日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第36回 わら焼きカツオのたたきのために農業も―高知・佐賀

2020年03月16日グローバルネット2020年3月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

土佐清水から東へ車を走らせ、太平洋沿いに高知市方面へ向かった。暗くなって着いたのは黒潮町佐賀地区にある漁家民宿「海生丸」(明神多紀子さん経営)。夕食に新鮮なカツオやアジの刺し身、チダイのカルパッチョなどの海の幸、さらに無農薬野菜の総菜なども出していただき、初めての漁家民宿に感激した。

翌朝、町内の漁港近くにある明神水産株式会社を訪ねた。一本釣り近海カツオ漁で漁獲高日本一を誇る漁船を所有し、わら焼きしたカツオのたたきの加工販売や飲食店経営などをしている。グループ会社に農業部門を設置して水稲栽培をし、わら焼き用の稲わらを調達しており、カツオ漁を軸に資源と消費のつながりを考えている。「自然とうまくやっていく」(ホームページ)というフレーズに強く引かれた。

●日本一の漁獲高誇る船

明神水産は1959(昭和34)年、初代明神亀次氏が創業した。漁師として漁に出る傍ら、石油会社にも勤めていた。真面目な人柄が認められて石油会社から資金を借りて佐賀明神丸(39トン)を新造し、船頭(漁労長)としてカツオ一本釣り漁業を始めた。現在、同社は一本釣りの近海カツオ漁船4隻、同じく冷凍漁船3隻を保有している。全国近海カツオ一本釣り漁船漁獲高では、2018年に第123佐賀明神丸(森下靖漁労長)が日本一に、第83佐賀明神丸(明神学武漁労長)がこれまで7回も日本一になるなど、所有船が日本一の常連となっている注目の会社なのだ。

明神水産の本社

高知と聞いてカツオ漁をイメージする人は多いはずだ。鳥羽一郎『土佐のかつお船』(作詞:万城たかし、作曲:岡千秋)や中村美津子『土佐女房』(作詞:石本美由起、作曲:叶弦大)など、勇壮なカツオ漁師や、その夫を待つ妻の気持ちを語るいい歌がある。頂いた明神水産の資料には、第83佐賀明神丸の前で日焼けしたカツオ漁師たちの笑顔が並んでいる。

訪問した明神水産では、製造部課長の明神亮太さん、本社営業部係長の涌井流さんから説明を聞いた。前号で登場した元カツオ漁船通信士で漁業史研究家の植杉康英さんにも同行してもらった。

1986年から加工販売に取り組み始め、本社でカツオのたたきを製造販売している。カツオのたたきは「土佐造り」とも呼ばれ、高知県の郷土料理。戻りカツオを冷凍状態で裁断し、表面をわら焼きした後にフィルムパックする。わらの炎は一瞬で800℃の高温になって、すぐに消えるので、臭みが消え、皮に薫製に似た香ばしさと焦げ目が付く。皮の下の脂が溶けて身になじみ、ほとんど生の状態の食感や食味が増す。ガスや電気では、こうはいかないだろう。

製造工程は企業秘密ということで写真撮影はできなかったが、わらを燃やす過程が製造ラインに組み入れられていた。

製品は冷凍または冷蔵状態にして生協、卸問屋、通販で販売している。かつては限られた場所でしか味わえなかった生のカツオが、こうして消費者に手軽に味わってもらえるのだ。

カツオの加工品の多くは大型の巻き網で漁獲したものを使っている。明神水産は資源を「一網打尽」にする巻き網で漁獲したカツオは使わないという。日本発祥の一本釣り漁法が、海洋資源の持続可能性を維持する、ひとつの方法になり得ると考えているからだ。

わら焼きにこだわる理由について明神さんは「工場が消費地から離れているので製品の運送コストがかかり不利です。そこで高知県のイメージがアピールでき、他ではできないわら焼きで差別化を図ることにしたのです」。

農家が減少してわらの確保が難しくなったことから、農業部門として株式会社明神ファームを設立し、水稲栽培をしてわらの調達に努めている。飲食店を含めて必要な年間3万束のわらのうち、その3分の1程度をまかなっている。本社の一画に保管庫があり、県内産のわらが大量に貯蔵してあった。

明神ファームは生産する「明神米」を直営店舗で使うほか、道の駅や通信販売でも販売している。環境への配慮もあり、工場で出る残渣を肥料として使っており、漁業と農業がつながったビジネスが見事に実現されているようだ。

●わら焼きを目前で実演

明神水産は、冷凍パックの製造販売のほかに、わら焼きカツオたたき専門店を展開し、その数を増やしている。高知市内に5店、岡山市内に2店、東京都内に3店舗あるほか、黒潮町の道の駅「なぶら土佐佐賀」も運営する。いずれもわら焼きする「高知のソウルフード」が味わえる。

わら焼きしたカツオのたたき

カツオの一番おいしい食べ方について、明神さんが太鼓判を押すのが塩。工場で製造しているたたきに付けているのは、高知産ゆず汁を使ったたれが6割、塩は4割という。

高知の食べ方は塩であり、明神水産が使っている塩は天日塩「土佐の塩丸」(商品名)。工場から1.5㎞離れた海岸にある製塩所のハウスの中で、太陽と風を利用して海水から塩を作っている。隣には「土佐の海の天日塩あまみ」(同)の施設もあり、試供品をいただいた。なめてみると塩の結晶が舌の先に触れ、甘みがあるような感じだ。記憶している瀬戸内海の藻塩、揚げ浜式塩田の輪島塩などとは違うことがわかった。

カツオ料理にも詳しい植杉さんは「塩を使うのは昔からの漁師の食べ方。釣り上げたカツオを一番おいしく食べる方法ですよ」と解説してくれた。

●観光客でにぎわう店内

佐賀での取材を終え、高知市へ向かう途中、中土佐町久礼くれに寄った。JR土佐久礼駅の近くに久礼漁協と道の駅「なかとさ」があり、観光客でにぎわっていた。

高知市に着くと、有名な平成浪漫商店街「ひろめ市場」を訪ねた。明神水産の店「藁焼きたたき明神丸」でカツオのたたきを食べるのだ。県外からの観光客にお勧めの店を決める「『高知家の食卓』県民総選挙」で、この店は2014年から2年連続で高知市エリア1位を獲得した。

正面の一番目立つ位置にあるのが「明神丸」で、カツオのたたきを注文すると、大きな炎が上がり、大きなフォークのような道具に乗せたカツオがあぶられる。近くで見ているとわらの灰が飛んでくる。

厚く切った、たたきを口に運ぶと、塩の結晶のざらざら感、焦げた香りが最高だ。フードコートは屋台村のイメージで、まだ夕方だというのに観光客のグループなどで盛り上がっていた。筆者は中土佐町の辛口純米酒「久礼」を一人酒していい気分に出来上がって、帰りの広島行き高速バスに乗り込んだ。

取材後ずいぶん時間が経過して、取材ノートを紛失したことに気付き、バス会社や警察に落とし物の問い合わせをしたが見つからなかった。どうしよう、と肝を冷やした揚げ句、よもやと思って、ひろめ市場に電話すると「ちゃんと届けられていますよ」と女神のような一声。翌日には宅配便で届けてもらった。土佐路の取材行の心に残る思い出が増えた。

多くのお客でにぎわう、ひろめ市場

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