこと、製品の包装物を設計する際、製品包装に関する基準を満たし、過剰包装による資源の浪費や環境汚染を防止しなくてはならないことなどを規定した。

最近の動きでは、2021年に上述の「商品過剰包装の制限要求(食品および化粧品)国家基準(2009年)」が改正強化され、新基準は2023年9月1日から実施されることになった。ただし、月餅と粽については2022年8月15日から前倒しで適用されることになり、月餅に対しては、①包装は3層(筆者注:外箱、内箱、個別包装)以下、②包装の空隙の圧縮、③包装コストの低減(100元(約2,000円)以上で販売される月餅の包装コストは販売価格の15%以下、100元以下のものは20%以下にしなければならない)、④他の商品との混在(抱き合わせ)禁止――が強化された。国家市場監督管理総局は、今年の中秋節(新暦の9月10日)前日の9月9日に、「31社の38の月餅商品について、包装空隙率・包装層数等項目を重点的に検査した結果、37の商品が合格(合格率97.4%)」と発表している。また、国務院弁公庁も今年の中秋節直前に2009年の通知をさらに強化する通知(「商品過剰包装対策をさらに強化する通知」)を出して、地方政府や各省庁等に対して今後の対策の徹底を細かく指示した。

月餅の過剰包装抽出検査結果について記者発表する国家市場監督管理総局責任者(出典:同総局ウェブサイト)

月餅狙い撃ちの背景

さて、このように最近あらためて月餅の過剰包装等を狙い撃ちするように規制強化した背景は何であろうか。以下は全くの私見であるが、10月16日から開催される中国共産党第20回全国代表大会(注:5年に一度開かれる中国共産党にとって最も重要な会議。この大会直後の会議「一中全会」で新しい総書記が選出される)を目前に控えた敏感な時期で、2018年に確立されたとする「習近平生態文明思想」の貫徹を目指す上で、豪華で派手な月餅が目障りで油断ならぬ大敵だったからではないか。全国の共産党員・官僚も含めた中華人民に豪華な月餅を公然と派手に贈り合われては、習近平生態文明思想の軽視ひいては反旗の象徴になる恐れがある。そして、これを看過し取り締まらないと、行政当局の責任者も職務怠慢となり問責降格処分の対象になる恐れがある。ここまで言うとうがち過ぎだろうか。

上述の9月9日の国家市場監督管理総局の発表によれば、全国のレストラン、商店、スーパー等8万1,565軒を検査した結果、箱入り月餅の全国平均価格はこれまでより下がって157元(約3,140円)で、500元(約1万円)以上の箱入り月餅は大幅に減少していたということであった。この結果をどう見るかであるが、習近平生態文明思想貫徹の結果の大勝利だったと見るかどうかは読者の皆様の判断に委ねたい。

最後に余談になるが、今年もずっと日本滞在で中国の月餅を食べることができなかった。かつてゲップが出るほど食べ飽きた月餅も、3年続けて食べられないと恋しくなる。

 

〈参考〉習近平生態文明思想
 2018年5月に開かれた全国生態環境保護大会(連載第48回2018年6月号参照)で習近平国家主席(総書記)が話した重要講話が基礎になり、後に「習近平生態文明思想」と呼ばれるようになった。2018年春の憲法修正で序文に「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」という文言が追加されたが、生態文明思想はこの社会主義思想の重要な構成部分として位置付けられる。2021年7月、生態環境部は習近平生態文明思想研究センターを設立し、全国各地で学習会を開催しているほか、今年7月には習近平生態文明思想学習綱要が出版されている。

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