フォーラム随想世界自然遺産になった「奄美・沖縄」
2021年08月15日グローバルネット2021年8月号
自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
1972年6月、ストックホルムで国連人間環境会議が開かれた。「人間環境宣言」がなされ、「かけがえのない地球(Only One Earth)」が共有され、同年11月のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」の引き金にもなった。
世界遺産とは、この世界遺産条約に基づく「世界遺産リスト」に登録された、「顕著な普遍的価値」を持つ建造物や遺跡、景観、自然を指し、これらの遺産を国際協力の下で「人類共通の宝」として守ることに本質がある。
2021年6月現在、世界遺産条約加盟国は192、遺産数は文化遺産が869、自然遺産が213、両方の性質を持つ複合遺産が39に上り、日本からは19の文化遺産と四つの自然遺産が登録されている。
日本は新たに、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を文化遺産に、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島(以下、「奄美・沖縄」)」を自然遺産に申請していた。第44回世界遺産委員会が2021年7月にオンライン形式で開かれ、これら二つの申請は認められた。
世界自然遺産の条件は、「自然美・自然現象」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の四つの評価基準の少なくとも一つが、世界的に「顕著な普遍的価値」を持つことである。
日本の自然遺産では、屋久島、白神山地(ともに1993年に登録)、知床(2005年)、小笠原諸島(2011年)のどれも「生態系」が評価され、屋久島は「自然美・自然現象」も、知床は「生物多様性」も評価されている。
「奄美・沖縄」が評価されたのは「生物多様性」である。九州と台湾の間に約1200㎞延びる島嶼群の中に、イリオモテヤマネコ、アマミノクロウサギ、ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、2種のイシカワガエルなど、脊椎動物だけでも71の固有種(うち、69%が絶滅危惧種)が生息し、独自の進化・種分化が起きた状況が評価された。
「奄美・沖縄」の世界自然遺産登録は、地域住民には大変喜ばしいとともに、「人類共通の宝」である希少な動植物の保全を託されたともいえる。
希少生物を脅かす最大の要因は、域外から持ち込まれる外来種である。私が幾度か訪れた小笠原諸島では、行政機関(政府、東京都、小笠原村)が、専門家の意見を聴き住民や来訪者の協力を得ながら、多大な労力と資金を投入する外来種対策を続けている。
大きな被害をもたらしたのは、住民が食用、ペット、害虫駆除などのために持ち込み、後に野生化したノヤギ、ノブタ、ノネコ、オオヒキガエルなどである。近年さらに深刻なのは、1960年代にたぶん非意図的に持ち込まれた北米原産のトカゲのグリーンアノールが増えチョウ、トンボ、セミなどの昆虫を捕食し、1995年に初めて存在が確認されたニューギニアヤリガタリクウズムシ(※章末注参照)が、小笠原諸島の動物相を最も特徴付ける多種に分化したカタツムリを捕食していることである。
「奄美・沖縄」も、野生化したネコ、ヤギ、イノシシ、イヌによる危害、ハブやネズミを退治するために導入した南アジア原産のフイリマングースによる希少鳥類やアマミノクロウサギの幼獣の捕食など、類似した状況が起きている。
「奄美・沖縄」には、多くの世界自然遺産地域とは異なる特徴がある。希少な動植物が生息・生育する場所と住民が暮らし活動を営む場所が極めて近接し、重なり合う場合さえ見られるのである。
世界自然遺産地域は伝統的に、人の入境を制限し自然を元のまま保全することに主眼を置いてきた。しかし、「奄美・沖縄」では発想を変える必要があるように思われる。期待したいのは、地域住民が行政とも連携し、外来種の侵入阻止などに積極的に関わる「遺産の守り手」になり、来訪者向けの遺産ガイドのさらなる発展など地域振興にも貢献することである。
※注: ニューギニア島原産の陸生プラナリアの一種。体長が40~65㎜で背面が黒~黒褐色。アジア各地にアフリカマイマイの駆除のために導入されていた。