2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを越えて第10回 ゲスト 川越 一磨さん(株式会社コークッキング代表取締役 CEO )
2020年03月16日グローバルネット2020年3月号
聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)
「フードロス問題をビジネスで解決したい」
川越:僕はこれまで8年半くらいずっと飲食業界にいて、和食の調理もホール業務もやり、毎日食べ物を捨てる側の人間でした。
2015年に山梨に移住して半年くらいで、「コークッキング」という会社を立ち上げました。最初は、料理を使った企業の研修やワークショップなどをやっていたんですが、その後スローフードの活動に出会い、料理を使ってフードロスの問題について啓蒙活動をする「ディスコスープ」というイベントを始めました。
羽仁:その企業向けのワークショップは、どれくらいヒットしたんですか?
川越:実は、いまだに依頼があれば細々と続けています。基本的にはチームビルディングを料理を使ってやる、という感じです。例えば会社の風土みたいなものをチームごとに言語化して、その言語化された言葉をベースに料理に落とし込む、みたいなものです。
羽仁:例えばワークショップ参加者が会社の風土を表す料理を言語化するために、ミーティングして、戦略を立てて、料理を作って、最終的に「にぎやかな料理を作りました」「カラフルな料理を作りました」とまとめる、とか?
川越:そういう感じですね。
羽仁:それは面白い。
川越:抽象的な概念を言語化して、それをプロダクトに落とし込む、という感じなので、新規事業を作るプロセスと同じなんです。それをやっていて、「ディスコスープ」という活動に協力してほしいと言われて、毎月一回東京・青山のファーマーズマーケットで開催したりしました。来場者に「フードロスの問題っていうのがあるんですよ」と啓発するのはもちろんなんですけど、規格外や廃棄予定の野菜をみんなで一緒に料理して、「これも普通においしいよね」と考えるきっかけを与える、というようなイベントだったんです。しかし、それだけでは世の中はなかなか変わらないなあと感じました。
さらに、フードロスという問題自体、経済合理性の中で必要悪として生まれてきたという側面が大きい。それならビジネスのスピードで生まれているものに対してはやはりビジネスで解決しなければ追いつかない、と思ったんです。
そこで、ビジネスとしてできることはないかと思い、海外の事例を調べていく中で、ヨーロッパで今の「TABETE」と似た「Too Good To Go」というサービスを見つけ、これを日本でもやりたい、やっているところはないか、と探したら意外と無くて、「じゃあやろう」と思って2017年から動き始めました。
「 TABETE」とは 余ってしまった料理やパンなど廃棄の危機にある食事を手軽にレスキューできるプラットフォームとしての社会派WEB サービス。 2018 年4 月29 日、株式会社コークッキングが正式サービスを始め、運営している。 まだおいしく食べられるが、閉店時間や賞味期限、予想外の出来事などの理由からお店が捨てざるを得ない食事を、加盟店が割引価格で出品し、登録利用者が購入する仕組みで、食事を最後まで「売り切る」「食べ切る」ことを目指す。加盟店は初期費用、導入費用、ランニングコスト0 円で、余ってしまった食事を1 品から販売することができる。 東京、大阪など7 都府県で展開し、掲載店舗数は約540 店舗。登録者は約21 万人に上る(2020 年3 月4 日時点)。
羽仁:非営利ではいけなかった理由は、何ですか。
川越:非営利でもいいと思うんですけど、やはりソーシャルインパクトを出すためにはそれなりの発信力を持たないといけないと思います。そしてそれをどうやって実現するかといったら、世の中にムーブメントを作っていかないといけない。そのムーブメントの中心にいるためには、自分たちがリードプレイヤーとして存在している必要がある。海外ではビジネスとして成立している事例があるんだから日本でうまくいかないわけはない、と思ったんです。
スモールビジネスでコツコツやっていくのでなく、先行投資してリスクを取って伸ばしていくようなモデルなら実現できるんじゃないかという仮説を立てて始めました。今、世の中がSDGs(持続可能な開発目標)とか環境投資みたいな流れにようやくなってきたので、少しずつ、大企業を中心にしっかり説明して、投資家の皆さんからお金も集めやすくなってきています。
消費者をより賢くするためのツールに
羽仁:川越さんにとって、自分が調理したものが目の前で捨てられたり、宴会の食事に誰も手を付けない、という実体験というのは大きかったんですね?
川越:そうですね。調理して出したものが手付かずで残って戻ってくると、みんなは何をしていたんだろう? なんでこういうことが平気で起きるんだろう?と思いました。
羽仁:そうですよね。日本人は小さい頃は「残さず食べなさい」って言われますよね。
川越:世代の違いかと思ったんですけど、別にそうでもないようです。僕たちもそう言われて育ってきたし、下の世代もそれについては共感するはず。だから、今の若い人たちに伝わらない話ではない。たぶん食べ物のプライオリティが場によって変わるだけなんだと思うんです。立食パーティーに行ったら、みんな名刺交換ばかりして食べ物には全然目が向かない。
羽仁:僕は食べることが好きなので、宴会では信頼できる人に「これ作ろうよ」って事前に相談して頼んで作ってもらったりするので、手付かずで残すなんてあり得ない。
川越:皆、そこまでこだわりを持っていないんです。会社の忘年会とか飲み会ではその場に食べ物が出ていることが重要で、それ以上の価値は別に求めていません。食に関してはストーリー不足なんだと思います。
羽仁:でも 年間643万t、一人当たりにすれば51㎏、一日茶碗一杯分139g捨てているんですよね。
川越:そうです、ものすごい量を捨てていますし、業界の構造上、そういうことを許さざるを得ない構造になってしまっていると思います。
だから僕たちも「TABETE」というサービス自体は単純に二次流通(新品を販売する一次流通に対して、古着や古本などのように一度市場に出た商品が再び販売されること)のプラットホームとしてしっかり機能することが重要だと思いつつ、やはりこのサービス自体が一種の消費者をより賢くするための啓蒙ツールにならなければいけないとずっと思っているので、お得感とか安さみたいなものは本質的なアピールポイントではありません。消費者が買う意味のある物をきちんと選んで消費するというツールとして成立させたいと思っているのです。
提案が実現しなかった東京2020大会のフードロス対策
羽仁:さて、東京オリンピック・パラリンピック(東京2020大会)のフードロス対策について、どう思っていますか? 「持続可能性」の中の廃棄物の取り組みの中の大きな柱がフードロスです。
川越:僕たちは大学生のメンバーなどと東京2020大会組織委員会に提案に行きましたが、諦めました。僕たちがこだわっているのは選手村でのフードロス。その改善ができなければ根本的な解決にならないと思っています。
羽仁:どういう提案をしたんですか?
川越:余った食材とか余りそうな物などを、営利でも非営利でも子ども食堂でも何でもいいんですけど、しっかり二次流通させる、ということです。しかし、食中毒のリスクを避けるため、調理から2時間が提供できる期限とされていて、品質上は問題ないはずなのに、調理後2時間で廃棄されてしまうそうです。
羽仁:国際オリンピック委員会(IOC)が決めたルールですよね。
川越:はい。だから、それをどうにかして表に出そうと提案しましたが、「出せない」という答えでした。
羽仁:普通、レストランとかだとどうなんですか。
川越:判断は物によって変わりますが、一概に2時間で切るということはしません。こういう物はちょっと置いといてもいいかな、とか、すぐに出せないなら冷蔵庫に保管しとくとか、物によってやり様があります。
羽仁:調理の過程でロスを減らしていく、例えば余った食材をこんなふうに使えばロスが減る、という方法が最近はたくさんありますよね。
川越:そういう家庭のフードロス削減については全然ターゲットにしていません。
羽仁:あくまでも、ビジネスの世界のフードロスなんですね。
川越:そうですね。でも、「TABETE」でレスキューしたのに、家に帰ったらたくさん捨ててます、みたいなことはなくしていきたいですし、「もったいない」という思いを、心の片隅に植え付けられるツールとして「TABETE」が役に立てばいいと思っています。
「食べ物の尊厳」
羽仁:川越さんのインタビューをいくつか読ませていただいて、その中に「食べ物の尊厳」という言葉がよく出てくるのですが、誰かの言葉なんですか?
川越:あれは沖縄のシェフが言ってた言葉で、普段あまり使わない強い言葉ですけど、的確だなあと思って、その方の言葉の受け売りで、いろいろな所で使っています。確かに「食べ物の尊厳」ってどんどん失われているなあと感じています。
安くて早くておいしいファストフードがはやってきて、ほとんどのものはまずくないので、食の価値とか、おいしさの定義って本当は少しずつ変わっていかなきゃいけないはずなのに、それがなかなか変わらず「食べられるんだからいい」「安い方がいい」となる。それで農家たちもものすごく疲弊していく。そういう安い物を買ったらどこかにしわ寄せがいく、ということを想像できる人が減ってきたと思うんです。だからこそ、「食べ物の尊厳」について、今一度見つめ直さないといけないと思っています。自分が一生の間に食べられる食事って8万回ぐらいありますし。
羽仁:8万回!?
川越:そう、だいたい8万回。その8万回の食事の1回を無駄にしない、と考えた方が、よほど幸せな食事の時間にできるって考えると、食べ物はもっと考えて選ぶ、自分で納得して消費する、ということが重要だと思うんです。
羽仁:「3日も連続でコンビニ弁当は良くない、この働き方は考えなきゃいけない」みたいに、自分の中で決意する、ということですね。
川越:そうですね。やっぱり、例えば自分の友だちが作った野菜とかって、そういうふうに思って食べるからおいしい気もするし、捨てたりはしません。
羽仁:僕、自分で醤油を作っているので、今度お会いするときは持って来ますね。
川越:ぜひとも。自分の知り合いが作った物はやっぱり絶対に捨てられない。だけど自分の知らない人が作った物も手に入れられる社会になったので、ありがたみも薄くなって、「別にいいか」って捨てちゃう。だから「食べ物の尊厳」とは、そういうことを全部ひっくるめて食べ物をどう消費するか、ということを考えることだと思うんです。
羽仁:「尊厳」という言葉を見たとき、僕は「ちょっと重いなあ」と思ったんです。でも、やっぱり食べ物って元は植物や動物、鶏も豚も牛もみんな生き物だから「いのち」だ、とインタビューを読ませていただく中で、最後の方はしっくりきました。それを理解した上で食べていくというのはすごく大事だなと思っているのです。
川越:僕も本当にそういう感覚で、強い言葉だけど、その通りだな、と思いました。
「TABETE」を卒業する店も
川越:意識を変えるきっかけが必要だと思っています。日本の大多数の人びとはまだ情報感度も低いし、世界の動向に目を向けるということもなかなかできません。飲食店の人は朝から晩まで店にいて、外の情報を吸い上げるということも全然なく、どんどん世の中から隔離されている感覚になってしまう。そういう人たちの意識を変えていくためには、やはり教えてくれる人やサービスなど、何かしらきっかけが必要です。実際、「TABETE」の営業によって、「フードロスは本当に問題だよね」と言ってくれる人もいて、「TABETE」を導入してフードロスに対して意識するようになったから、結局「TABETE」は要らなくなってしまった、という例もあるんですよ。
羽仁:どういうことですか?
川越:普段から意識するようになった結果、廃棄する食材がなくなって「TABETE」を卒業する人たちが出てきたんです。
羽仁:いいですね、それ。
川越:そうなんですよ。うちはそれでいいと思ってるんです。自分たちで気付くきっかけとして、このツールが使えるんだったら、事業者側にとっても良いことだと思います。
店舗の拡大が今後の課題
羽仁:TABETEの次の一手は何ですか。
川越:今、掲載店が都内に540店舗ぐらいなので、もっともっと増やしたいです。毎日フードロスが出て本当に困っている、という店を、まずはうちの二次流通でなんとかすくい上げ、少しずつでも増やしていきたいと思っています。そう思いながら、店舗の拡大にはなかなか時間がかかります。そのジレンマは常にあります。
羽仁:廃棄してお金もかけてるけど、自分たちはブランディングとして価格は下げたくないから参加しない、という会社もありますか?
川越:以前はけっこうありました。でも、今は捨てる方がブランド価値が落ちる、ということが皆、わかってきたので、門前払いされることはほとんどなくなりました。
羽仁:それも時代の波ですね。
川越:そうだと思います。以前はまったく相手にされなかったこともたくさんありましたが、ここ1年くらいは法人さんから逆に問い合わせをいただくこともあります。
羽仁:では、これからさらに伸びていきますね。
川越:はい、そう信じてやっています。
羽仁:今日はどうもありがとうございました。
(2020年2月18日、東京都内にて)