過去から未来へ―命をつなぐタネと農第11回 改正種苗法への農家アンケート調査結果を考える
2021年03月15日グローバルネット2021年3月号
農家ジャーナリスト、AMネット代表理事
京都大学農学研究科 博士後期課程
松平 尚也(まつだいら なおや)
本連載でも取り上げてきた改正種苗法が2021年4月から施行される(一部条項の実施は2022年4月から)。施行後にどのような影響が起きるのかについて東京大学の鈴木宣弘研究室と参議院議員・川田龍平事務所そして市民関係者の協力の下に、アンケート調査が行われた。本稿では、暫定の調査集計をされた印鑰智哉氏(以下、印鑰氏)のまとめ(※印鑰智哉:「改正種苗法に関する農業者アンケート調査報告」2021年2月4日)を参照し、その結果と農業現場の関係について考える。
調査は、農家が2020年に作付けた作物の品種調査を通じて登録品種の割合を把握し、改正後の生産現場でどんな問題が生じるかを調べることを目的に行われた。調査会社(マクロミル)に鈴木研究室から委託する形で、6道県の農家を対象に実施され、151名の回答が得られた。
農家の栽培作物品種と登録品種の割合
最初の質問では、農家の住まい、栽培している作物と品種(数・名)が尋ねられた。地域ごとの回答者の数は、北海道(45名)、青森県(16名)、山形県(21名)、愛知県(30名)、福岡県(22名)、熊本県(16名)であった。集計は暫定のものだが1月中旬に、約1週間の期限で行われたにもかかわらず、多くの回答が得られていることから農家の関心の高さが伺えた。
栽培している作物の登録品種の状況を集計したものが表1だ。登録品種に注目し集計する理由は、改正種苗法では、登録品種が許諾制になり利用料が発生する可能性があり、農家の負担増加が懸念されるためである。
集計結果における登録品種の割合は地域ごとに違いがあった。しかし水稲だけを見てみると、品種数の割合では北海道をはじめとして多くの地域で高い割合となっている。表1では、品種の数だけでは実際の割合がわからないため、参照情報として水稲の登録品種の栽培面積の割合も集計されている。集計結果から、地域によっては登録品種の割合がとても高いことが明らかになり、農業現場への影響が心配される状況がある。
自家増殖と農家の現状の関係
次の質問では、栽培している品種の自家増殖の有無と品種の作付け割合、栽培方法について尋ねられた。自家増殖とは農家が次期作のために自ら作物の採種を行い利用することを意味するが、集計結果(表2)からは、水稲や小麦の自家採種が多くの地域で行われ、また自家増殖する農家の割合も高いことが明らかになった。改正種苗法では、登録品種の自家増殖が禁止され許諾制が導入され農業現場で混乱を起こすことが心配されているが、地域によっては多数の農家に影響が及ぶことが改めてわかる内容といえる。
今回のアンケートで特徴的なのは、栽培形態が質問に入っており、慣行栽培と有機栽培農家それぞれの登録品種の自家増殖の状況が把握できるようになっている点である(表3)。この点は日本の持続可能な農業をけん引する有機農業の現状を知る上でとても興味深い。印鑰氏によれば、農林水産省は先の国会で有機農家の多くが一般品種を利用し影響はないとする説明をしたとされる。しかしアンケート結果からは、その説明が現状と乖離していることが読み取れる。
有機農業に取り組む農家の登録品種利用の割合は、日本で最大の有機農業面積を誇る北海道を先頭に、青森県、山形県でも高い状況にある。注目したいのは(印鑰氏も触れているが)有機農家の自家増殖の割合の高さである。日本では一般の種苗市場で有機種苗が出回っていない(大手種苗会社が有機種苗をまったく扱っていないことも大きな要因だ)。有機農家は、有機種苗を購入できないため、有機認証の規格においても種苗に農薬がかかっていても認証取得に影響がないという状況だ。
一方、多くの有機農家は自家増殖を行って農薬が使用された種苗利用を回避してきた。実際、日本の有機農業運動は、農薬や環境問題をきっかけに活動が展開されてきたこともあり、運動をけん引してきた日本有機農業研究会では、活動部門として種苗部が設置され、自家採種(増殖)の普及、ネットワーク化が行われてきた。有機農家にとって自家増殖とは、慣行栽培とは異なる重要な意味を持つのである。農水省は、有機農業を推進し有機農産物生産量の増加を計画しているが、今回の改正の影響が及ばないことを祈るばかりだ。
農家への改正内容の周知不足がある
アンケート最後の質問では、改正種苗法に関わる意見について、①登録品種の自家増殖が一律許諾制になることが負担になるか ②自家増殖の許諾制に例外を設けることは(例えば県開発の品種を県の農家が使う場合など)必要か ③重要な品種に関しては民間企業に任せず、従来通り県や国が公的な種苗事業を継続して取り組むことは必要か、の三つが尋ねられた(表4)。
①の結果では、負担にならないという農家の回答が半数を超えているが、自家増殖の割合が高い地域では負担になるという回答の割合が高い傾向も見られた。多様な農家が農村を支える中でその影響を長期的・総合的観点から検討していく必要があるといえるだろう。
②の結果では、登録品種の自家増殖の許諾制導入について、例外を設けることは必要という意見が半数を超える地域が多かった。主食に関しては、許諾制の例外とする国々も多いと聞く中で、農家としては例外措置について引き続き検討が必要と感じる。
③の結果からは、全地域の約7割が公的な種苗事業継続の必要性を求めていることが明らかになった。近年、気候変動で作物の生育が多大な影響を受けるようになっている中で、食料の安定確保そして地域農業の持続という観点から公的種苗事業の重要性は増している。安易に民間に依存していくことへの危うさを農家も感じていることが結果から伺えた。
アンケートの最後に、種苗法について自由に意見を書く欄が設置され、その内容から改正に好意的、批判的、姿勢が不明の三つに分類したものが表4の最下部である。分類結果から、「姿勢が不明」という回答が半数に上り、改正種苗法への内容が農家に周知されていない現状が明らかになった。印鑰氏によれば、改正に好意的なコメントでは、農水省が改正の理由とした種苗の「海外流出防止」に関する意見が多く、批判的なコメントでは、「農家への負担増加」「許諾制の例外の必要性」「食糧自給率が低下する」などの意見が寄せられたという。こうした意見を見ていると改正後も種苗に関する議論の必要性を感じるのが正直な所だ。
改正種苗法施行まであと約1ヵ月。アンケート結果からは、「種苗における政策と生産現場の乖離」という大きな課題が判明したと感じる。地域農業や農家の持続のためには、改正法施行後もこの課題解消のために、農家当事者を含めて広範な立場から多くの議論が必要になるといえるだろう。