特集/「緑の街づくり」を担う街路樹の在り方を考える街路樹文化を育むフランス~持続可能な都市づくりを目指して
2022年08月15日グローバルネット2022年8月号
ヴェルサイユ国立高等造園学校付属研究所(LAREP)所属研究員
水眞 洋子(みずま ようこ)
本特集では、街路樹を「文化」の一つとして育み、持続可能な都市づくりを目指すフランスの事例も参考にしながら、日本の街路樹の今後の在り方について考えます。
フランス流の「おもてなし」
2022年夏。フランスは前代未聞の暑さに見舞われています。6月時点で40℃超えを記録し、観測史上最も早く最も高頻度の熱波が続き、地球温暖化の深刻な影響が顕著に現れています。
このような状況下で、ひときわ存在感を増しているのが「街路樹」です。青々と茂る並木が道路や歩道に緑陰をつくり、行き来する人たちを直射日光から守り、街全体の温度上昇を緩和しています。都市部に住むフランス人にとっては絶好の避暑空間として、外国人観光客にとってはフランス流「おもてなし」として、街路樹は今まで以上にその本領を発揮しています。
持続可能な街づくりと街路樹
2015年の第21回国連気候変動枠組条約締約国会議で採択された「パリ協定」は1997年の「京都議定書」を踏襲したもので、今日、フランス国内の自治体の温暖化防止政策や持続可能な街づくり計画の重要な基盤的方針となっています。これらの政策の中で街路樹は重要なテーマとして扱われ、都市圏内のヒートアイランド現象の緩和効果や「生態系ネットワーク」としての有効性などが公認されており、国内全体の都市で街路樹を増やし、育て、守り、体系化していくさまざまな試みが展開されています。
「街路樹文化」先進都市パリ
歴史的にフランスの街路樹を見てみると、元々は温暖化対策のためではなく、むしろ「街の景観の美化」の一環として整備されたものでした。ナポレオン3世は19世紀初頭、産業革命と人口急増の影響で衛生・美化・治安・交通状況が劣悪だった首都パリを大改造し、世界で最も美しい都市へとよみがえらせました。彼の計画の特色は「道路の緑化」にあります。「街路は単なる移動の手段ではなく、景観を楽しむ場所である」という方針を掲げ、幅広の道路にほぼ全て街路樹を整備させました。直線道路に沿って真っすぐ植えられた並木は、パースペクティブ(遠近法)が効いた絵画的風景を演出し、市民の目を楽しませました。また緑の映えた道路は、石造りで無機質な都市空間に春夏秋冬の移ろいや小鳥のさえずり、新鮮な空気をもたらし、街全体に華やかさと清潔感、快適さをもたらしました。シャンゼリゼ通りは、この時期に整備された並木道の一つです。
このようにフランスで街路樹が温暖化対策として機能している背景には、街路樹が文化的景観遺産として社会的に定着し、世論の支持を得ていることが大きく影響しているといえます。
世論によって築かれた街路樹政策先進都市リヨン
順風満帆に見えるフランスの街路樹ですが、ここに至るまでにはさまざまな紆余曲折がありました。最も苦労したのが車との共存です。その苦汁を味わった代表的な都市がリヨンです。
フランス南東部に位置するフランス第二の都市リヨンは、絹織業や金融業で繁栄し、都市の美化意識はパリをしのぐほど高い街です。20世紀初頭ごろまでは大きな街路樹が優雅に並ぶ美しい街でしたが、車社会の到来とともに状況は一変。車両や駐車場整備の急増により、大量の街路樹が伐採され100年足らずの間に約90%が消滅し、緑あふれる風景は、コンクリートとアスファルトが占める風景へと急変しました。
この変化に声を上げたのが市民です。70年代ごろから市民を中心に街路樹保全活動が湧き上がり、各地でデモが起こるようになりました。急速に拡大する市民運動を収めるために地方議会は対策を余儀なくされ、「樹木憲章」を打ち出しました。街路樹を一市民と見なし、市民一体となって守り、育て、有効活用していこうという政策です。憲章自体に法的権限はないものの、環境・経済・政策を包括し、官民学が協力して取り組むための「哲学書」的な役割を果たしています。
具体的には、①地方自治体には樹木憲章の内容を既存の制度に組み込むように促し、②民間企業には苗木生産、維持管理、診断、開発などの分野で樹木憲章の理念にのっとった経済活動の展開を推進し、③教育・研究機関には樹木憲章の理念に沿った教育や学術的知見を提供するよう勧めています。これらの施策は市民の理解を得て街路樹の整備が急速に進み、今日リヨンは、フランスを代表する街路樹政策の先進都市となっています。
市民が喜ぶ街路樹をつくる街ナント
このリヨンの事例を手本に、ユニークな街路樹政策を展開している街があります。フランスの西部の、ロワール川が大西洋に注ぐ河口付近に開けた街、ナントです。貿易業と造船業で栄えていましたが、第2次世界大戦中に激しい空爆を受け、街の大半が破壊されました。他の街と比べると歴史的建築物が少ないですが、それ故「自分たちが歴史の作り手である」という意識を自治体は強く持っており、「庭の中の街ナント」というコンセプトの下、持続可能な街づくりを精力的に推し進めています。政策には創造性にあふれたものが多く、市民の感性をくすぐるような工夫がたくさん見られます。
ロワール川沿いの造船場跡地に突如現れたミニ並木(写真)もその一つ。仮設植樹帯ともいえるこの並木は、市民への啓蒙活動の一環で市の職員によって構想・創作されました。街路樹がいかに街を美化し、快適な暮らしに役立っているか、体感を通して市民に理解してもらうことが狙いです。コンクリートが続く殺風景で人通りが少なかった場所が一変し、今では市民の憩いの場となっています。
ナント市は、公共緑地の管理を全て市の職員(技師)が行う今どき珍しい自治体です。実は、今日のフランスの自治体では、日本と同様、予算縮小を理由に技術系職員を減らし外部委託に頼る傾向があります。しかしナントは外注に頼らない政策を選び、必要な予算をかけて直営技師の手で緑地管理を行っています。その理由は住民が喜ばれる良質の公共緑地を造るため。それにより市民の総幸福度が増し、街の経済が潤う、という論理です。市の職員たちは自らを「夢を創造するパフォーマー」であると自覚し、市民に笑いや驚きなどの「幸せ」を提供するプロとして芸術性と遊び心あふれる施策を行っています。この政策が功を奏し、ナントは観光業が栄え、国内で「最も住みたい街」ベスト5の常連都市となっています。
日本の「街路樹文化」を育む
日本の夏は高温多湿であるため、屋内の冷房空間で暑さをしのがなければならず、街路樹の緑陰の恩恵を感じる機会が少ないかもしれません。このことが市民の関心を街路樹から遠ざけ、苦情が出やすい状況をつくり、強剪定を促し、電信柱のような街路樹を増産させる現状をつくっているのかもしれません。
しかし気候が違えど、日本にも美観を愛でる文化や感性、高い造園技術、さらには樹木を敬う伝統があります。小規模でもいいので街路樹を文化的景観遺産としてじっくり育んでいくことが、持続可能な都市づくり、さらには日本の街の新たな魅力へとつながっていくと、信じてやみません。