環境条約シリーズ 338文化財犯罪防止ニコシア条約

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

前・上智大学教授
磯崎 博司

古器物、科学的・芸術的収蔵物や資料、建造物、遺跡などの文化財は、歴史や人間社会の固有性を表しており、いかなる場合でも保存されるべきである。しかし、世界各地で古器物や収蔵物が略奪されており、また、建造物や遺跡が不法に発掘され構成物が持ち出されている。そのような文化財の不法取引はもうかるため、犯罪組織が参入している。また、武力紛争による混乱に乗じて、イラクやシリアの遺跡(モスル、パルミラなど)では武装集団が資金源として器物や装飾品を強奪するとともに宣伝目的で建造物を破壊した。

それらの犯罪組織や武装集団の関与と世界各地での武力紛争その他による社会的混乱とにより、世界の不法文化財(いわゆる、血に汚れた古器物)の取引量と金額は急増している。他方で、その取引は、従来の内密の専門集団による露天市場や闇市場から、オンラインのネット市場や深層WEB市場に移ってきている。

文化財の保護に関しては、武力紛争時文化財保護条約(本誌1997年1月)、文化財不法移転禁止条約(本誌93年8月、2003年6月)、世界遺産条約、窃盗・違法輸出文化財条約(UNIDROIT:私法統一国際協会、1995年)などがあるが、刑法事例として取り扱うものはなかった。そのため、ヨーロッパ評議会は、文化財の不法取引および破壊の防止を目的とする文化財犯罪条約を2017年5月にキプロス・ニコシアにおいて採択した。

それは、締約国に対して、文化財について、窃盗・不法占有、不法な発掘・取り出し、違法輸出入、文書偽造、故意の破壊・損害、また、不法な経緯を知りながら取得しまたは市場販売すること(オンライン・ネット手段を含む)を、自国の刑法において犯罪であると定めるとともに効果的・比例的な処罰(罰金・禁固)を定めるよう義務付けている。その他、不法取引の防止対策、捜査・訴追の制度整備、組織犯罪対策のための国際協力、条約の実施確保メカニズムなどについても定めている。なお、この条約は、ヨーロッパにとどまらず世界に開放されている。

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