環境条約シリーズ 343和牛遺伝資源の保護

2020年10月15日グローバルネット2020年10月号

前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)

遺伝資源の取得と利益配分(ABS)に関して、日本は提供国としての保護措置を定めていないが、近年、和牛の遺伝資源(精子や受精卵)の保護のための制度の不備が指摘されている。和牛とは、黒毛和種や日本短角種など4品種の純粋種またはそれらの間の交雑種で、日本で生育しているものである。

他方、外国では和牛に基づくWagyu(和牛以外との交雑種も含む)が広がっている。米国には、1976?1998年に日本から和牛247頭(1990年代半ばの北海道の畜産家からの100頭余りを含む)とその凍結精液1万3千本が輸出された。それらに基づく米国Wagyuは約6万頭に増えており、その遺伝資源は豪州などに輸出されてきた。豪州Wagyuは約30万頭に増え、大量の食肉輸出(日本の約10倍)に加えて遺伝資源も輸出されている。今では、中国、英国、ドイツなど世界各地でWagyuが飼養されている。

中国でもWagyuの需要は高く、その食肉および遺伝資源の輸入増とともに国内での取引と飼養も増加している。ところが、2019年3月に、日本から和牛の精液・受精卵が輸出検査を受けずに持ち出されたことが、中国において輸入不可とされたために発覚した。流出させたまたは持ち出した日本人が摘発されたが、関税法と家畜伝染病予防法しか適用できなかった。そのため、和牛の遺伝資源の保護と不正流出防止のための法整備が求められ、2020年4月に家畜遺伝資源不正競争防止法と家畜改良増殖法改正法が公布された。

前者の新法は、人工授精用精液の、窃盗・詐欺による不正取得、契約の範囲を超えた使用・譲渡・輸出、また、不正取得と知った上での当該精液および不正使用に基づく子や受精卵の使用・譲渡・輸出などを不正競争と定義し、それらの行為に罰則(懲役10年以下、罰金l千万円以下、法人は3億円以下)を定めている。不正競争により被害を受けたまたはその恐れのある生産者には、損害賠償や差し止めを請求する権利が認められている。なお、後者の改正法は、精液・受精卵の適正な管理・流通のための措置の強化に関わる。

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