環境条約シリーズ 333先住民族の権利保護とアイヌ新法

2019年12月16日グローバルネット2019年12月号

前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)

近年、先住民族の権利の保護が求められており、それは人権分野の諸条約による対応にとどまらない。国連は、1995年から二次にわたり先住民族の権利に関する10年を展開し、2007年には先住民族権利宣言を採択した。また、国際労働機関は1989年に「独立国内の先住民族および種族民に関する条約」(本誌2003年10月)を採択した。生物多様性条約、名古屋議定書、植物遺伝資源条約、国際捕鯨条約、森林原則声明のような、環境保全や生物資源利用に関する条約なども先住民族の権利の保護を定めている。

そのような国際動向を受けて国内では、1997年に、二風谷ダム判決はアイヌ民族を先住民族(国際人権B規約27条の下の少数民族)と認めた。同年には、北海道旧土人保護法(1899年制定)が廃止され、アイヌ文化振興法が制定された。また、2008年には、上記の先住民族権利宣言を受けて、衆参両院はアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を採択した。

他方で人種差別撤廃条約・人種差別撤廃委員会は、同条約の下の日本による第10回・11回定期報告を審査し、2018年8月30日に総括所見を採択した。それは多くの項目に関わるが、アイヌの人びとに関しては、雇用・教育・サービスにおける差別の解消、土地や資源に関する権利の保護、文化・言語に対する権利の実現、関連協議体へのアイヌの代表割合の増加などのための措置をとるよう日本政府に対して勧告した。

それを受け、また、近年の先住民族をめぐる国際情勢に鑑みて、2019年4月に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が制定された。同法は、「先住民族であるアイヌの人々」と記すとともに、従来の福祉施策や文化・言語の振興に加え、地域・産業・観光などの振興施策の総合的推進、また、新たな交付金や、林産物やサケの採捕に関する措置などを定めている。しかし、上記勧告に照らしてみると、同法には土地・資源に関する権利それ自体の保護は含まれておらず、また、社会的差別の解消のための措置も明確ではない。

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