フォーラム随想IPCCとIPBES~昨年の報告書を中心に
2020年02月17日グローバルネット2020年2月号
自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
地球環境問題が、人間の生存にとって最重要課題と広く認識されるようになった大きなきっかけは、1992年にリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(通称、地球サミット)であろう。
12日間に及ぶ会議で、「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言」の採択など多くの成果があった。その中で、条約として採択されたのが「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」である。
二つの条約を科学面から支えるため、専門家からなる政府間組織が活動している。気候変動枠組条約に関係が深いのがIPCC(気候変動に関する政府間パネル)、生物多様性条約に関係が深いのがIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)である。
二つの組織は、IPCCが気候変化、IPBESが生物多様性及び生態系サービスを主な対象に、現状及び変化(将来予測を含む)に関する科学的知見の集約と評価を行い、政策形成に有用な報告書を作成し公表している。
IPCCは、地球温暖化が早くから注目されていた上に、2007年にアメリカのアル・ゴア副大統領(当時)とともにノーベル平和賞を受賞し、さらに最近は頻発する大雨や干ばつなどの大規模気象災害の原因究明に貢献することからなじみ深いであろう。
一方のIPBESは、比較的なじみが薄いように思われる。一つの理由は、IPCCCが地球サミット開催以前の1988年に設立されたのに対し、IPBESの設立が2012年と新しいことである。それ以上に大きな理由は、IPBESが対象とする生物多様性や生態系サービスは内容が捉えにくいからかもしれない。
しかし、IPCCとIPBESの考え方を吟味すると、上位に位置する主題は共通し、人間生存の基本である「健康」や「社会」や「経済」とみてよいであろう。両者の違いは、これらの上位主題に影響する直接的要因をどう捉え、直接的要因に影響する「引き金要因」をどう捉えるかなのである。
IPCCは、気候変化を「引き金要因」とし、「生物多様性」「エネルギー生産・消費」「食料供給」などの直接的要因を介して上位主題に影響すると捉えている。一方のIPBESは、上位主題に影響する直接的要因を生物多様性・生態系サービスとし、その「引き金要因」を「気候変化」「土地利用の変化」「汚染」などと捉えている。
IPCCは、5~6年おきに発表する評価報告書以外に、特別報告書を適宜発表しており、昨年2019年は「気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックス」と、「変化する気候下での海洋・雪氷圏」と題する特別報告書を発表した。
「気候変動と土地」報告書は、気候変化で増加する極端な気象現象による食料生産への悪影響、森林火災の増加、生物多様性の減少、さらには温暖化防止のための植林の拡大やバイオ燃料作物の増産が食料生産に及ぼすリスクなどを挙げ、対策の必要性を強調している。「海洋・雪氷圏」報告書は、海面上昇によるリスクとともに、海水温の上昇がもたらすサンゴの死滅や海産資源の枯渇のリスクに焦点を当てている。
一方のIPBESは、昨年、9番目の評価報告書である「生物多様性・生態系サービスに関する地球規模評価報告書」を発表した。その眼目は、生物多様性などを内包する「自然」は、生態系サービスとして人びとに食料・エネルギー・材料の供給を続けてきたが、供給を持続できるレベルを超えつつあるとの警告である。
どの報告書も、気候変動あるいは生物多様性・生態系サービスを糸口にしながらも、人間の生存に不可欠な環境の持続可能性を重視し、その保証のために、生産・消費パターンなどの私たちの生活や社会の在り方と価値観を変える必要性を示している。