過去から未来へー命をつなぐタネと農第6回 野菜のタネについて伝えたいこと~作り手から食べ手への手紙
2020年10月15日グローバルネット2020年10月号
農家ジャーナリスト、AMネット代表理事、京都大学農学研究科博士後期課程
松平 尚也(まつだいら なおや)
有機農場「耕し歌ふぁーむ」、京都大学農学研究科博士後期課程
山本 奈美(やまもと なみ)
私の農場には食べ手から時々どんな野菜のタネを使用しているか問い合わせが来る。その内容はタネが「固定種」か「F1(交配種の一種)」か「在来種」かという内容が多くを占める。こうした質問を受けると市民社会で種子への関心が高まる一方で農業の現場にいる者との乖離が生まれているとも感じる。本記事では、その溝を埋めることを目指し、タネの種類の基本的な話と問い合わせへの返答を掲載する。
まず、タネの基本的な分類である「固定種」「交配種」「在来種」について紹介しよう(※タネの種類については、以下の文献を参照した。『自家採種入門―生命力の強いタネを育てる』(中川原 敏雄、石綿 薫、農山漁村文化協会、2009 年))。関心の背景には、「固定種野菜が体に良い」「交配種は危険」「在来種こそ伝統的タネ」といったある意味で一面的な情報がネット社会で流布していることがある。
「固定種」とは、交配種(Hybrid)に対する非交配種という意味で、英語ではOP種(open pollinated variety)と呼ばれ「開放・自然受粉品種」が本来の日本語訳だ。固定種と命名されたことで、タネが純系のイメージを持つことになった。しかし実際は選抜を受け一定にそろったタネの種類であり、他所の固定種や自然交雑株などの素材から選抜・採種を繰り返して育成されている。固定の意味とは、その作物が栽培環境や作型に適応していることで、タネの形質は交配種と比べるとばらつきがある。
「交配種」とは、特別な交配を行い採種することで、異なる品種や固定・在来種などを素材として二つの近交(自殖)系統間などで雑種をつくることで成立した品種を指す。異なる種や品種同士を交配させてできた雑種は、両親の優れた性質が現れることを「雑種強勢」と呼ぶ。この性質は第一世代で最も強く現れるため雑種第一世代=F1(1st filial generation)の種子が多くの野菜で利用されている。一方で遺伝的に近い親同士の子世代の種子は草勢が弱くなることを「近交弱勢」と呼ぶ。この性質はニンジンやアブラナ科野菜(大根や菜っ葉類)で起こりやすいとされる。
「在来種」とは、ある地域に世代を超えて適応している品種のことでローカル品種とも呼ばれる。他の地域で栽培するとうまく成長しないこともある。在来種はばらつきの少ないものから多いものまで多様であり、イコール固定種ではない。伝統野菜の定義は在来種に近く、その土地で古くから作られ採種を繰り返し気候風土に合った野菜として確立したもの、と農林水産省は説明する。実際は各都道府県が伝統野菜復活やブランド化を目指し、独自に基準を設け選定している(京都では府と市が別々に基準を設定)。
有機農業には固定種が合うといわれるが、すべての固定種が適合するわけではない。実際には有機栽培の環境下で選抜と採種を繰り返した種子は固定種・交配種双方とも適応する。「近交弱勢」が強いアブラナ科などの野菜は、品種が弱体化しやすいため、採種用の株(母本)数と交雑を避け隔離が必要なため個人の農家で取り組むには限界がある。以上のタネを取り巻く環境を確認した上で手紙への返答を紹介したい。
タネは「固定種」「F1」「在来種」のどれですか? へのお返事
「タネ」の件でお尋ねありがとうございます。同様の問い合わせが重なったのでタネと有機農業のことを中心にお答えします。有機農業の耕作面積は全体の0.5%という数字が表すように、持続可能な食と農がまだまだ一般的でない日本社会。その中で有機農産物を求める食べ手の方々は、日々食べている野菜の背景と向き合い、その状況を考えたいという姿勢を持つ方が多いと感じています。気候変動などの環境問題が逼迫する中で、食と農ができることは大きい。持続可能なフードシステムに向けて転換が求められる中で、食べ手の方々と有機農業を営む作り手は、協働作業のための重要なパートナーといえます。
結論を言いますと、農場では固定種がほとんどですがF1種も少し使用しています。野菜の品種としては、在来種や伝統野菜が中心です。農場で利用する伝統野菜は、当地域由来の祇園豆という豆以外は他地域の在来種や伝統野菜がほとんどを占めます。野菜は、種屋さんで購入したものが約9割、残り1割が自家採種で、購入種子も夏野菜の8?9割、秋冬野菜のほとんど(9割以上)が固定種で、残りがF1です。
在来種や伝統野菜のF1種も存在します。ただし種子の更新には多額の費用がかかるため、よっぽど売れ筋のタネでないとF1化される可能性は低いです。本来なら、固定種のタネは自家採種して、各農家が自身の畑の気候風土に合った品種を育成していく、というのが望ましいと思います(そうするとやはり「元」在来種になってしまいます)。ホンネとしては自家採種を増やしたい、とも考えています。理由は地域風土に合った野菜は育てやすく味もおいしく、また野菜の多様性を大事にしたいからです。ダイコンでも、各地域によって味も調理や保存方法が異なります。さらに「野菜と種子の多様性」を維持することは、持続可能な農業にとっても重要です。
一方で自家採種は、失敗のリスクもあり、個人の農家として増やすのは難しいことも実感しています。例えば今年の春、自家採種したオクラのタネをたくさん植えたのですが、一つも芽が出ませんでした。昨秋の湿度と温度が高く、保管環境が適していなかったのだと思います。そこで、急きょタネを買い(固定種)、まき直しました。しかし播種時期が後ろに延び、オクラの収穫は一ヵ月ほど遅れました。野菜の一生に寄り添うタネ採りは楽しいのですが、タネに問題が起こると収入と直結するため、自家採種のリスクが少ないものを採種し、残りを購入するという状況があります。
F1を選ぶのは、固定種ではリスクが高いと判断した品種です。F1は固定種のタネと比べると、形状もそろうし、病害虫に強いことも多い。種子購入、土作り、タネまき、除草作業、堆肥運搬して野菜を育てても、病害虫にやられると投資した出費も労力も、まったく報われない、という現実が待っています。つまりF1使用の理由は、固定種でも自家採種の率が低くなってしまう理由と似ています。
世の中の農家が使う種子はF1がほとんどです。その背景には、農家がよりリスクの少ないF1を手に取るしかない社会構造があります。実際、農家にとって最大の農産物取引先である農協に出荷する多くの場合、生産物を画一化するために農家は農協が推奨する種子を農薬などの資材とセットで利用しています。つまり構造的に農家が固定種や在来種を使用しづらい環境があるといえます。
世界の野菜がF1の種子ばかりになってしまうと、たくさんの品種が消えてしまい、農業や生物の多様性が担保されなくなります。多様性がないと食料生産や供給が脆弱になり、持続可能とはいえません。このことからも、農家が、育てたい野菜や種子を構造的に選べなくしているフードシステムは、転換する必要があるといえます。
タネが旅をできる社会を目指して
私たちは在来種の野菜の文化を知るのが大好きなので、いろんな地域の野菜のタネを育ててきました。例えば、近いところの在来種(京都伝統野菜)で言うと、京都の吉田(左京区)の青味大根。流通に向かず育てる農家もタネを採る業者もほぼいなくなり、それでも、味が濃くて、生食にも漬物にも向くので、毎年欠かさず作っています。
遠い在来種で言うと、今収穫している赤三尺ささげがあります。元は愛知の在来種で、米国カリフォルニアに渡り、日系のオーガニック種屋さんで採種されているものを入手し自家採種しています。ただ、品種としては在来種であるかというと、微妙だと思います。
私たちはタネや野菜は旅するもの、だと思っています(※2「タネは旅をする」という主張は西川芳昭の次の著作を参考にした。『種子が消えれば、あたなたも消える- 共有か独占か』コモンズ、2017 年)。日本で食べられている野菜のほとんどが、どこかの地域の在来種だった野菜です。文化の交流がなければ、日本列島の野菜は(みょうがやワラビなど)限定的だったはずです。これからは持続可能な食と農の観点から種子が海を越えて豊かな旅をしていくような社会であってほしいと思います。
野菜の多様性を享受できるような社会は、より住みやすい社会のはずです。作り手、食べ手と共同でタネとの豊かな関係性を紡ぎ、次世代に伝えていきたいと思っています。