ホットレポート①日本政府の2030年温室効果ガス46%削減目標は脱原発と脱石炭で十分に実現可能

2021年07月15日グローバルネット2021年7月号

東北大学 東北アジア研究センター 環境科学研究科 教授
明日香 壽川(あすか じゅせん)

2021年4月22日、菅首相は「温室効果ガス排出量を2030年度に2013年度比46%削減」という新目標を示した。この新たな目標に整合するエネルギー・ミックス(シナリオ)として、新聞報道によると、政府は原発に関して現行目標の20~22%を維持し、再生可能エネルギー(再エネ)は現行目標の22~24%から36~38%に引き上げることを検討中とされている(例えば産経新聞2021年5月16日)。

本稿では、まず、この「政府が考えている46%削減シナリオ」の具体的内容を、私が関わる研究グループである「未来のためのエネルギー転換研究グループ」が推察した結果を紹介する。次に、日本における46%削減シナリオとして、この政府シナリオと、例示的なものとして私たちの研究グループによる脱石炭火力・脱原発の二つのシナリオを含む計三つのシナリオの具体的な内容、必要な政策、経済効果を比較分析する。最後に、日本の研究機関・NGOが提示している数値目標、他国の数値目標、海外研究機関の数値などを、経済合理性や公平性の観点などから比較分析する。なお詳細は、未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)を参照いただきたい。

46%削減を実現するシナリオ

シナリオ1:再エネ38%、原発21%(政府シナリオ)

前述の新聞報道および再エネ・省エネに関連する政府審議会や委員会などから、電源構成は、石炭15%、石油3%、LNG 23%、再エネ38%、原発21%と推察した。この場合、省エネとしては、業務の建築物の省エネ強化(300m2以上規制化による)、家庭の建築物の省エネ強化(300m2以上規制化による)、運輸の燃費規制強化(2030年乗用車燃費規制、2025年重量車規制、ハイブリッド車29%導入、電気自動車16%導入)などが必要となる。

 

シナリオ2:再エネ電力50%

2番目のシナリオは、上記シナリオ1(政府シナリオ)に比べて再エネ電力割合を増やすなど電源構成を大きく変え、2021年4月18日の経済産業省審議会で示された省エネ(なりゆきケースに対し原油換算5,800万klの削減)に多少の省エネ量を追加的に増加したシナリオである。すなわち、電源構成は脱石炭(石炭火力を2030年にフェーズアウト)・脱原発を図り、LNG火力・都市ガス火力等で47%、再エネ50%、未活用エネルギーを2019年度実績と同じ3%とし、これに省エネを追加した。具体的に追加した省エネは、鉄鋼・セメント・化学工業・製紙について、経済産業省の「省エネ法ベンチマーク」における2020年の「優良工場レベルの生産量あたりエネルギー消費量」を2030年に業種平均で達成するように政策誘導して導入する。また、電炉割合を現在の約25%から50%に引き上げ、リサイクル率を向上させる。

 

シナリオ3:省エネ拡大

3番目は、産業部門などの省エネをより強化するものである。まずはシナリオ2と同様に、素材製造業のうち鉄鋼・セメント・製紙は、2030年に優良工場レベルの生産量あたりエネルギー消費量を達成し、また鉄鋼業での電炉割合を現在の約25%から50%に引き上げる。さらに追加として、他の製造業は生産量あたりエネルギー消費量を10%改善、冷暖房照明分は25%改善、低温熱利用の3分の1を電化してヒートポンプ利用する。業務部門は床面積あたりエネルギー消費量を25%改善する。運輸部門では、2025年ないし2030年燃費基準達成を見込み、電気自動車は自家用乗用車で保有車の20%、タクシー、バス、トラックは3%とする。電源構成は、再エネ電力を44%、未活用エネルギーを2019年度実績と同じ3%、原発はゼロとしている。

3つのシナリオの比較分析

表は、前述のシナリオの具体的なエネルギー指標および経済効果(化石燃料輸入削減額、発電単価、発電コスト総額、雇用創出数)を示す。これからわかるように、化石燃料輸入削減額および発電単価はどのシナリオも変わらない。一方、シナリオ2およびシナリオ3の方が発電コスト総額は低下し、より大きな雇用創出が実現される。

各研究機関のシナリオ、他の先進国の目標、経済合理性、公平性

日本のエネルギー・ミックスおよび二酸化炭素(CO2)排出削減数値目標およびシナリオに関しては、国内外のシンクタンクやNGOから、2030年にエネルギー起源CO2排出量を47%~65%削減し、2050年に脱炭素を実現するようなシナリオ研究が複数発表されている。それらは、自然エネルギー財団(2020)、WWFジャパン(2020)、未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)、気候ネットワーク(2021)などである。これらの研究では、最終エネルギー消費22~40%削減、電力消費14~28%削減、2030年度の再エネ電力割合44~50%とし、原発はゼロかほぼゼロ、石炭火力はゼロとしている。

また、現在、1990年を基準年とした場合、英国は68%削減(2035年までに78%削減)、欧州連合(EU)は55%削減、スイスは50%削減、米国は2005年比50~52%削減(1990年比43~45%削減)、デンマークが70%削減、ドイツが65%削減(いずれも1990年比)を目標としており、日本の数値目標(1990年度比40%削減)よりも野心的である。

さらに、未来のためのエネルギー転換研究グループの研究は、再エネと省エネを積極的に導入した場合、その累積投資額と、それらの投資の効果が続く期間のエネルギー支出累積削減額を比較している。結果は、エネルギー支出削減額は投資額よりもはるかに大きいというものであり、省エネ・再エネの導入が経済合理性を持つことを意味する。

そして欧州のシンクタンクClimate Action Trackerは、1.5℃目標達成のためには、「世界全体での最小費用シナリオ」に基づいた場合、日本国内の温室効果ガス(GHG)排出削減を2030年までに2013年比で62%、2040年までに82%削減がそれぞれ必要としている。

しかし、同じClimate Action Trackerは、公平性を考慮した場合には、日本は2℃目標達成には2030年に2013年比で約90%、1.5℃目標達成には約120%の削減がそれぞれ必要だとしている。さらに、公平性の中でも歴史的排出量をとくに重視するClimate Equity Reference Calculatorを用いて計算すると、例えば1850年からの歴史的排出を考慮した場合、1.5℃目標達成に必要な日本の排出削減数値目標は167%となる。

以上をまとめると、他の先進国と同様に石炭火力発電所を2030年前、あるいは2030年、遅くとも2030年代半ばまでに廃止し(英国は2024年に廃止を決定)、原発ゼロでも再エネを大幅に導入して、産業分野などでの省エネを進めれば、エネルギー起源CO2の排出を50%程度削減することは技術的に十分可能であり、その方が雇用創出やエネルギー支出額削減という意味で経済合理的でもある。また、そもそも46%削減目標自体が先進国の中では見劣りするものであり、途上国を含めた公平性を考慮すると極めて不十分な目標だといえる。

<参考文献> 未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)「日本政府の2030年温室効果ガス46%削減目標は脱原発と脱石炭で十分に実現可能だ~より大きな削減も技術的・経済的に可能であり、公平性の観点からは求められている」 

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