日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第58回 甘エビ自慢の漁協が海鳥保護に協力―北海道・羽幌
2022年01月17日グローバルネット2022年1月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
前回の北海道・天塩から日本海オロロンラインを南に走ると羽幌 に着いた。ここにある北るもい漁業協同組合は日本屈指の甘エビ(ホッコクアカエビ)漁獲量で知られる。羽幌港フェリーターミナルに着くと「浜のかあちゃん食堂」に飛び込み、「甘えび丼」を注文。花びらのように盛られた甘エビのむき身は、弾力と少し甘みがあって大満足だった。このフェリーの乗り場から航路でつながる天売島と焼尻島は自然や海の幸が魅力の観光地となっている。天売島は絶滅危惧種のウミガラス(オロロン鳥)などがいる「海鳥の楽園」。羽幌の豊かな漁獲と海鳥の深い関係を取材した。
●北海道が7割を占める
甘エビを食べた後、北るもい漁協を訪ね、総務課長の逢坂恭平さんに面会し、甘エビ漁の話を聞いた。甘エビは体長10~13cmで水深200~500 m付近の海底の泥底に多く生息する。新潟、石川県など日本海側で漁獲され、うち約7割が北海道で漁獲されている。
漁場は利尻島付近の武蔵堆や天売島の沖。日本最北のエビかご漁だ。日の出ごろに出港、漁場で5~6時間操業して午後10時ごろ戻ってくる。かごにはニシンやスケトウダラの切り身を入れて海底に沈める。
漁協では甘エビのほか、地元でボタンエビと呼ぶトヤマエビ、モロトゲアカエビ、イバラモエビも合わせて計4種類を捕っている。「甘エビの漁獲で以前日本一と呼ばれていました。近年は漁獲が減少傾向にあり、主力のエビかご漁は100トンの大型漁船は3隻が廃船となり、現在は1隻。19トンが5隻あります」という。直近の漁獲量は404t(2020年)。エビかご漁の他に底引き網漁もしている。
●飛来数やひなの数増加
漁協で説明を受けた後、環境省と羽幌町が共同運営する「北海道海鳥センター」に向かった。海鳥を対象にした日本唯一の施設である。
羽幌町普及啓発スタッフの越宗菜保美さんに館内を案内してもらうと、まず目に入ったのは天売島西海岸にある赤岩対崖を再現したジオラマ。巣やひなを育てている実物大のウミガラスの模型や鳴き声が聞こえる。体長40㎝ほどの鳥は潜水して魚類や動物プランクトンなどを捕食する。
1977年に発表された混声合唱組曲『海鳥の詩』には、歌詞にウミガラスの鳴き声が盛り込まれ、厳しい自然の中で生きる海鳥を生き生きと表現している。
天売島は羽幌港からは西北西28kmにあり、周囲12km、人口300人ほどの小さな島。海鳥を見るために多くの観光客が訪れる。天売島が国内唯一の繁殖地である絶滅危惧種のウミガラスとウミスズメ、世界最大の繁殖地であるウトウ、日本最大の繁殖地であるケイマフリなど8種類約100万羽の海鳥が春から夏にかけて繁殖のためにやって来る。
かつてウミガラスは周辺の島にも飛来、繁殖して1963年には8,000羽(推定)を数えたが60 年代後半に激減。2002年には 13羽と危機的な状況に。ケイマフリも3,000羽ほどいたが、500羽まで減少した。こうした海鳥の減少はひなの餌となるイカナゴの減少、漁網による混獲などが原因とみられている。
環境省がウミガラスの保護と繁殖に本格的に着手したのは1993年、ウミガラスを「国内希少野生動植物種」に指定してから。97年に北海道海鳥センターを開設して調査研究や普及啓発活動などを続けている。
デコイ(鳥の模型)や音声装置を置いてウミガラスを呼び寄せるとともに、監視カメラでモニタリングするなどしている。ウミガラスの卵やひなを捕食するオオセグロカモメやハシブトガラスを駆除するなどしたところ2021年は飛来91羽、ひな25羽を確認し、増加傾向が続いている。
島に入り込んだ野良猫も海鳥を捕食するため、センターは野良猫を捕獲し飼い主を探す取り組みをしている。また越宗さんは、別の捕食者として未解明の部分が多いドブネズミ(外来種)の実態を調査している。
世界的に見ると鳥の中でも海鳥は急激に数を減らしている。全世界346種の約3分の1に当たる97種が絶滅の危機にあり、海鳥は海洋環境のバロメーターとされる(日本野鳥の会のホームページ)。
羽幌の漁業と海鳥をつなぐユニークな仕組みがある。行政、事業者、環境団体などが協働して進めている「羽幌シーバードフレンドリー認証制度」(2018年設立)だ。海鳥のいる自然環境の保全と地域産業振興の両立を目指す仕組みで、海鳥保護に賛同した取り組みを認証し、認証された商品や事業者などはイメージアップのメリットがある。
北るもい漁協は、自然保護団体が実施した刺し網漁による海鳥の混獲を回避する「混獲防止漁網の導入実験」に協力し認証された。
漁網にからまったり釣り針にかかったりして海鳥が死んでしまう混獲の問題は、エビかご漁のような漁には無縁だが、刺し網やはえ縄では混獲を防ぐのは難しく、世界的な課題として防止策の研究が続いている。
海鳥は魚を食べ、陸の営巣地や海でふんをし、その死骸を含め植物プランクトンの栄養となる。海の物質循環の重要な役割を果たしているのだ。肥料の三大要素の一つ、リン肥料はリン鉱石が主流になるまでは海鳥のふんが堆積して固まった「グアノ」を原料にしていた。海鳥センターの石郷岡卓哉さんは「利尻島ではウミネコのふんが昆布の生育を促進するという研究結果もあります。ふんが干している昆布に落ちると商品価値が無くなるように、厄介者とされることの多い海鳥ですが、漁業との共存を考えなければいけません」と説明する。海鳥は母なる海の重要な配役なのだ。
●翌朝に東京などへ空輸
海鳥センターを出ると、甘エビ漁獲と加工も手掛ける有限会社蛯名漁業部を訪ねた。店内は生の甘エビのほか、冷凍や蒸しエビなどエビ尽くし。目移りした末に冷凍の「美人えび酒蒸し」を買った。店員さんが漁協のイメージキャラクター「海老名 愛」(イラスト)に似ていた…ような気がした。愛ちゃんは地元の女子高校生で、漁師カッパを着てエビの触角のような長い髪。笑顔で「羽幌の甘えび」をアピールしている。
夜になって漁船が帰港するのを待っていると、午後8時半、ライトをつけた5隻が次々に南岸壁に着岸。すぐに甘エビの水揚げが始まった。
夜中の作業は手際良く、船倉の冷却した海水(マイナス1℃)の中に保管していたエビを荷揚げすると、3kg入りの発泡スチロールの箱に詰める。エビは鮮やかな赤色、きらきらと輝いて、なんとおいしそうなこと。やがて「北海道羽幌港 恵比須丸」の赤い文字が入った箱は小型トラックに積み込まれた。
翌朝8時に市場で入札されると、地元向けの一部を除き、ほとんどが東京などに空輸される。甘エビを食べて羽幌の海鳥たちを連想することはないだろうが、新鮮な甘エビを堪能すれば、誰でも愛ちゃんのような笑顔になるはずだ。