日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第38回 モズクはきれいな海からの贈り物―沖縄 恩納村・うるま市 

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

「もずく酢」で親しまれているモズクは食物繊維「フコイダン」やカルシウムなどを豊富に含み、健康食品として根強い人気がある。海藻の一種であるモズクは日本の沿岸に広く分布するが、店頭に出回っているものは沖縄県で養殖されたものが9割以上を占める。年間2万t前後の生産を誇り、沖縄を代表する海の幸は、きれいな海でしか育たない「自然からの贈り物」。有名な産地の中から、本島北部の恩納おんな村と同中部の東海岸(太平洋側)にある、うるま市を訪ねることにした。

●サンゴ再生の活動続く

サンゴの養殖場

モズクは「藻に付く」が語源になったとされる。水深が浅く海水温が高い場所に育ち、沖縄では古くから自生していたものを食べていた。天然モズクは手摘みで、小魚やごみなどの不純物を取り除く作業が大変だったが、大量に育てる養殖技術が実用化されると大きな収益をもたらすようになった。光合成で成長するモズクは肥料や農薬などを使わない。天然の胞子を網に付着させる過程以外は、天然ものと同じように育つのだ。

最初に訪れた恩納村は、沖縄本島北部の西海岸にある。万座ビーチのような観光スポットや大型ホテルが立ち並ぶリゾート地域。ここで養殖されているモズクはナガマツモ科のオキナワモズク(太モズク)、イトモズク(モズク科モズク)と2011年に品種登録した「恩納もずく」。オキナワモズクはシャキシャキッとした歯ごたえ、イトモズクは細くて軟らかく、ぬめりが強い。恩納もずくは両方の特徴を合わせ持つ。

村の海にはキクメイシ、ミドリイシ、ハマサンゴなど、224種のサンゴが分布する。恩納村は2018年、「世界一サンゴにやさしい村」を掲げてサンゴの村宣言をした。白化現象(1998年)やその後のオニヒトデ大量発生によってサンゴ礁が壊滅な被害を受けたため、サンゴ再生事業が始まり、現在サンゴは回復しつつある。再生事業で現場の核となっている恩納村漁協を生活協同組合などが「もずく基金」を作り支援している。

漁協サンゴ部会の与那嶺豊さんに恩納漁港にあるサンゴの養殖プールを見せてもらった。

サンゴの苗をくくりつけた基台がプールの中に沈められている。これを海に沈めると、早ければ約3年で卵を産める大きさまで成長する。活動拠点となっている事務所の壁には作業やサンゴ礁が写真で紹介され、参加している子供たちの笑顔が輝いていた。

●県内生産の4割占める

モズクの種付け

次に訪れたのは、沖縄本島の、うるま市にある勝連かつれん漁業協同組合。沖縄県産のうち最大の4割を生産している。参事の玉城謙栄さんを訪ねた。勝連漁協でモズク養殖が始まったのは1970年ごろ。試行錯誤で栽培技術を向上させ、生産量を飛躍的に増やした。組合員の収入は増え、生活も安定した。約200人いる組合員の後継者も育っており、玉城さんは「マニュアル通りやれば2、3年で自立できます」と説明する。

勝連漁協が養殖するオキナワモズクは太さ1.5~3㎜、長さは20~50㎝に成長する。養殖の方法は、モズクの生えている海の中にビニールの採苗シート(幅10㎝、長さ約30㎝)を浸し、天然モズクを着生させる。モズクが1mm~5㎝程度に伸びたら採苗シートを1.5m×20mの網が入ったプール入れ、網に種付けをする。

漁協の野外プールでこの種付けを見た。空気が吹き込まれ、ゆらゆら揺れる採苗シートに小さなモズクが確認できた。その網は10月~翌年3月に浅瀬の苗床に移し、1~5㎝に育ったら養殖場に運んで設定(本張り)する。網の数は漁協全体では20万枚にもなる。

「もずくの日」である毎年4月の第3日曜日(今年は新型コロナウイルス感染防止のために中止)の催しでは、コバルトブルーの漁場を巡る漁船クルーズが一番人気だという。モズクの育つ美しい海を間近に見て感動するという。

本張りしたモズクは60~100日で収穫サイズになり、翌年2~6月に吸引ホースで海水ごと吸い上げる。専用の漁船でごみや他の小魚、他の海藻などを取り除いて選別する。収穫したモズクは塩と混ぜ合わせて貯蔵タンクに入れて4日ほど保管し、その後1斗缶(18L)に入れ出荷する。

●海の環境変化に懸念も

これまで安定していたモズク養殖だが、近年は成長する途中で切れてしまうなどして不作が続いている。収穫量が少なくなって価格は上昇するのだが、消費者離れを起こさねばよいが、と玉城さんは案じている。

モズク養殖に取り組む以前の漁協は、定置網漁などの沿岸漁業が主で、沖縄三大高級魚の一つであるマクブ(シロクラベラ)などがよく捕れたという。だが魚が捕れなくなったため、モズク養殖で活路を見出した。

モズクの不作の原因は不明だが、温暖化や日照不足、生活排水などの影響が考えられる。玉城さんが気がかりなのは海の環境変化だという。海底の岩盤に付着するベージュ色の沈殿物は、以前は台風が来るなどするとなくなっていたが、今はずっと残る。潮干狩りをしていた近くの無人島では貝類が姿を消したという。

とくに気になるのは、養殖海域に近い場所での浚渫しゅんせつだ。本島と平安座島へんざじまを結ぶ海中道路の橋の下を船が航行できるように定期的に浚渫している。玉城さんは「これまで環境変化を記録したデータはなかったのですが、最近海水をサンプリングして水質データを収集するようにしました」と漁業者自らが動き始めたことを話す。

勝連漁協は将来を見据えた経営強化に努めている。漁場の環境改善の効果を狙ってハネジナマコの種苗放流を試みる計画もあるし、農水産業振興戦略拠点施設「うるマルシェ」に直営のてんぷら屋を出店し、モズクの天ぷらを販売する6次化にも積極的だ。

インタビューを終えると、勝連半島の付け根にある勝連城跡に向かった。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたグスク(御城)の城跡は、曲面の城壁が青空を背に映えていた。15世紀に十代城主の阿麻和利あまわりを最後に廃城となった。一番高い「一の曲輪くるわ」(標高100mほど)から遠くまでコバルトブルーの海が見える。海中道路から南側の海域がモズクの養殖場所だ。

この城を舞台にエイサーを踊る『ダイナミック琉球』(作詞:平田大一、作曲:イクマあきら)がYouTubeの動画にある。「海よ 祈りの海よ」と歌い出し、歴史と自然が溶け合った映像は刺激的だ。

城跡の西に見えたのは新港地区の港湾・商工業地域。さらに西では同じように埋め立てによる東部海浜開発事業が進み、泡瀬あわせ干潟の一部を埋め立てた人工島が造成中だ。商業施設や人工ビーチなどが集まる「スポーツコンベンション拠点」だという。

泡瀬干潟は干潟と浅海域からなり、多彩な生物相がある。その規模は南西諸島で最大級といわれる。自然保護団体や住民などの反対を押し切っての埋め立てだ。公共事業はいったん動きだすと止まらない。経済的利益を考えてもワイズユース(Wise use=賢明な利用)の選択があったのではないか。金の卵を産むニワトリを殺すような、想像力の乏しさが悲しい。

勝連城跡から望む海域

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