フォーラム随想熱中症への備えも
2020年05月15日グローバルネット2020年5月号
自然環境研究センター理事長
元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。世界中で猛威を振るい、日本でも多くの感染者と死者を出し、人びとの行動パターンも大きく変わってきた。とくに、「密室空間」「密集場所」「密接場面」を避けることが重要になった。
このような中、今年も夏が近づいている。最近は夏になると熱中症が気に掛かる。気象庁による今年の夏(2020年6~8月)の天気の見通しでは、全国的に暖かい空気に覆われやすく、気温は平年並みか高いとのことである。
昨年(2019年)の日本の夏は、7月に気温が低く9月に高かったことを覚えておられる方も多いであろう。とはいえ、夏期を通した気温は、東日本と西日本で7月に記録的な猛暑だった2018年よりは低かったものの、最近の数年間では平均的なレベルであった。
熱中症の発症数を反映する救急車による救急搬送数をみると、5月から9月までの5ヵ月間の合計は、2015年から5万件台で推移していたが、2018年に過去最高の9万5137件を記録している。もう一つ注目されるのが昨年の搬送数で、特段暑くなかったにもかかわらず、2018年の4分の3に当たる7万1317件に上っていた。
昨年の搬送数が多かった理由は十分にはわかっていないが、熱中症の発症は気温以外の湿度などにも左右されるし、人びとの水分・塩分補給やクーラー使用などの行動にも大きく影響される。
熱中症の研究に早くから取り組まれた国立環境研究所の小野雅司さんに、予防のポイントを聞いたことがある。彼が強調したのは、熱中症のリスク予測の情報の活用が不十分なことであった。熱中症のリスクの事前判断に有効なのは、「湿度」「輻射熱」「気温」の気象の3要素を組み合わせた湿球黒球温度(WBGT)で、この値は、人体の熱収支すなわち人間が感じる温熱環境をよく反映し、熱中症の発症ともよく整合している。
この湿球黒球温度は「暑さ指数」と呼ばれ、気温と同じように摂氏の度数を用いて表される。具体的には、暑さ指数が31℃以上で「危険」、28~31℃で「厳重注意」、25~28℃で「警戒」、25℃以下で「注意」とされる。
実は、暑さ指数は環境省の「熱中症予防情報サイト」で以前から公表されていたが、十分に活用されていなかったのである。
この状況を改善するために、環境省と気象庁が暑さ指数を「警戒アラート」として、前日夕か当日朝に発信する計画を発表した。本年7月から関東甲信の1都8県で試行し、来年から本格運用に移行するとのことである。
小野さんは、他にも気付きにくい大事な熱中症対策を指摘している。その一つが、部屋の中で換気をしないまま長時間過ごすと暑さが感じにくくなるリスクで、とくに高齢者に起こりやすいという。その防止に有効なのは、居間などに温度計を備え室温を常に把握することである。
もう一つが、真夏になる前の5月ころに発症する熱中症のリスクである。実際、2019年の全国の救急搬送数は、5月に4448件を数え、6月の4151件より多かったのである。
その対策として重要なのが、体温調節の要である発汗機能を活性化させることである。ヒトはエクリン腺という薄い汗を分泌する汗腺を200万~500万個持っており、この汗腺は生後2歳半くらいまでに暑さに刺激されることにより能動化する。日本人は、平均して230万個くらいの能動エクリン腺を持つといわれている。
ところが、能動汗腺の発汗機能は暑さの刺激が少ない冬期に低下する。そのため、事前に運動を行うなど適度な刺激を与え機能を回復させる必要があり、身体に多少きつく感じるくらいの負荷をかけるのが有効とのことである。
今年は、新型コロナウイルス感染防止と熱中症防止を目指さなければならない。