特集/待ったなしの温暖化対策~脱炭素社会とその方向脱炭素社会とはどんな社会か?それは実現可能か?

2020年01月15日グローバルネット2020年1月号

公益財団法人 地球環境戦略研究機関 参与
西岡 秀三(にしおか しゅうぞう)さん

気候変動による人類の危機が迫っている。そんな現実を三人の賢人が警告する「環境文明塾」特別講座が、NPO 法人環境文明21 の主催で昨年10 月、都内で開かれた。
 講師は、石油文明の変革を30 年前から訴えてきた内藤正明氏、石油化学会社から気候変動の研究者に転じ、地球温暖化の大実験の速やかな中止を主張する西岡秀三氏、国の環境政策に取り組むも、地球環境問題は文明の病と喝破し、官僚からNPO 法人の創設者になった加藤三郎氏で、いずれも1939 年生まれの80 歳。
 「脱炭素社会を一刻も早く実現しないと、人類社会が遠からず破局してしまう」との三人の悲痛な「遺言」とも受け取れる警鐘に耳を傾け、新しい年の一歩を踏み出したい。

 

止め方も知らずに始めた大実験:地球温暖化

1957年の地球観測年を始めた地球科学者ロジャー・ルベルは、「人類はこれから地球を材料に、これまで誰もやらなかったし、もう二度とやれない大実験を始めようとしている」と言いました。「二酸化炭素(CO2)排出は温暖化をもたらすか?」の実験です。60年後、実験は大成功で、温暖化することが実証されつつありますが、何とこんな実験を、その止め方も知らないで始めたことに今になって気が付いて、どうやったら止められるか慌てふためいている昨今です。

私が気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に出掛け始めた1988年頃、われわれの出したCO2はどこへ吸収されるのだろうという、いわゆる「ミッシングシンク」が大問題でした。大気・海洋・陸地の観測が30年のうちに大きく進み、CO2がどう吸収されるかのバランスが何とか推測できるまでになりました。その結果、この大実験が実は取り返しのつかない災難をわれわれにもたらすことがわかってきました。気候変動枠組条約(UNFCCC)会合では各国が削減の押し付け合いをやっていますが、われわれが相手にしているのは自然の理なのであり、人間同士がなあなあで妥協しても自然は手を抜いてくれません。

物理学者寺田寅彦の言に、「天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけにはいかない」とあります。止めるには科学が代弁してくれている自然の声に従うしかない。それが「脱炭素化」「CO2排出ゼロの社会に変える」ということなのです。人類は自然の理の中でしか生きられないことをやっと認識し始めた。自然克服型文明から自然共生型文明へと転換の時です。

ゼロエミッションしか自然の理にかなう方法はない

一枚の絵を紹介します()。IPCCが30年かけて2014年にようやくまとめた、ほんの一枚の絵ですが、大変な意味を持っています。横軸に人間が1870年以降に出した(そして、出すであろう)温室効果ガス(CO2換算)の累積排出量(全年合計量)、縦軸がそれによってもたらされる1870年頃の産業化開始からの温度上昇です。ともかくCO2を少しでも排出している限り、ほぼそれに比例して温度は上がり続け、被害はどんどん大きくなる。温度上昇とその被害を食い止めるには、いつか排出を止めるしかない。すなわちゼロエミッションしかない、ということです。

なぜ出している限り温度が上がるか? この30年の地表面をなめるような観測の結果、毎年排出したCO2の約半分が森林・土壌・海洋にすぐに吸収されることなく大気中に残り、100年以上かけてゆっくり吸収されるまでの間大気にとどまることが判明しました。ですから毎年排出の半分がたまり続け、大気中の濃度はどんどん高まってゆくばかり。19世紀末の化学者アルレニウスが見つけた理論から、これに合わせて温度も上がるのです。

これが抗えない自然の理です。覚悟を決めていつか排出ゼロにするしかない。それはいつ? 膨大な影響研究からのIPCC科学的評価を参考に、2℃上昇、できたら1.5℃上昇になる前に止めると、世界が2015年パリ協定で合意しました。図で2℃に対応する温室効果ガス累積排出量が約3,000GtCO2(CO2換算10億トン)と読み取れます。その内2010年までに排出してしまった量は約1,900GtCO2と読めますから、これから2℃まで出せる量は約1,100MtCO2しかありません。2010年時点の年間排出量は36GtCO2で割ると、あと30年分しかありません。1.5℃以下に止めるなら、あと10数年分もない。この残されたわずかな量をうまく使い、たった一世代ほどの間に、ゼロ排出社会に変える。大変困難な大仕事ですが、これ以外に気候変動による被害の増加を止める手はない。もう、やれるやれないの話ではなく、一心不乱に「ゼロ」に焦点を当て大急ぎでやるしかないのです。今からすぐに減らし始めて何とか30~50年に食い延ばし、その間に脱炭素社会へ変えるというシナリオが考えられているところです。

こんなにはっきりしてシンプルな科学的結論があるのに、議論ばかりでちっとも排出は減らない。「家が火事になっているのに誰が消すかを言い合って何もしない」と、アルレニウスの末裔とも言われるスウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーエンベリさんが怒るのももっともなこと。科学の結果をわかりやすくきちんと伝えてこなかった研究者として忸怩たるところです。

 

西岡 秀三さん

1945 年東京大空襲に逃げまどい、50年代炭都福岡県・大牟田の栄枯盛衰を目の当たりに育ち、70 年代オイルショック下の石油化学会社を生き残り、80 年代に出会った温暖化という地球大実験研究にはまり込んで、今は止まらぬ大実験の終活にお手上げの毎日。

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