NSCニュース No. 135(2022年1月) NSC定例勉強会 報告「気候変動と人権」~世界の気候変動訴訟~

2022年01月17日グローバルネット2022年1月号

NSC 勉強会担当幹事
サンメッセ総合研究所(Sinc)所長・ 首席研究員
川村 雅彦(かわむら まさひこ)

2021年12月6日、牛島聡美弁護士(オリーブの樹法律事務所)に「気候変動と人権」と題して、世界の気候変動関連の訴訟に焦点を当てて講演いただいた。以下、概要を報告する。

なお、NSCは2021年度の勉強会テーマとして人権を取り上げ、今回は5月と8月に開催した佐藤暁子弁護士による定例勉強会「ビジネスと人権」に続いて第三回目となる。

 

世界の気候変動訴訟の件数

2021年11月現在、世界の気候変動訴訟の累計件数は、米国が最も多く1,343件である。米国以外では合計488件であり、内訳はフランス14件、メキシコ5件、オランダ4件、ベルギー2件など。日本は4件である。

米国での気候変動訴訟は、2008年時点で既に50件を超えていた。その背景には、当時のブッシュ政権では規制が進んでいなかったことがある。

 

米国の気候変動訴訟の3例

●米国最高裁(対EPA)2007年

原告は、13のNGO(訴訟参加:マサチューセッツ州、ニューヨーク市など12州・4自治体)。被告は、環境保護庁(EPA)(訴訟参加:テキサス州など10州・10事業者団体)。

根拠法は大気浄化法であり、「公衆の健康や福祉を危険にさらすと合理的に予測され得るような大気汚染物質をEPAが規制しなければならない」と規定する。争点と判決は以下のとおり。

① 二酸化炭素(CO2)は大気汚染物質に当たるか。→ 福祉には天候や気候への影響も含まれる。

② 原告適格(合衆国憲法3章)があるか。→ 法の特別配慮に価し、マサチューセッツ州は適格である。

③ EPAに規制権限の裁量はあるが、司法審査ができるか。→ 権限不行使は恣意的な裁量権逸脱になり得るとして、司法審査できる。

●米国最高裁(対企業)2011年

原告はコネチカット州、ニューヨーク州など8州、被告は米国発電会社の上位5社。理由は、被告のCO2排出が地球温暖化に寄与しており、州や市民に被害をもたらす。被告は、原告適格と主張不足で却下を申し立てた。

一審では、司法判断に服さない政治的問題として却下。最高裁判決では、原告から対企業への司法手続は認めず。ただし、EPAが規制しなければ、民事訴訟提起できるとした。

●米国高裁(対企業)2021年4月

原告はニューヨーク市、被告はエクソンモービル、ロイヤルダッチシェル、BP、シェブロン、コノコ、フィリップスの石油メジャー。2018年に気候変動対策費用を損害として請求。

化石燃料の燃焼が気候変動に影響を与えていると知りながら、生産・販売をしたことで市が損害を受けたとした。連邦高裁でニューヨーク市が敗訴したが、別途訴訟を起こした。

 

オランダの気候変動訴訟の2例

●蘭最高裁,Urgenda事件、2019年

背景は、政府目標「2020年までに1990年比で30%削減」を2011年に「20%」に緩和したこと(EUが20%にしたためか)。原告はNGO、被告はオランダ政府。請求内容は、政府が2020年までの削減目標を25~40%(90年比)に引き上げること。

2015年の地裁判決では、政府が削減目標を25%に引き上げるよう命じた。理由は、気候変動は既に現実で切迫した危険で人権侵害であり、削減目標を引き下げる理由の説明がなかったこと。2019年の最高裁では、国の上告を棄却。国の裁量とせずに司法判断をした。理由は「人権侵害から国民を守るのは裁判所の責務」である。

●蘭地裁、シェル判決、2021年

原告は複数のNGOと市民17,379人、被告はロイヤルダッチシェル。理由は、シェルが2021年2月に温室効果ガスを2050年までに実質ゼロ目標を示したが、2030年までの目標を欠いたこと。

判決は、シェルに対し2030年までに2019年比で45%削減する義務があると判断した。サプライヤーや顧客からの排出にも責任を負う。地裁判断の要素は、①シェルがグループ内で方針決定できること ②シェルグループの大量CO2排出(ロシア並み) ③CO2が国に与える深刻で後戻りできない結果 ④国民の生命の権利と私生活が尊重される権利(欧州人権規約) ⑤国連のビジネスと人権に関する指導原則。

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