食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第20回 森の恵み「サゴ」が支えるパプアの食卓

2020年10月15日グローバルネット2020年10月号

特定非営利活動法人APLA 事務局長
野川 未央(のがわ みお)

「パプア」と聞くと、ほとんどの人が「パプアニューギニア」を思い浮かべるかもしれませんが、今日お伝えするのは、ニューギニア島の西半分、インドネシア共和国に属するパプア(行政区分的にはパプア州、西パプア州)についてです。日本から真南に進んで、赤道を越えた辺りに位置するニューギニア島は世界で2番目に大きな島。西側のパプアだけでも、約42万㎞2と日本より広く、熱帯雨林やマングローブ林などの雄大な自然が残っています。

●大規模開発によって脅かされる生存権

この島には、太古よりメラネシア系住民が定住し、狩猟、採集、漁労などを営んできました。こうした大自然の中で脈々と続いてきた人びとの営みは、16世紀に入り、大航海時代にオランダがこの島を「発見」してからも、一部の限られた地域を除いては大きく変わることはなかったようです。パプアの地はあまりに巨大であり、大自然の前にあっては植民地支配の力もそれほどには及ばなかったのかもしれません。

しかしながら、急激に進んだ経済のグローバリゼーションはパプアの自然そして先住民族の人権や生存そのものを脅かしています。鉱山、石油、天然ガス、木材など、天然資源の宝庫といわれるパプアでは、インドネシア中央政府の許認可を受けた多国籍企業による大規模開発が止まることを知りません。

近年とくに深刻なのが、油ヤシのプランテーション開発です。現在インドネシアは世界で第一位のパームオイル生産国であり、世界の総生産量の約50%を占めています。私たちの生活の中にあふれているインスタント麺やスナック菓子をはじめとした食品や洗剤などの原料として需要が高いパームオイルの生産のために、生物多様性の宝庫であり、パプアの人びとの生活を支える森林が急速に消滅しつつあるのです。

●食卓を支える「サゴ」

パプアの人びと、とくに農村部の人びとにとって大切な主食が「パペダ」です。サゴヤシというヤシの幹から採れるでんぷん「サゴ」を原料に作られるので、そのサゴヤシが生えている森林が油ヤシのプランテーションに変わってしまったら、人びとは外部から入って来た米やパンを買うしかなくなってしまいます。

サゴヤシ(左)の幹を切り倒し、皮を剥いだ後に細かく削っていく。

さて、その「サゴ」作りの手順としては、まず大きなサゴヤシを切り倒し、その幹を小分けにし、さらに細かく削っていきます。ひと昔前まではおのを使ってすべて手作業でやっていたそうですが、今では電動の機械を使うことの方が多いと聞きます(手作業と電動では出来上がりの味が違うと言う人もいます)。いずれにせよ、細かくしたサゴヤシの繊維を水でもんで濾し、でんぷんを含んだ水分をためてしばらく置いておきます。底にでんぷんが沈殿してきたら上澄みの水分を捨て、残った薄茶色のでんぷんが「サゴ」です。1本のサゴヤシからは1家族が半年以上お腹いっぱいで過ごせるくらいのでんぷんが採れるそうです。

家族総出の大仕事であることには間違いないですが、数ヵ月もかかってようやく収穫できるお米と違って、ほぼ1日で全工程を終えることができます。「農耕」がまったくないわけではありませんが、主食となる「サゴ」がまさにそうである通り、パプアの食卓は森の恵みを「採集」することで成り立っているのです。

こうして採れた「サゴ」は、大きなケーキ状に固めて乾燥させて保存し、料理する時に再び細かく粉状にします。主食の「パペダ」は、その「サゴ」を水に溶いて、熱湯を加えて素早くかき混ぜて作ります。葛ねりをイメージしていただくとわかりやすいと思いますが、洗面器のように大きなお皿にたっぷりの「パペダ」を盛り付けて、鶏の足のような形をした専用のフォークを2本使って取り分けます。そこに魚などのスープをかけたり、野菜炒めなどと一緒にいただくのですが、パペダ自体にはあまり味はなく、もちもちとした食感を楽しむ感じです。

この日のパぺダは、魚のスープやパパイヤの花の炒め物と一緒に。

「パペダ」以外にも、パプアの農村を訪れると「サゴ」にココナツなどを混ぜて作る焼き菓子もよくごちそうになります。

●豊かな森を守るためのカカオ

パプアには、1930~40年代、オランダ植民地政府による近代化政策の一環で、先住民族が継続的に生活を営んでいくための換金作物としてカカオが導入されたといわれています。そして、第二次世界大戦終結、独立したインドネシアによるパプア(イリアン・バラット)の併合後も、開発政策の一つとしてカカオ栽培は常に推進されてきました。このため、カカオはすでにパプアの人びとの暮らしの重要な一部となっているといっても過言ではありません。

しかしながら、パプアで栽培・収穫されたカカオの販路は、長らくジャワ島やスラウェシ島などインドネシアの別の島からやって来た仲買人に販売する以外になく、カカオの品質にかかわらず言い値で買い付けられていました。そして「パプア産」のカカオが「インドネシア産」のカカオとして国際市場に流通してきたのです。

このカカオをパプアの民衆が主役のビジネスとして確立させて、世界中の人たちに「パプア産」のカカオを広めたい! と立ち上げた事業体「カカオキタ」で中心的な役割を果たしてきたのが、デッキー・ルマロペンさんです。長年にわたってパプアに通い、エコツアーなどで市民交流を続けてきた故村井吉敬さん(元早稲田大学アジア研究機構教授、APLA共同代表)とのつながりによって、フィリピンのバナナや黒砂糖、インドネシアのエビ、中南米・アジアのコーヒーなど、「民衆交易」という形で食べ物を通した人と人の出会いをつくり出してきた株式会社オルター・トレード・ジャパン(ATJ)との協同が2012年にスタートしました。現在では日本の生協やフェアトレードショップなどにチョコレートを販売するだけでなく、パプア州の州都ジャヤプラで、パプア産カカオで作ったアイスクリームなどを楽しめるカフェもオープンしました。

「カカオの民衆交易を通じて、チョコレートを食べる日本の皆さんとの関係性を築くことは、私たちにとって大きな意味があります。一方的に援助を受けるのではなく、自分たちが主役のビジネスを発展させることで、パプアの人びとの潜在的な力を引き出し、伸ばすことができると希望を持っています。村の人たちは、カカオによって現金収入を確保できることで、カカオと一緒にサゴヤシやさまざまな果物が生えている豊かな森を手放さずに守り続けることができます。外部による開発ではなく、パプア人が主役のビジネスが、豊かな自然と昔から受け継いできた暮らしを守り継ぐ原動力になっています」とデッキーさんは語ります。

パプアの豊かな森を守り、人びとの希望の種となっているチョコレートはAPLA SHOPで購入可能です。この冬、ぜひお試しください。

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