特集/IPCCシンポジウム2019「くらしの中の気候変動」基調講演3:海洋・雪氷圏特別報告書について

2019年12月16日グローバルネット2019年12月号

気象庁 気象研究所 気候・環境研究部 部長
石井 雅男(いしい まさお)

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2019 年、「2019 年方法論報告書」(5 月)、「土地関係特別報告書」(8 月)、「海洋・雪氷圏特別報告書」(9 月)を公表し、現在は2021 年から2022 年に予定されている「第6 次評価報告書」の公表に向け、大詰めを迎えています。  本特集では、11 月21 日に東京都内で開催されたIPCC シンポジウム「くらしの中の気候変動」(主催:環境省、気象庁)での基調講演と、気候変動対策に積極的に取り組む企業からの登壇者も迎えたパネルディスカッションでの各パネリストによる発表の内容を紹介します。(2019年11月21日、東京都内にて)

 

大都市に住んでいると、雪氷圏や海を身近に感じる機会は少ないと思います。しかし、この雪氷圏や海というのは気候のシステムにおいて非常に大事な役割を果たしているのです。今日は、そのような雪氷圏や海を皆さんにもっと身近に感じていただきながら、そこに迫っている危機についてご紹介したいと思います。

地球の気候をコントロールしているメカニズムは非常に複雑です。気象研究所の「地球システムモデル」という、地球の気候を再現・予測するために組み立てた数値モデルでは、さまざまな要素の中の、エネルギー、水、二酸化炭素(CO2)などの循環をうまく再現しながら、将来を予測していかなければならないことがわかります。

その中で、海は莫大な量の熱を持っています。CO2も大気中にある量の50倍ほど含まれています。そのため、海は氷床、雪氷圏とともに、この気候システムあるいは気候の変化において重要な役割を担っているのです。

「海洋・雪氷圏特別報告書」(以下、報告書)は2016年4月にIPCCの総会で作成が決まってからおよそ3年半の歳月を経て2019年9月25日に公表され、海の温暖化、CO2吸収による酸性化、貧酸素化、海洋の熱波、そして海面水位上昇、グリーンランドや南極の氷床減少、とくに北極海で顕著な海氷の減少、永久凍土の温度上昇、雪面減少、氷河減少等重要な変化を扱っています(図1)。

海水温の上昇~海洋貯熱量の増加

気象庁の「海洋の健康診断表」によると、2019年10月の日本周辺の海面水温は、平年値に比べてかなり高くなっており、最近はこのような傾向が続いています。1900年から最近100年間のデータを見ると、年々変化は大きいのですが、100年あたり1.12℃上昇しています。人間の体温にたとえるのは適切ではないかもしれませんが、平熱が36.4℃の人が37.4℃になっている、そんな感覚でしょうか。もちろん、一つの事象をとって、それが温暖化の影響だとはなかなか言えないのですが、少なくとも今年の秋に水温が高かったことは、大きな被害の出た10月の台風19号の大型化の原因の一つだったといえます。

また、今年はサンマが不漁で、いろいろな原因が考えられていますが、ある専門家は、水温が高かったために、水温の高い所を好まないサンマが東の方から回遊して来られなかったのが原因だと言っています。

さらに、近年の高水温の影響により、南西諸島ではサンゴの白化が起きており、サンゴ礁とその生態系が危機的な状況になっています。

日本の周辺海域をもう少し詳しく見てみると、本州の南岸域や、東シナ海、日本海で水温上昇がとくに大きく、気温上昇とほぼ同じ速さで上昇していることがわかります(図2)。

世界的な海洋観測から推定された2013~17年の水温の平均値と2005~09年のデータを比較してみると、大西洋、太平洋の亜熱帯、南極のまわりの南大洋のあたりで、この5年間の水温上昇が著しいことがわかります。

一方、海面付近では水温上昇のために海水の密度が低下する傾向が見られます。とくに海面付近が軽くなり、上下に混ざりにくくなっていく、そういったことが海の循環に大きく影響し、さまざまな変動を引き起こすのです。

また、GO-SHIPという、国際共同の海洋観測プログラムによって得られたデータで、水深4,000m以下の水温変化を調べてみると、南大洋の深海でも水温が上昇しています。

海全体では、1969~93年の24年間で、誤差は大きいものの、貯熱量が明らかに増えていました。1993~2017年の25年間では、同じ期間なのに貯熱量はほぼ2倍、深海にいたっては2倍以上で、海洋の貯熱速度が加速していることがわかります。

すでに第5次評価報告書でも報告されていますが、地球温暖化によって地球表層に蓄積された熱の90%以上は海に貯められています。その海の熱量がさらに増え、加速しているという深刻な状況が起きているのです。

その影響としてすでに見えているのが、海水中の酸素の減少です。1960~2010年の50年間に、水深0~1,200mでは多くの海域で酸素が減っています。私たちの身近で酸素濃度の減少が著しいのは北太平洋北西部(亜寒帯域)です。1970~2010年に海洋中の酸素は0.5~3.3%減ったと評価されています。動物プランクトン等の生物が呼吸をしにくい状況が生まれつつあるということです。

さらに、海の生物生産への影響も深刻です。莫大な量の有機物を作り、海の生態系を支える植物プランクトンの光合成量は、最も気温上昇が高いシナリオ(RCP8.5)では、亜熱帯でとくに減り、極域ではむしろ増えることが予測されているほか、獲れ得る魚の最大量も20.5~24.1%減少し、とくに熱帯から亜熱帯の広い海域で減る、ということも予測されています。

海面水位の上昇

1902~2015年の期間に世界の平均海面水位は、0.16(0.12~0.21)m上昇したと評価されています。中でも、2006~15年の世界平均海面水位の平均上昇率は1901~90年の平均上昇率の約2.5倍であった可能性が非常に高く、温暖化の加速によって海面水位の上昇も加速する傾向にあることが観測からわかりました。

その最大の原因は、海洋の熱膨張です。その他に、グリーンランドや南極等の氷河や氷床が溶けていく効果も大きく、その傾向は最近大きくなっていることが今回の報告書で明らかにされました。

海面水位が上昇し続けると、例えば、100年に一度しか起きなかったような堤防を越える高潮被害が毎年起きるような状況が生まれてしまいます。海面水位の上昇により、高潮や高波による災害リスクが高くなるのです。もちろん日本も例外ではありません。

海洋の酸性化

海洋は、人為的に排出されたCO2の20~30%を吸収しています。そのおかげで大気中のCO2濃度の増加はその分抑えられていて、温暖化の進行もゆっくりになっています。吸収されたCO2は北大西洋や南大洋、日本の近海にもかなり多く蓄積されています。CO2は水に溶けると炭酸になるために、弱アルカリ性の海は少しずつ中性方向に酸性化しています。

海洋の酸性化により、その生物・生態系は広い範囲にわたって非常に大きな影響を受けると考えられます。とくに悪影響を大きく受けると考えられるのが炭酸カルシウムの骨格や殻を持つサンゴ、ウニ貝類や、オキアミのような甲殻類です。暖水性サンゴはすでに高い危険にさらされており、地球温暖化が1.5℃に抑えられたとしても存続が危ないと予測されています。

海洋及び雪氷圏の変化に対する今後の対応

今後、とくにCO2排出が大きなRCP8.5のようなシナリオでは海洋の温暖化、水位上昇、酸性化、貧酸素化等さまざまな現象が、ますます顕著に現れてくる、そしてRCP2.6でも抑えられない変化もかなりある、ということが、今回の報告書にははっきり書かれています。

適応はますます困難になる、温暖化を緩和しなければならないということが書かれているのです。さらに、「最も気候変化の影響を強く受ける人びとは、対応する能力が最も低い人びとであることが多い」、つまり、例えば、太平洋の環礁の島や熱帯のデルタ地帯あるいは高山地帯に住んでいる人たちは、気候変化の被害を受けやすいのです。CO2の排出削減がいかに重要かがこの報告書では強調されています。

タグ: