食料システムの在るべき姿とは~気候変動の抑制と飢餓解消の両立に向けて~持続可能な食を実現するために日本の事業者・消費者がすべきこと
2021年09月15日グローバルネット2021年9月号
株式会社 office 3.11 代表取締役
博士(栄養学)
井出 留美(いで るみ)
気候変動の緩和、食料供給の安定、飢餓の解消のために、食料システムをどのように変えていくべきか。本特集では、まず、食料システムの意味と変革の必要性を確認し、過剰な食料生産・廃棄の現状やその解決のための実践例を紹介し、食料システムの中でさまざまなステークホルダーにどのような行動が求められるのかを考えます。
航空機よりも多い食品ロス由来の温室効果ガス
2021年7月の東京2020大会で、スタッフやボランティア向け弁当が4,000食も無駄になったと、7月24日のTBS「報道特集」で報じられた。組織委員会はこれを認めたものの「廃棄ではない。堆肥化リサイクルやバイオガスにした」と釈明した。その後、8月7日放送の同番組では「4,000食」という数字は開会式当日の本大会会場のみのもので、実際には、わかっているだけでも13万食、1億1,600万円分が無駄になったと報じられた。組織委員会は「調査中」としている。
食品ロスは、経済的な損失であることは言うまでもない。拙著『食料危機 パンデミック、バッタ、食品ロス』(PHP新書)の執筆にあたり、国連FAO駐日連絡事務所の前所長チャールズ・ボリコ氏に取材した際、「私たちは食料生産量の推定3分の1を捨てています。資源の膨大な浪費、世界経済への人間の経済的損失は約2.6兆ドルにもなります」と語っていた。日本円に換算すると285兆円になる(2021年8月24日現在の換算レートによる)。
食品ロスは、環境への負荷も甚大だ。食品ロスと気候変動の関係はあまり知られていない。が、世界資源研究所(WRI)がまとめた2011~2012年のデータでは、食品ロスから排出される温室効果ガスは世界全体の8.2%で、航空機から排出される1.4%よりも多い。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2010~2016年に排出された温室効果ガスのうち、8~10%は食品ロス由来と推定しており、自動車からの排出量(10%)とほぼ同じである。
食品ロスを最小限に抑えるのは当然のことだが、食品産業それ自体も省資源化し、食料システム全体を変えていく必要がある。なぜなら、世界の食料システムが現在の成長軌道を維持した場合、今後80年間で1.4兆トン近くの温室効果ガスが発生し、パリ協定の気温上昇レベルなど到底達成できないことが明らかになったからだ。
IPCCは、世界で排出される人為的な温室効果ガスのうち、21~37%は食料システムからと推定している。
では、食品ロスを減らすために事業者と消費者ができることは何だろうか。
両者が共通してできることについて3点に絞ってお話ししたい。
1.大量生産・大量廃棄モデルから「適量」モデルへのシフト
筆者は食品メーカーに14年以上勤め、作り手より売り手の強い食品業界のヒエラルキーを目の当たりにした。納品期限や販売期限などを定めた商慣習「3分の1ルール」や、前日納品より1日たりとも古い賞味期限の納品を許さない「日付後退品」もそうだが、ロスの元凶になっているのが「欠品ペナルティ」だ。メーカーは、欠品したら、小売から取引停止と言われる可能性がある。あるいは、失った売上分を補填するように言われる。取引を続けるためには欠品できない。とはいえ、余らせて売れなかったらリサイクルもしくは廃棄せざるを得ない。日本に数万ある食品製造業が必要以上に製造し続けないと商売が成り立たない社会構造になっている。小売は、売上や客を失いたくないから欠品は許さない。時にはクレームする消費者もいる。季節や需要、商品によってメリハリをつけることも必要ではないだろうか。あるコンビニオーナーは「卵と牛乳だけは切らさない」と話していた。京都のスーパー、八百一本館の店長は「欠品を防ぐコストは半端ない」と語った。結局、そのコストは消費者にも転嫁される。
これまでの大量生産・大量廃棄のモデルから脱し、事業者・消費者がともに「適量作って、適量売り、適量買う」習慣へシフトする必要がある。
2.賞味期限の正しい理解と「てまえどり」
あるテレビ番組で「賞味期限切れ食品専門スーパー」が特集された際、街の人に「賞味期限が切れた食品を買いますか?」とインタビューしていた。結果は50人中、過半数の26人が「買わない」。その理由に「お腹を壊すから」というのがあった。これは「消費期限」と誤解している。消費期限は、おおむね5日以内の日持ちのものに付けられる。例えば弁当、惣菜、おにぎり、サンドウィッチ、調理パン、生クリームのケーキなどだ。時間が経つとともに品質が急激に劣化するので、表示を守る必要がある。一方、多くの加工食品は、おいしさの目安である「賞味期限」表示がされている。賞味期限は、微生物試験・理化学試験・官能検査などを基に、1未満の安全係数が乗じられて設定される。リスクを考慮して短めに設定しているので、過ぎたからといって、すぐに安全に食べられる期限を下回るものではない。
中学校の家庭科で履修する「賞味期限」と「消費期限」について、多くの消費者が誤解している。「同じ値段なら少しでも期限の新しいものを」と考えた結果、奥に陳列してある、賞味期限日付の遠いものから売れてしまう現象に、小売が悩まされている。筆者のアンケートでは、2,689名のうち、88%が「奥から取って買う(買ったことがある)」と回答している。手前の食品が売れ残った場合、店も廃棄コストを負担するが、税金も使って「事業系一般廃棄物」として収集され、家庭ごみと一緒くたにして燃やされる自治体がほとんどだ。焼却すれば、コストもかかるし、二酸化炭素が排出される。
筆者も法案成立に関わった2019年に施行された「食品ロス削減推進法」では、すぐ食べるものなら買う際に手前から取ろうという「手前取り」を推奨している。コープこうべや兵庫県神戸市は「てまえどり」というキャンペーンを実施し、消費者にも好評を得た。農林水産省は、10月の食品ロス削減月間に向けて、小売事業者に、POPなどの啓発資材を活用して「てまえどり」の呼び掛けを行うよう、啓発している※1。
3.計測と見える化、排出者責任
事業者においても消費者においても、計測し、見える化することは、食品ロスを減らす効果的な手段である。筆者も2017年6月から、家庭用生ごみ処理機で、食品ロスを含めた生ごみを計測し、乾燥前後での重量を量ってきた。その結果、現在までに984回測定し、生ごみは累計で254kg減らすことができた。量ることで意識に上り、行動が変わる。乾燥させた生ごみはコンポストに投入するので、自治体へ出すごみはさらに減る。
徳島県の家庭での実証実験でも「量るだけ」で食品ロスが23%も減ったという結果が出ている※2。中部地方でスーパーを展開するユニーは、廃棄物を19分類して重量を計測し、どこで廃棄が出ているかを把握して食品ロスや廃棄物を減らし、食品産業もったいない大賞の農林水産大臣賞を受賞した。環境配慮の原則「3R」の最優先は「Reduce(廃棄物の発生抑制)」である。ごみやロスを出さないことを実践するためには、計測して見える化するのが一番である。
身近なところから無理なく実践を
以上3点の他にも
事業系であれば:
- ペナルティとインセンティブの明確化。廃棄物を多く出したら罰金などのペナルティを科し、少なくしたら税制優遇などのインセンティブを提供するなど。
- ルールを変える。米国の善きサマリア人の法※3のような食品寄付の際の免責制度など。
- 消費者へのわかりやすい啓発。
消費者であれば:
- 生産者がどのような環境で育てているかを知り、直接購入できれば、一般流通できない規格外の物も消費できる。
- 買い方、食品の保存方法や調理法を知って日々実践する。
- 消費者責任を自覚する。国際消費者機構が1982年に提唱した「消費者の8つの権利と5つの責務」には「環境や他者を考え消費する」がある。これを自覚すれば買い占めはなくなるだろう。
といったことが挙げられる。
身近なところから無理なく実践していきたい。