21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第42回 コロナ禍から緑の復興(グリーン・リカバリー)へ

2020年07月15日グローバルネット2020年7月号

京都大学名誉教授

松下 和夫(まつした かずお)

 

コロナ禍から何を学ぶか:緑の復興(グリーン・リカバリー)へ

新型コロナウイルスは、各国で多くの人命と健康を奪い、経済に深刻な打撃を与え、私たちの生活を激変させた。一方、コロナ禍により気候変動問題への取り組みが後回しにされることが危惧されている。しかし、新型コロナウイルスと気候変動問題はいずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき重要問題である。

新型コロナウイルスは、単なるパンデミックではなく、自然喪失の危機であり、人間の生存の危機、克服するためのシステムを構築していない現在の政治・経済システムの危機、などの複合的危機である。その危機は社会の不平等や格差により増幅されている。

コロナ危機は、科学の知見に基づき正確にリスクを把握し、それに備えることの重要性を示した。科学が伝えるところによれば、気候変動がもたらす被害は、コロナ危機の被害よりはるかに甚大かつ長期に及ぶ。これを防ぐため、今回の危機に学び、脱炭素社会への早期移行が必要だ。

現在、各国政府はコロナ危機からの回復に向け、所得補償や休業補償などの緊急対応策の実施と並行し、中長期的な経済対策の検討を進めている。コロナ禍不況から回復を目指す経済対策規模は歴史的にも最大級で、各国の今後の社会構造に大きく影響を与える。そのため「コロナ禍不況から緑の復興(グリーン・リカバリー)へ」との機運が世界的に高まっている。

そもそも気候変動対策は、持続可能なエネルギーへの転換、エネルギー効率改善、資源効率改善、物的消費に依存しないライフスタイルへの転換など、より質の高い暮らしにつながり、人びとの幸福に貢献する経済システムへの転換を目指す。気候変動対策としての財政出動は、持続可能なインフラ整備、新技術開発など、投資と捉えられ、より大きな 経済的リターンが期待できる。しかし復興策が、化石燃料集約型産業や航空業界への支援や建設事業の拡大などの従来型の経済刺激策にとどまるならば、短期的な経済回復は図られても、長期的な脱炭素社会への転換や構造変化は望めない。したがって新型コロナウイルスによる経済不況からの脱却を意図した長期的経済復興策は、同時に脱炭素社会への移行と転換の実現に寄与するものでなくてはならない。

国連事務総長やグローバル企業の CEO をはじめとする各界のリーダーは、「目指すべきは原状回復ではなく、より強靭で持続可能な“より良い状態”への回復である」と訴え、経済対策を脱炭素社会の実現に向けた契機とすべきと提言している(国連事務総長のアースデー(4月20日)を記念した「グリーン経済に基づく復興を求める演説」など)。

欧州連合(EU)は新型コロナウイルスによる景気後退にもかかわらず、欧州グリーンディール(後述)を堅持し、着実に推進することを明らかにしている。

韓国の与党は2020年4月の総選挙で、韓国版グリーンニューディール、アジアで最初の炭素中立、石炭火力からの撤退などをマニフェストで掲げ、勝利した。

国際エネルギー機関(IEA)事務局長は、コロナ危機からの復興の中心にクリーンエネルギーの拡充と移行を置くことが「歴史的な機会」であると述べている。

欧州グリーンディールの先進性

昨年12 月に発表された「欧州グリーンディール」 (以下EGD)は、新たに就任したフォン・デア・ライエン欧州委員長の看板政策であり、EUの新成長戦略であると同時に包括的な環境政策パッケージとなっている。

世界に先駆けて欧州大陸をカーボン・ニュートラル(排出ゼロ)にすることを目指し、新たな削減目標とし2050年ゼロ、2030年55%削減を設定する。そして誰も取り残さない公正な移行を念頭に、循環経済とクリーン技術で世界をリードするための新産業戦略を策定する。その実施のために1兆ユーロ(約120兆円)規模の持続可能な欧州投資計画を策定し,欧州投資銀行のグリーン化を図る内容である(主要な施策と実施予定時期は表参照)。

EGD はEUの新たな成長戦略と目標達成に向けた行程表であり、必要な法制(気候法)、投資や手段、具体的な行動(適応戦略、炭素国境措置、EU/ETS 改正、土地利用・森林規制等)が明示されている。その目指すところは「経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人びとのために機能させることで、温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーションを促進する」ことである。

日本版緑の復興を目指して

コロナ後のわが国の経済回復策は「緑の復興」とすることが望ましい。これは、脱炭素社会、循環経済、自立分散型社会への移行を目指す、あらゆる分野での多様な施策を含む。

その主要内容は、①持続可能なエネルギーへの転換 ②エネルギー効率改善 ③資源効率改善 ④物的消費に依存しないライフスタイル(ニューノーマル)への転換 ⑤コンパクトシティによる既存都市の活性化や人口減少と高齢化社会に対応した公共交通の充実、など、より多くの雇用を地域で創出し、質の高い暮らし、人びとの幸福に貢献する経済システムへの転換となる。

中でも脱炭素に資するインフラ整備、とりわけ再生可能エネルギーの拡大・コスト低減に資する送配電網への投資が重要である。再生可能エネルギー拡大の障害となっている送配電網を、今後のレジリエントな経済構造に必須のインフラと位置付けて整備することが必要だ。

また、経済全体で最も費用効率的に二酸化炭素の削減を可能とするカーボンプライシング(炭素の価格付け)の本格的な導入は、脱炭素社会への移行に資する有効な施策である。エネルギー価格が最低水準で推移している今はカーボンプライシングを相対的に導入しやすい状況といえる。カーボンプライシングを通じて得られた財源は、持続可能な経済社会への追加財源としての活用が可能である。

一方、新型コロナウイルス対策により広がった在宅勤務、時差通勤、遠隔会議などは環境負荷の少ない経済活動・ライフスタイル・ワークスタイルの導入につながる面もある。これらの脱炭素に整合するデジタル化やリモート化などの新たな生活様式・行動の定着についても、政策的支援が重要である。

コロナ禍からの教訓を踏まえ、脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行を進めることが日本および世界の目指すべき方向だ。この移行は、経済、社会、技術、制度、ライフスタイルを含む社会システム全体を、炭素中立で持続可能なかたちに転換することを意味する。そしてそれは、民主主義的でオープンなプロセスを経て着実に進められなければならないのである。

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