21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第40回 炭素中立の実現に本気で取り組み始めたドイツ
2020年03月16日グローバルネット2020年3月号
武蔵野大学教授、元環境省職員
一方井 誠治(いっかたい せいじ)
2020年2月に「ドイツの気候変動・エネルギー政策」の調査で、ドイツの連邦環境省、首相府を中心に政策担当者と非公式ながら率直な意見交換をしてきましたので、その概要をご報告します。
2020年目標の未達成問題
最初に、これまでの状況をざっと振り返っておきたいと思います。ドイツでは、1998年に社会民主党と緑の党の連立によるシュレーダー政権誕生以来、気候変動・エネルギー政策の取り組みが本格化しました。その流れは、与野党が再度逆転した2005年の総選挙の後、キリスト教民主同盟のメルケル党首が首相となった後も、大きく変わることなく引き継がれました。
しかしながら、2010年に、国民に対し長期のエネルギー改革の道筋を示した「エネルギー・コンセプト」で明示された2020年の温室効果ガスの削減目標である1990年比40%減は、かなり早い段階からその達成が難しいことが見込まれていました。
その背景には、2005年に始まった欧州排出量取引制度における二酸化炭素(CO2)のクレジット価格が、2008年に起こったリーマンショックや、排出量取引制度設計上の問題などの影響もあり、当初の想定をかなり下回り5~6ユーロと低迷したことが挙げられます。それに伴い、ドイツの国内で産出される褐炭による発電が経済性を失わず、安い電源として生き残り、電力の輸出超過につながったこと、また、欧州排出量取引制度ではカバーされない、自動車や建物の冷暖房に要する熱エネルギーの増加が目立っていたことが指摘されています。
そのため、すでに2018年の時点で、目標に比べてほぼ8%の未達部分が残るとの予想がされていました。また、ドイツ国内でもこれまでのエネルギー改革はスピードが速すぎたのではないかとの声も聞かれ、石炭火力が根強く稼働していたこともあり、気候変動・エネルギー政策についてのドイツのこれまでの取り組みは大きくブレーキがかかったのではないかという見方が日本でもありました。
2030年目標の達成に向けたドイツの動き
折しもドイツでは、2017年9月に総選挙が行われ、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟は大きく議席を減らし、第1党ながら過半数を得られなかったため、長い協議を経て、2018年になってようやく第2党の社会民主党との大連立が成立しました。その際、気候変動・エネルギー問題も政策協議の対象となったのですが、この分野については、これまでの政策にさらにブレーキをかけるのではなく、2030年の温室効果ガス削減目標の1990年比マイナス55%の達成に向け、早急に追加政策を策定することで合意しました。その背景には、ドイツ国民の気候変動・エネルギー政策に対する変わらない高い支持があったと言われています。
メルケル政権は、政策合意を受けて追加政策の検討を進め、2019年の9月にドラフトをまとめ公表しました。それは、「2030年気候保全計画」と呼ばれる一連の政策パッケージであり、これまで欧州排出量取引制度によってカバーされてこなかった交通部門と建物に要する熱の分野に、国内排出量取引制度を新たに導入しようとするものでした。また、もうひとつの柱が脱石炭への取り組み具体化の動きでした。
前者の考え方の基本は、炭素価格をつけることにより市場メカニズムを通じて温室効果ガスを削減する(カーボン・プライシング)こと、得られた税収は温室効果ガスの削減に配慮しつつ、原則として市民に戻すこと、いきなり排出量取引制度を高い炭素価格の下に開始するのではなく、2026年度の本格導入に向けてまずは段階的に炭素価格を上げていくことなどでした。
具体的には、交通と建物の暖房などに要するガソリンや灯油、天然ガスなどの化石燃料に対し、2021年から2025年までは、燃料の元売り業者に対する課税という形をとり、初年度の21年にはCO2 1t当たり10ユーロとし、翌年から5ユーロずつ課税水準を上げていき、25年には30ユーロとすることを予定し、26年からこれを、キャップを定めた排出量取引制度に移行することを予定していました。
また、脱石炭については、石炭委員会の検討を踏まえ、2038年までに石炭火力を全廃することとし、それに向けて、産炭地の振興策などの対応も含め、法制化を進めることとしました。
ドラフトのさらなる強化の動きと最終合意
国内排出量取引制度の本格導入とそれに至るまでのいわば炭素税の導入については、連邦議会の上院と下院で審議されましたが、州政府の代表からなる下院では、その課税水準では目標が達成できないとの異論が強く、議会の仲裁委員会が開かれることとなりました。
その結果、2021年からの課税水準は、ドラフトではCO2 1t当たり10ユーロだったのが15ユーロ引き上げられて25ユーロとなり、その後順次35ユーロ、45ユーロと引き上げられ、25年には55ユーロとすることとなりました。また、26年からの排出量取引制度の本格実施においては、35ユーロから65ユーロの間でオークション取引とすることとなりました。
また、脱石炭についても、2038年までにすべての石炭火力発電所を閉鎖することが法制化されました。
一方で、国内の陸上風力発電については、新規の設置が航空機運行との調整や住民からの訴訟により問題が生じていることから、風力発電が一定の地域に集中しないで国内に分散化するような措置を講ずることとしています。また、太陽光発電において、固定価格買取制度の賦課金の負担が高まってきていることから、新たな課税による収入の一部をその負担の軽減に充てることとしています。
さらに、航空旅客輸送については、CO2の排出削減のための燃料への課税の強化と極端な安便での運行を防止するための新たな規制を行うとしています。また、貨物輸送についても段階的に電気自動車や再生可能エネルギーベースの燃料に変えていくほか、長距離旅客鉄道については、より長距離列車が割安になるような課税体系にしていくとしています。
また、建物の暖房については、2026年には新規のオイルベースの暖房装置の設置を法律で禁止することも検討するとしています。
ドイツと日本の対応の違いの背景
日本では2030年の温室効果ガス削減目標は2013年を基準年としてマイナス26%とされています。これはドイツと同じ1990年を基準年とすると約18%の削減率となり、同じドイツの2030年の削減目標のマイナス55%の値と比べると、約3分の1の数値になります。なぜ、日本とドイツとではこれほどの差がついてしまったのでしょうか。
今回の私の調査でも、なぜ、ドイツが交通部門や家庭暖房などの燃料が目に見えて値上がりする政策に対して、当初のドラフトよりもさらに値上がりする最終合意が連邦議会でなされたかについて疑問がありました。日本で同じような提案がされれば、まず間違いなく産業界からこれは経済に対する悪影響が出るとの異論が予想されますし、一般消費者からも値上げに対する反対が予想されるところです。
その疑問を首相府のドイツの持続可能な発展担当者に率直にぶつけたところ、返ってきた答えは以下のとおりでした。「まず、現在の気候変動問題の深刻さについては、市民、企業を含めて理解が進んでいる。その意味で、気候変動問題はドイツの政策の優先順位の上でほぼトッププライオリティーになっていることが挙げられる。また、エネルギー改革は環境保全のためだけに行われるのではなく、ドイツの経済の一層の効率化・強化のため、さらにはエネルギーの安全保障のために行われること、それには投資も必要なことを企業も国民も理解していることもあると思う」。
確かに、ドイツ政府は、2010年に策定した「エネルギー・コンセプト」で同様の見解を述べており、ドイツでは、ここ10年で政策の進展とともに、このような認識が広く国民・企業に行き渡ってきたことがうかがわれます。日本におけるカーボン・プライシング政策とそれをめぐる認識の遅れを改めて実感した次第です。