日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第65回 豊浜は屈指の底引き・船引き網拠点ー愛知県・南知多町

2022年08月15日グローバルネット2022年8月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

前回の野間埼灯台から南に進み、知多半島の先っぽにある南知多町にやって来た。伊勢湾と三河湾に囲まれ、多種多様な漁獲に恵まれている沿岸漁業と観光の町である。

この町で夏に行われる「豊浜鯛まつり」は、豊漁と海の安全を祈る奇祭。竹と木材で作った枠に白木綿を巻いた重さ約1tの巨大なタイの張りぼてが登場し、海に入ったり町を練り歩いたりする。

●絶品マイワシの刺し身

町にある豊浜漁業協同組合(正組合員190人)を訪ねた。愛知県内で一番水揚げの多い漁協である。半島先端の羽豆岬までもう少しの位置にある漁協に到着すると、事前に対応をお願いしていた職員から話を聞くことができた。

漁協は周辺海域での底引き網漁と船引き網漁が中心だ。底引き網は10~15トンの漁船で、海底付近や海底の砂泥中にすむ底魚そこうおを袋状になった網で捕る。2種類あり、一つは「板びき網」で、海底近くを引く網の手前部分に開口板が取り付けられている。網を船で引くと網の開口部が閉じてしまうが、引き綱の途中に開口板を取り付けて網口を広げることができる。もう一つは「けた網」で櫛状の桁を網の開口部に備えている。底引き網の獲物はカレイ、アナゴ、エビ類などで、船上ですぐに魚を選別し、水槽に入れて生かして持ち帰る。底引き網とは対照的に、海の表層や中層上部にいる浮魚うきうおを捕るのが船引き網漁である。一つの網を2隻で引き、魚を漁港に運ぶ運搬船も加えた船団で操業する。豊浜漁協には6カ統(船団)がある。

春にシラス漁が始まり続いてカタクチイワシ、お盆の頃には丸干しの原料となるマイワシと変わっていく。「お盆過ぎのマイワシは刺身にすると脂が乗っておいしいですよ」と案内の職員は新鮮なマイワシの味に太鼓判を押す。

●夕市の魚は皆ぴちぴち

説明に続いて漁協と続きの建物にある魚市場へ。午後3時から開かれる夕市は、夜明け前や早朝の市場に比べると、のんびりとした雰囲気。既にトロ箱に入れられたタイ、サワラ、エイ、コウイカなどが持ち込まれている。あちこちでぴちぴち跳ねて、水しぶきが上がる。元気な魚をなだめるようにホースでさかんに海水がかけられていた。

豊浜漁協の魚市場

この日は漁協の外海底びき網(渥美外海で操業する板びき網漁)船は出漁していなかったので、水揚げも多くはなかった。

案内してもらったのはベテラン職員で、市場で扱う魚介類だけでなく、漁業の推移にも詳しい。職員が漁協に就職した当時は、漁獲量が多く、魚価も高かった。市場の外で一般の人も仲買人を通して捕れたての魚を買うことができた。扱う魚の量が多く、漁協の職員らは遅くまで市場の後片付け作業をしていたという。

他の地域の沿岸漁業と同様に、豊浜漁協も長期的には漁獲量と漁業者の減少が続いている。35年前ごろにはシャコも1回の漁で15㎏のトロ箱に20個も捕れていたことがあるという。しかも、いい値がついた。シャコをゆでる専用の加工場もあった。しかし、現在ではシャコは漁獲が減少し、イカナゴも数年前から捕れなくなったままだ。

後継者はというと、船引き網漁は若い後継者がいるものの、底引き網漁の方は今後が心配だという。ノリ養殖のほか、ヒラメ、アカダイ(マダイ)、トラフグ、ガザミ(ワタリガニ)、ナマコなどを放流して資源を増やす取り組みが続く。

昔と変わらないのは、新鮮でおいしい魚介類を味わえる場所があること。その一つである「豊浜魚ひろば」は、漁協所有の建物で中に鮮魚や加工品などを売る店舗が集まっている。魚市場で水揚げされた漁獲物を購入できる。残念ながら豊浜魚ひろばを訪れたときは、営業時間が終わっていたので、普段の営業の様子は見れなかったが、普通車110台、大型バス18台収容の駐車場があり、多くの客が訪れているようだ。

ホームページを見ると店の中に海老煎餅を売る店がある。海老煎餅は愛知県が生産量日本一を誇る特産品で、エビと馬鈴薯でんぷんを主原料とする菓子。三河地方と知多地方が主な生産地として知られる。中でも西尾市一色地区が有名なのだが、地区を通過したのが夜中で確認はできなかった。

ところで、広島市発祥のカルビー(株)のヒット商品で「やめられない、とまらない♪」のCMで知られる「かっぱえびせん」は同じ「えびせん」だが別物なので、念のため。

豊かな漁場に恵まれ、名古屋からも近いので観光を絡めた水産振興は大きな可能性を秘めていると思った。味噌カツやひつまぶしなどの「名古屋めし」にはウナギ以外の魚介類のメニューが入ってないので、南知多町の魚介類を入れることはできないものか。

●ウバメガシの林を歩く

豊浜漁協を出て南へ進み、知多半島最南端「師崎もろざき」へ着いた。伊勢湾と三河湾が交差する場所に位置し、古くから漁業が盛んな町だ。師崎は滞在型の観光地として知られ、料理店も多い。「師崎漁港朝市」では、地元で水揚げされた魚介や干物・つくだ煮などを販売している。

さかな広場

また三河湾に浮かぶ日間賀島ひまかじま篠島しのじまがあり、佐久島(西尾市)と合わせた「三河湾三島」は三河湾国定公園に含まれる。師崎港から観光船で10分の日間賀島は「名古屋に一番近い島」。シラスの塩ゆで工程の見学や名物であるタコ漁具などを展示している日間賀島資料館がある。

篠島までは20分ほど。篠島の10月の祭礼「御幣鯛おんべだい奉納祭」ではタイを「干鯛」の神饌(神様や神棚にお上げする供物)に加工し、伊勢神宮へ届ける。ぜひ訪れてみたい島々だ。

師崎にある羽豆はず岬にたどり着くと、天然記念物に指定されているウバメガシが群生している原生林を散策した。800mも続く遊歩道を歩き、城跡や羽豆神社、展望台などに立ち寄った。暖かい地方の海岸部に自然分布し、潮風や乾燥にも強いウバメガシは備長炭の原料になる。

浜辺に近い公園にはSKE48の『羽豆岬』の歌詞碑があった。地域おこしの効果を期待して2013年7月に地元観光協会が建立した。SKE48は中京圏を拠点に活動するグループで、AKB48の姉妹グループの一つ。歌詞には、岬から見る夕焼け、海原、水平線などのパノラマが表現されている。

展望台からは三河湾、伊勢湾が見渡せ、貨物船と思われる船が走っていた。江戸時代後期から明治時代にかけて知多半島では尾州廻船びしゅうかいせんの船団が活躍した。よく知られる菱垣廻船や樽廻船が運賃を目的にしていたのに対し、買い付けた商品を運んだ先で売る「買い積み方式」で莫大な利益を上げたという。海原を眺めながら往時を想像してみた。

師崎の街並み

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