特集/IPCCシンポジウム2019「くらしの中の気候変動」基調講演2:土地関係特別報告書について
2019年12月16日グローバルネット2019年12月号
国立環境研究所 地球環境研究センター センター長
三枝 信子(さいぐさ のぶこ)
「土地」というと、日本語では所有権のある土地のようなイメージがありますが、英語の 「land」 は、「地球上の海に対する陸域」という広い意味もありますが、土地そのもの、あるいは土や土壌という意味を含むこともあります。「土地関係特別報告書」(以下、「報告書」)が含んでいる内容もかなり多岐にわたっていて、砂漠化防止や土地の劣化防止等、持続可能な土地管理を行うことにより、食料生産と気候変動対策の競合をできるだけ最小限に抑える対策をどこまで推進できるかということをまとめています。
報告書は2019年8月に発表され、世界52ヵ国100人以上が執筆に参加しましたが、途上国の方が半数を超える執筆陣となりました。 「砂漠化」「土地の劣化」「食料安全保障」等、全7章で構成されています。私は第6章の「温室効果ガスフラックスの間でのインターリンケージ、数々の対策のあいだのシナジー、トレードオフ」のまとめに参加しました。
気候変動が世界の陸域に与える影響
地球上の土地は有限ですので、土地も水も有限であり、どのように食料生産、水、生態系と調和する気候変動対策が世界の陸域でできるか、紹介したいと思います。
2006~15年の世界の気温は、産業革命前に比べ、平均で0.87℃上昇していますが、陸域は平均1.53℃で、気温上昇は海に比べて速いです。これは、海が大きな熱容量を持っているのに対し陸域の熱容量は小さいため、近年の陸域の平均の温度上昇速度は速く、すでに1.53℃上昇していると報告書ではまとめています(図1)。
そして、陸域では現在すでに気候変動によって、干ばつや洪水を伴う極端な現象の頻度が上がり、高い確信度で高温、干ばつ、洪水の増加がすでに食料生産に影響を与えているとされました。その影響は場所によって異なりますが、世界全体で見ると、農業生産に対しては干ばつの被害の方が大きくなり、2050年までに世界の食料価格は中央値で7.6%上がるという予測が出されています。また、水不足にさらされる人口は、1億7,800万人(1.5℃上昇の場合)~ 2億7,700万人(3℃上昇)と報告しています。
このような陸域への影響を小さくするために、さまざまな気候変動対策が考えられていますが、その対策の一部は食料安全保障と競合するということが言われています。大規模な新規植林やバイオ燃料作物の増産は、限られた土地と水をめぐり食料生産や生物多様性保全と厳しい競合を起こします。バイオ燃料作物の増産は、「1.5℃特別報告書」でも対策の一つとして取り上げられ、この報告書にもアセスメントの結果がかなり出ています。その中では、ネガティブエミッション(負の排出)の実現も必要とされています。これは、大気から二酸化炭素(CO2)を除去する技術の総称です(図2)。この報告書では、発電等の化石燃料の代替としてバイオエネルギー作物を使い、出てきたCO2を大気に出さずに収拾して地中等に埋め戻す(BECCS)という取り組みと、農地等になっている場所、かつて伐採した植林などを森林に戻す、再植林や大規模な新規植林を大規模によって吸収源に戻すという二つの取り組みがとくに取り上げられ、その可能性が議論されています。
陸域は温室効果ガスの排出源でもあり吸収源でもある
陸域で行われる農業などの活動は温室効果ガスの排出源となっていますが、例えば畑をつくるための森林伐採等の土地利用変化も含みます。これらの農林畜産業を実施している土地からの温室効果ガスの排出量は、この報告書では、化石燃料燃焼を含む人為起源排出量の約23%(2007~16年)に相当するとまとめられました。例えば田んぼや湿地からはメタンが出ますし、ウシやヒツジなどの大型の反芻動物の腸内からメタンが出てきて、これがけっこう大きな排出源になっています。
また、生産する土地から運び出して加工し、流通させ、調理して、消費者に届くまでの一連の食料生産プロセス全体からの排出量は、人為起源総排出量の21~37%と見積もられました。その内訳を見ると、農林畜産業から排出されるのは主にCO2、メタン、亜酸化窒素で、排出源は腸内発酵の割合がかなり大きく、その他施肥プロセスや稲作からの放出等があります。
一方、陸域はCO2の重要な自然吸収源でもあります。世界の陸域、主に森林は、人為起源のCO2総排出量の約29%を正味で吸収していると報告書はまとめました。ただし、気候変化に伴い、その吸収源の持続性は不確実であると、高い確信度を持って述べています。
では、世界全体の炭素収支がどうなっているかというと、毎年世界の炭素収支を発表している国際共同研究の枠組みである「グローバルカーボンプロジェクト」によると、化石燃料等と土地利用変化等人為起源の排出量のうち44%は大気中に残ってCO2濃度を上げ、残りの29%は植物に吸収され、海に22%吸収されていると、報告されています。 つまり、陸域では農業等の活動により、かなりの量の温室効果ガスが排出されていますが、これに対しては例えば農業技術の改良や作物収量の向上、食品ロス削減等も気候変動対策として重要であると報告書でまとめられました。また、陸域は同時に自然の吸収源ですので、今ある森林の減少や劣化を防止する、火災の頻度を上げないよう防止する、森林土壌への森林蓄積を保全する、等を重要な気候変動対策と位置付けています。
食料供給や生態系保全と調和する気候変動対策とは
食料供給や生態系保全と調和する気候変動対策について、報告書では、陸域に関する40以上の対策を挙げ、それらが温室効果ガスの削減や気候変動適応、砂漠化防止、土地劣化防止、食料安全保障と高い共便益を持つのか、それとも互いに競合してしまうのか、解析しました。
まず農地における作物の収量向上、農耕地・牧畜管理技術の改良は高い温室効果ガスの削減ポテンシャルがあると解析しました。農地の面積を節約できる、つまり、単位面積あたりで養うことのできる人口を増やせば、それだけ、たとえば農地を元の森林に戻すことができる、あるいはバイオ燃料作物などを育てて化石燃料に無理なく代替できるからです。とくに熱帯や土壌劣化の激しい所ではアグロフォレストリーの取り組みも紹介されました。
その他に、持続可能な森林や食品ロス・食品廃棄の削減、食習慣の見直し等、食料システムにおける低炭素化が大きな削減効果があるとされました。この背景として、2010~16年に世界で生産された食料の25~30%が廃棄されており、これは世界の人為起源温室効果ガス総排出量の8~10%に相当すると報告されました。その廃棄の削減により農地の面積を節約し、農地を森林に戻したり、燃料に使ったりできるようになるのです。
また、複数の対策間で副次的便益(コベネフィット)があるとまとめています。これを最大限生かすためには、社会の複数の部門において温室効果ガスを大幅に削減する野心的な対策の実施が必要不可欠であり、それが今後、陸域生態系や食料システムに対する負の影響を抑制するとしています。ただし、タテ割りの弊害等実際に実行する上での課題もあり、例えば工業・農業・エネルギー・廃棄物等複数部門では分野横断的で一貫性のある政策を立案しなければならないとしています。また、気候変動の影響に脆弱な人たちが意思決定に積極的に関与でき、それを実施できるような取り組みが必要であるとしています。
将来の気温上昇を1.5℃までに抑えるためのシナリオ
最後に、こうした陸域の取り組みを最大限に行うことによって、パリ協定の目標である将来の気温上昇を1.5℃までに抑えるシナリオがあり得るのか、複数の、いわゆる統合評価モデルを使って解析した結果を紹介します。
ここで用いられた将来予測シナリオは、「1.5℃特別報告書」に使われたものと同じで、十分な対策が取られないで温暖化してしまうシナリオ(RCP8.5)から2℃目標に向けたシナリオ(RCP2.6)までのほか、より強い削減により1.5℃目標を達成するシナリオ(RCP1.9)が追加されました。
土地は有限であって、これからは食料と水と生態系と調和する気候変動対策というものを追求していかなければならないのですが、パリ協定の長期目標を達成するためには、まず温室効果ガスの人為的な発生を今すぐ、大幅に削減する野心的な取り組みが必要で、これを先送りすると、非常に高いコストとリスクを伴うことになります。森林減少の防止や新規植林、バイオマスエネルギーやネガティブエミッションの活用も必要です。さらに、こうした高いハードルを越えていく上で、食料安全保障への悪影響を最小限に抑えるためには、土地劣化防止を進めることによる農業生産性の向上と、食品ロス・食品廃棄をできるだけ減らすことや食習慣の見直しを含む食料システムの低炭素化を同時に進めるという困難な課題を達成することが必要である、とこの報告書は結論づけています。