INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第64回 気候変動対応改革元年となるか?
2021年02月15日グローバルネット2021年2月号
地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
中国も低炭素から脱炭素へ
来月5日には全国人民代表大会(日本の国会に相当)が開催され、国民経済と社会発展第14次5ヵ年計画(2021~25年)と2035年長期目標が正式に決定される。また、前回(2020年12月号)でも触れたが、早ければ「2030年前二酸化炭素排出量ピークアウトアクションプラン」の制定についても審議される。このアクションプランは、昨年9月22日に習近平国家主席が第75回国連総会での一般討論演説(注:国営新華社通信はこの演説を「重要講話」とした)の中で発表した「二酸化炭素排出量を2030年前にピークアウトさせ、2060年前に炭素中立(カーボンニュートラル)の実現に努力する」という目標(ビジョン)を受けてのものだ(注:同国家主席はこの演説時に自ら目標とかビジョンという言葉は使わなかったが、後に政府文書の中では、2030年前のピークアウトは「目標」、2060年前の炭素中立は「ビジョン」と使い分けられている)。中国では国家主席・総書記の重要講話や重要指示は重い。とくに、習近平国家主席になってからは重みが増している。従って、目標の達成に向けて今年から各省庁が本格的に動き出すことは間違いない。
さらに習近平国家主席は、昨年12月12日に英仏および国連が共催した「気候野心サミット2020」においても講話(事前収録ビデオメッセージ)を発表し、その中で2030年までに①中国は単位GDP当たりの二酸化炭素排出量を2005年比で65%以上に低減し、②非化石エネルギーが一次エネルギー消費に占める比率を25%程度にし、③森林蓄積量を2005年比で60億m3増加し、④風力発電、太陽光発電の総設備容量を12億kW以上にする――ことを宣言した。このような昨年後半の中国トップの一連の新たな目標等の発表を見ると、中国もいよいよ低炭素政策から脱炭素政策へとかじを切り替え始めていることが伝わってくる。2021年は前述のアクションプランや個別分野の5ヵ年計画等の中で脱炭素政策が具体化されていくだろう。
気候変動業務と環境保護業務の統合に向けて
2018年の中央政府の機構改革で、気候変動対応に関する一連の業務は、巨大・強権官庁の国家発展改革委員会から生態環境部(従来の環境保護部を改組)に移管され、組織人員ともに丸ごと移った。少し遅れて省レベルや市レベルの地方政府でも同様な組織再編が行われた。少し余談になるが、気候変動対応業務は国際的な業務も多いので、省市レベルの気候変動対応を担当する部門(「処」と呼ばれる)は、国際協力業務も兼務するようになった。私の地方政府のカウンターパートの多くも両業務を兼務している。
この機構改革、組織再編に伴い、国が定める計画等にも少しずつ変化が見られるようになった。2013年に中国全土に及ぶ激甚な大気汚染の発生を受けて策定された大気汚染防止行動計画(2013~17年)では気候変動対応業務に触れていなかったが、機構改革直後にこの行動計画の後継として策定された青空保護勝利戦3年行動計画(2018~20年)では、目標と指標の項で、「3年間の努力を経て、主要大気汚染物質の総排出量を大幅に削減し、そのコベネフィット効果として温室効果ガスの排出量を削減する」とし、温室効果ガスの排出削減という目標を明確にした。しかし、計画の中で温室効果ガスの削減量に関する指標はなく、具体的な削減方策にも触れてなく、実際のところ現場の業務は大気汚染物質の排出削減一辺倒であったといってよい。2016年に制定された生態環境保護第13次5ヵ年計画でも二酸化炭素の排出削減に関する目標は、その上位計画である国民経済と社会発展第13次5ヵ年計画では入っていたが、対象外の扱いであった。しかし、今年制定される生態環境保護第14次5ヵ年計画では正面から取り上げられるだろうし、そもそも5ヵ年計画の名称が変わる可能性もある。
生態環境部の迅速な動き
今年に入ってすぐ、生態環境部は気候変動対策を主管する部門として、政府内の他の部門に先駆けて動き出した。1月9日付で、全国の省・自治区・直轄市生態環境庁(局)等に対して「気候変動対応と生態環境保護に関する事業の統合と強化に関する指導意見」(注:日本の昔の行政通達に近い文書)を通知した。通知によれば、発出した趣旨は前述の習近平総書記の国連総会での演説および気候野心サミットでの自主貢献の新たな措置表明を受けてのものであるとしている(注:外国向けには国家主席の肩書を使うが、国内では総書記の肩書を優先して使うところがいかにも党を上位に考える共産主義国家らしい)。
そして、通知の前文では「習近平総書記の重大表明(注:前述の二つの表明)を断固貫徹し、積極的な気候変動対応国家戦略を揺るぎなく実施し、気候変動対応をけん引する部局の職責をより良く履行し、認知レベル、政策ツール、手段措置、基礎能力等の弱点補強を加速し、気候変動対応と環境ガバナンス、生態系保護修復等との相乗効果を促進するために、ここに気候変動対応と生態環境保護に関する事業の統合と強化に関し以下の意見を提出する。」と書いている。
この「指導意見」の中から私が個人的な興味も含めて注目した点を以下に紹介しておきたい。
1.相乗効果の重視
二酸化炭素削減を発生源対策の「牛の鼻輪」(注:要、キーポイント)とし、温室効果ガスと汚染物質の排出を相乗制御し、気候変動適応と生態系保護修復等の事業を相乗的に推進し、汚染防止攻略戦の徹底推進と二酸化炭素排出ピークアウト行動をサポートする。
2.主要な目標
第14次5ヵ年計画期間に気候変動対応と生態環境保護に関する事業の統合・融合の枠組みを全体的に形成し、相乗的で最適化され効率的な事業体系を基本的に構築し、政策・計画・基準制定の統一、モニタリング・評価の統一、監督・法執行の統一、査察・問責の統一等の面で重要な進展を図り、気候ガバナンス能力を大きく高める。2030年までに、気候変動対応と生態環境保護に関する事業の全体合力を十分に発揮し、生態環境ガバナンス体系とガバナンス能力を着実に向上させ、二酸化炭素排出ピークアウト目標とカーボンニュートラルビジョン実現のためにサポートを提供し、美しい中国建設に助力する。
3.計画の有機的接合の強化
気候変動対応目標任務を完全に生態環境保護計画に取り入れ、関係する省で二酸化炭素の排出強度(注:単位GDP当たりの二酸化炭素排出量)と総量の「二重規制」を実施する。
4.ピークアウト行動の全力推進
2030年前ピークアウトアクションプランを制定し、関連政策ツールと手段を総合運用し、実施を継続的に促進する。各地方は実情を踏まえて積極的かつ明確なピークアウト目標を提示し、ピークアウト実施計画と関連措置を制定しなければならない。鉄鋼、建材、非鉄、化学、石油化学、電力、石炭等の重点業種で明確なピークアウト目標を提示し、ピークアウト行動計画を制定するよう促進する。全国炭素排出権取引市場の制度建設、システム建設、基礎能力建設を加速し、発電産業を突破口に全国でオンライン取引を開始し、段階的に市場のサービスエリアを拡大し、区域炭素排出権取引試行事業の全国炭素市場への移行を促進し、市場メカニズムを活用して温室効果ガスの排出をコントロールし、削減する。炭素排出権取引管理条例の制定と実施を促進する。
5.汚染物質排出削減と二酸化炭素排出削減のコベネフィット効果の促進
各地方が積極的に温室効果ガスと汚染物質排出を協同コントロールする革新的措置と効果的メカニズムを探求することを奨励する。
以上のほか、生態系の炭素固定機能と気候変動適応能力の強化、温室効果ガス排出抑制目標責任制の強化と目標任務未達成の地方人民政府責任者等の査問、典型都市と地域を選んで大気質基準達成と炭素排出ピークアウト達成の「ダブル達成」試行事業の実施等も興味深い。