フォーラム随想潜水クラブの消滅
2020年06月15日グローバルネット2020年6月号
日本エッセイスト・クラブ常務理事
森脇 逸男
コロナ禍で、諸会合が相次いで中止、延期となる中で、「八丈合宿のお知らせ」というメールが届いた。「読売潜水クラブ」という、私が昔いた新聞社の社員同好会のお知らせだ。30年以上前から毎年夏に八丈島で合宿している。昼間はダイビング、夜はトビウオ、ムロアジ、アシタバなど郷土料理を楽しみ、日本酒や焼酎、ビールを酌み交わした。どの年も愉しい思い出でいっぱいだ。
今年も8月ならコロナウイルスも退散しているに違いない。毎年の行事がちゃんと行われるのはうれしい、と思いながらメールを読んでいささかびっくりした。
7月25日から28日までという合宿の日程が書かれているだけでなく、何と「私(メールの筆者のS君)は、昨年12月で定年になりました。Iさん(S君と一緒にクラブの幹事をやってくれている人)も秋には60歳で、実質クラブ員がいなくなり、自然消滅となります。社報のクラブ紹介からも外してもらいました」とあるではないか。
読売潜水クラブ消滅? まさかそんな日が。ショックだった。
もともと、運動は得意ではないが、昔、定年の55歳が近づいた頃、何かしようと友人と始めたのがダイビングだ。初心者講習は結構きつく、講習帰りに友人と一杯やりながら何度もぼやいた。
それでも何とか潜水ライセンスを取得して、伊豆半島など国内だけでなく、パラオやグアム、サイパン、バリ島、モルディブなど、海外の海での潜水も楽しんだ。
そのうちに、社内の掲示で「読売潜水クラブ」という同好会が新会員を募集していることを発見。業者催行のダイビングは、料金が結構高額だが、わが潜水クラブのダイビングはリーズナブルだ。直ちに友人を誘って入会した。
以来、毎年夏には八丈島、その他もクラブの計画にはできるだけ参加した。また、読売のクラブだけでなく、このクラブで知り合った人の息子さんがインストラクターになって始めたダイビングクラブの会員にもなり、そのクラブで今も毎年沖縄の渡嘉敷島で潜っており、「世界最高齢ダイバーとしてギネスブックで紹介されるまで潜ってください」などと〝激励〟されている。
というわけで、ダイビングは、いろいろな思い出とともに、これからのわが人生を支えてくれる大黒柱の一つにもなると思ってきたのだが、そこに来たのが「読売潜水クラブ消滅」の衝撃だ。
毎年合宿に便宜を図っていただいていた地元の方は、実はやはり元読売社員で、もともとは地元で漁業をされていて、頼まれて海難救助の責任者なども引き受けられていた方だ。最近、物故されたので、今度の合宿ではお墓参りも計画しているという。
日程を知らせるメールを見ながら、これまでの八丈合宿の日々をあれこれと思い出していた。飛び込めと言われて数メートルの高さの漁港の岸壁から海に飛び込んだこと、ダイビングの後の楽しみは海を眺めながら島の温泉にゆっくりと漬かったこと、地元の博物館で八丈島の歴史や言語に目を開かされたこと、思い出は尽きない。
それにしても、こんなに思い出深い潜水クラブが無くなってしまうとは。
そう言えば、最近、いやもっと以前から、会社の社員同好会は、次々と姿を消しているようだ。潜水クラブのほか私が入っていた探鳥会も、ずっと以前に解散している。どうやら近ごろの若い人は、会社の仲間と会社以外で付き合うことが好みではないらしい。
例えば、新聞社では昔、1年に何度かある新聞休刊日に部員全員が伊豆や箱根の旅館に泊まり、一晩を飲み明かし、論じ合う「全舷」と称する習わしがあった。しかし、そういう習わしは今はどこの新聞社でも消えてしまったようだ。
休刊日くらいは、上司や同僚の顔など見ないで済ませたいといった心理からだろうか。何とか米寿を超えた年寄りには、いささか寂しい現実だ。