過去から未来へー命をつなぐタネと農第8回 種苗法改正をめぐる混乱~広がる農家と市民社会の不安
2020年12月15日グローバルネット2020年12月号
農家ジャーナリスト、AMネット代表理事
京都大学農学研究科博士後期課程
松平 尚也(まつだいら なおや)
新型コロナ禍が再び世界で広がる中で、今国会で改正が目指される(その後、12月3日に成立)種苗法改正に関する国会での議論から目が離せない。というのも今回の改正が食料の安定生産の基盤である種子のこれからの在り方に影響を及ぼす可能性があると考えるからだ。種苗法は、品種の育成の振興と種苗の流通を適正化し、農業の発展を目指す法律である。改正については本誌354号でも少し紹介したが、日本の種苗の優良品種の海外不正流出が相次ぎ、改正案として流出防止のための登録品種の許諾制導入と農家の自家増殖(採種)禁止(登録品種に限る)の内容が盛り込まれた。
国会の議論やメディアの報道では、改正案の内容をめぐり議論が紛糾している様子が見てとれる。主要な論点は、種苗の登録品種の自家増殖(採種)への許諾制導入による農家の負担増の有無と海外流出防止の実効性だ。
中でも国会審議では、農家が種苗の利用にあたり種苗を開発した育成権者に許諾料を支払うという許諾制について議論が噴出した。野党議員や参考人からは、許諾制導入による農家の負担増への強い懸念が示された。対して農水省は、公的機関が開発した品種は普及を目的としており、高額の許諾料を徴収しないと答弁。他にも許諾料の相場がわからないという指摘もあり、品目ごとの許諾料の試算も示した。しかしこの試算はあくまで現時点のものであり、改正案にも許諾料の規定がなく今後の見通しや農家の負担の有無については不透明なのが現状だ。
また議論紛糾の背景には、農水省が示した登録品種の統計の不確かさもあった。同省は、登録品種の割合が米で17%、野菜で9%と少なく、改正案による農業生産や食料供給への影響は軽微であると主張してきた※1。しかし改正案審議の主要舞台となった衆議院・農林水産委員会(以下、衆院・農水委)に参考人として立った印鑰智哉氏(本連載でも寄稿)は、対象となる稲の登録品種について道府県が使用する産地品種銘柄では「半分以上」との結果を示し、同省の説明との乖離を指摘した※2。さらに印鑰氏は、農水省が登録品種の自家増殖を規制するのが世界基準と説明するが、欧米では主要穀物や小規模農家向けに例外措置がある状況を説明し、すべての登録品種の自家増殖を規制する改正案が世界で類を見ない内容であると批判した。
農家の自立を目指す農山漁村文化協会の調べでは、例えば新潟県では、コシヒカリのうち97%がBL品種(いもち病に強い改良種)であり、水稲面積の約85%で登録品種を作付けているという。また農水省が言及しない品目で、例えば北海道の小麦では99%、大豆では86%が登録品種だったとされる。野菜の登録品種数も他品目と異なる算出方法をとっており議論の土台となる統計ではないと批判している※3。
審議で農家の自家増殖を海外流出の原因とする農水省の考えを問題視した篠原孝・衆議院議員(立憲民主党)は、国際条約で農家の自家増殖の例外を設けており、欧米も食料安全保障に係る主要作物は例外扱いしていると指摘する。また許諾料導入は将来的に多くの農家の農業経営を圧迫すると警告する※4。
周知されていない情報
問題は、こうした改正案の内容が農家自身に周知されていない点にある。東京大学の学生が種苗法に関して農家向けに行ったアンケート調査では、半分以上の農家が「判断が難しい」と回答した※5。筆者の周辺でも種苗法の内容自体を知らない農家がほとんどを占める。
農水省もそうした状況を理解しているのか、改正案の付帯決議(衆院農水委)では、改正後に農業者が許諾を得ずに登録品種の自家増殖を行わないよう制度見直しの内容について丁寧な説明を行う、という項目が入っている※6。しかしこれは手順が間違っているのではないだろうか。付帯決議は、国会の衆・参議院の委員会が法律案を可決する際に、当該委員会の意思を表明するものとして行う決議のことであり、法案ではなく法的拘束力もない。
一人の農家として悲しいのは、種苗法改正をめぐって農家の間でも意見の対立があり、情報が周知されず、また論点が整理されていないことが対立をより深めている現状があることだ。その現状を憂慮してか東京大学の鈴木宣弘教授が、国会審議で見えた種苗法改正の狙いと論点を整理しているので本稿の関連部分を次に抜粋・引用する※7。
種苗法改正の狙いと論点
論点1:種苗の海外流出の防止は自家増殖を制限するという種苗法改定の建前。なぜなら、農家の自家増殖が海外流出につながった事例は未確認で、防止の手段は自家増殖の制限ではない。
論点2:自家増殖制限の真の目的は知的財産権の強化による企業利益の増大。
論点3:農家の負担が増えないという説明には無理がある。育成者権者の利益増大は、裏返せば、必然的に農家負担の増大につながる。問題は許諾料の水準云々でなく、自家増殖を許諾してもらえず、毎年、買わないといけなくなること。公的機関の種だから引き続き許諾してもらえる、と自明のように議論してはいけない。公共の種が企業に移り、許諾してもらえなくなって種を毎年買わなくてはいけなくなる流れは今後進む。
論点4:自家増殖を許諾制にするのは登録品種だけで、登録品種の割合が1割程度しかないから影響ないと言うが、そのデータの根拠も完全に揺らいだ。登録品種の割合はもっと高いというデータが示されている。
論点5:野菜の種は日本の種苗会社が頑張っているとはいえ、90%が外国の圃場で種採りしている。種までさかのぼると野菜の自給率は80%でなく8%しかない。コロナ・ショックで海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、コメ麦大豆も含めて、自家増殖が制限され、海外依存が進めば、食料確保への不安が高まる。食料は安全保障の要であり、食料の源は種である。
鈴木氏のいう論点1~4については、本稿でも触れてきた点であるが、総合的視点から述べる論点5はより今回の改正の問題点を突いており、今後の日本の食料の安定生産を考えていく上でも不可欠な点だ。
日本国内の種子をめぐる政策については、2018年4月に種子法が廃止され混乱が起きてきた。国は米・麦・大豆という主要穀物の種子の安定生産を民間に移行していくとして、その責任を放棄した状態が続いている。政権与党は種子法廃止後、種子については種苗法で対応していくと主張した。しかし種苗法には食料の安定供給や生産といった視点はほとんどない。
今回の改正案の付帯決議(衆院農水委)には、なんと旧種子法の内容が盛り込まれた。その背景には、同法廃止後に生産現場で大きな不安や混乱が発生していることを国も認めていることがあるのだろう。
しかし繰り返すが、種苗法は主に種苗の知的財産権を扱う法律であり、決議の内容自体が改正案の迷走を物語っていると言わざるを得ない。新型コロナウイルスの感染拡大で食料や種子の輸入が不安定化する中で、今後の種子をめぐる政策については、食料の自給も含めた安定供給と生産の視点から慎重に議論することを求めたい。
(注釈一覧)
※ 1 「 種苗法の一部を改正する法律案(第201 回国会、内閣提出)について(法案の概要・現状と論点)」
衆議院調査局農林水産調査室、2020年11月
※ 2 「 衆議院農林水産委員会種苗法改正法案参考人陳述」
印鑰智哉ブログ、2020年11月12日
※ 3 「 種苗法改定に異議あり!Q&Aでよくわかる「農家に影響はない」は本当か」
『現代農業』農山漁村文化協会、2020年11月号
※ 4 「 海外大手種苗会社は種のGAFAM化を狙っている-中山間地域は種の生産振興で活性化すべし」
篠原孝ブログ、2020年11月22日
※ 5 「 種苗法改定「賛成25%、反対15%、判断できない61%」の意味–偏った情報により結論を急ぐ危険性
『JACOMシリーズ・食料・農業問題 本質と裏側』鈴木宣弘、2020年11月11日
※ 6 「 衆院委 種苗法改正案を可決 安定供給などで付帯決議」
『日本農業新聞』2020年11月18日
※ 7 「 国会審議で見えた種苗法改定の真の狙い~論点の再整理」
『JACOM シリーズ・食料・農業問題 本質と裏側』鈴木宣弘、2020年11月24日