21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第51回 水素は脱炭素社会の切り札になるか?

2022年01月17日グローバルネット2022年1月号

京都大学 名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

COP26の結果と水素燃料

昨年11月に英国グラスゴーで開催されたCOP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、産業革命以来の気温上昇を1.5℃未満に抑えること(1.5℃目標)が事実上合意された。併せて2030年までに二酸化炭素(CO2)を45%減らし、2050年までにネットゼロにすることも合意された。

さらに、対策の取られていない石炭火力の段階的削減が合意された。COPの会議で初めて石炭火力という排出源が特定され、段階的に減らすことが明記されたのである。

岸田首相はCOP26の演説で、石炭火力発電からの撤退には触れず、「日本は、『アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ』を通じ、化石火力を、アンモニア、水素などのゼロエミ火力に転換するため、1億ドル規模の先導的な事業を展開します」と述べた。この演説は世界の環境NGOから批判を浴び、対策が後ろ向きな国に贈られる「化石賞」を受賞した。

アンモニアも水素も、「燃焼時にCO2は出さない」といわれる。しかし火力発電の燃料として使用する場合、現状では化石燃料との混焼が前提である。また、その製造過程で化石燃料を使うとCO2が発生する。

アンモニア発電の課題については別稿(朝日新聞社「論座」など)で論じた。本稿では水素燃料について考える。

( https://rief-jp.org/blog/120886?ctid=33 で閲覧可能。詳細な議論は、気候ネットワークポジションペーパー「水素・アンモニア発電の課題」を参照。)

グリーン水素が脱炭素社会への王道

脱炭素社会への移行に向け水素の果たす役割への期待は高い。すでに燃料電池自動車や家庭用燃料電池などが実用化されている。また水素発電は一部の工場や製造業の自家発電システムとして使われている。

水素発電に使う水素燃料は燃焼時にはCO2などの有害物質をほとんど排出しない。水素発電では電力はためられないが、水素を液化することで貯蔵や輸送もできる。しかし、水素燃料の保存や輸送には液化天然ガスや石油などに比べコストがかかる。

水素燃料は、石油や天然ガスから産出するか、電力で水を分解することにより製造する。気候変動対策として大きな役割を担うことが期待される水素だが、生成過程で多くのCO2が排出されては問題だ。CO2の排出を抑えて抽出するには、再生可能エネルギーを利用して電気分解しなければならない。

水素はその生成法からグリーン水素、ブルー水素、グレー水素などに分類される()。

この中で最も環境負荷が少ないのはグリーン水素である。現状ではグリーン水素の価格はグレー水素に比べて高い。しかし、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)では、今後グリーン水素の生産コストを大幅に低下させることが可能であると見込んでいる。

EUでは、欧州委員会が2020年7月に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を発表し、グリーン水素の推進を明確にしている。ただし、化石燃料由来の「低炭素水素」も移行期における投資対象としている。

ドイツの「国家水素戦略」(2020年6月)でも、長期的に持続可能なエネルギーはCO2フリーの「グリーン水素」と明示している。ただし、欧州で利用されるカーボン・ニュートラルなブルー水素やターコイズ水素についても、エネルギー転換過渡期に利用する可能性も排除していない。

日本政府の動向

政府が2021年10月に発表したエネルギー基本計画では、水素燃料につき以下のように記述されている。

「2050年カーボン・ニュートラル実現に向けては、火力発電から大気に排出されるCO2排出を実質ゼロにしていくという、火力政策の野心的かつ抜本的な転換を進めることが必要である。…火力発電の脱炭素化に向けては、燃料そのものを水素・アンモニアに転換させることや、排出されるCO2を回収・貯留・再利用することで脱炭素化を図ることが求められる。…水素及びアンモニア発電については、2050年には電力システムの中の主要な供給力・調整力として機能すべく、技術的な課題の克服を進める。…水素の供給量の拡大と供給コストを低減すべく、大規模な国際水素サプライチェーン構築に資する技術開発・実証を、グリーンイノベーション基金も活用しながら、水素発電技術の確立と一体的に行い、2050年にガス火力以下のコストを目指す。CCS(二酸化炭素回収・貯留)については、技術的確立・コスト低減、適地開発や事業化に向けた環境整備を、長期のロードマップを策定し関係者と共有した上で進めていく」

ここから読み取れるのは、石炭火力発電所を閉鎖して再生可能エネルギーへの転換を図るのではなく、水素やアンモニアを燃焼する火力発電へと転換することである。使われる水素は「ブルー水素」である。政府は、2030年度の電源構成において、水素・アンモニアを活用した火力発電で1%程度を賄うことを想定している。すでに多額の政府の補助金などを通じて、関連の事業が展開され始めている。

現在、水素のほとんどは天然ガスや石炭から作られている。コストは抑えられるが、大量のCO2を排出する。そのCO2をCCSにより回収し地中に埋めれば、「ブルー水素」を作り出したことになる。しかし現在、世界で稼働しているCCS付き火力発電はカナダの小型火力発電所一つしかない。発電実績のないCCS付き火力のコスト削減の実現可能性は低く、仮にコスト低減が実現しても、割高な電源になる。また、すでに多くの国々で炭素を回収しない化石燃料発電よりも、再生可能電力の方が安くなっている。たとえ2030年までに水素やアンモニアの2割程度の混焼が可能となったとしても、残りの燃料としては石炭やLNGが燃焼され続け、大量のCO2排出が続く。

正攻法は、石炭火力を段階的に削減することを最優先とし、脱化石燃料化を進めることを通じて、1.5℃目標実現への責任を果たすことである。そして1.5℃目標と整合するエネルギー分野の経路と一致する唯一のオプションがグリーン水素である。

日本の企業にとっても、国際競争力強化のためには、安価な電力が必要である。そして国際的に受け入れられるのは、クリーンな電力である。日本の企業は再生可能電力を必要としており、石炭火力を温存して再生可能電力の開発を遅らせるのは、日本経済の将来を損なうことになる。

課題はライフサイクルアセスメント

国際社会、特にEUでは「ライフサイクル(LCA)のCO2排出量」の概念が一般化している。生産から輸送、使用、廃棄までを網羅したトータルなCO2排出量に着目することである。国連の気候チャンピオンが示した1.5℃整合のための「水素指針」においても、「水素製造のライフサイクル排出量を厳密に算定し、厳しい排出上限を設定することが、気候対策と整合的な水素普及を優先する上で重要である」としている。

また、現在EUは「国境炭素税」の導入も検討しており、LCAの観点からCO2を大量排出する製品には高い関税をかけることが俎上に上がっている。「グレー水素」も例外とはならないであろう。

日本が進めようとしている水素やアンモニアの2割程度の混焼火力は、「グラスゴー合意」でいう「対策の取られていない石炭火力」と解するのが妥当であり、それらは段階的削減の対象となるべきものだ。

短期的な観点から既存の化石燃料火力やインフラの温存を目指すのではなく、再エネ水素の長期的な役割を明確にした上で、水素市場の設計やビジネスモデルを構築することが望まれる。

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