INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第57回 越境大気汚染をめぐる中韓の論争に決着か?

2019年12月16日グローバルネット2019年12月号

地球環境研究戦略機関(IGES)
北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

これまでの経緯

今年2月の連載第52回で越境大気汚染をめぐる中韓の論争について紹介した。簡単に要約すると、昨年12月末に中国生態環境部が開催した定例記者会見で、記者からの質問に応じる形で「韓国は中国からの越境汚染を主張しているが、汚染物質の主要な発生源は現地からの排出ではないか」と発言したことに端を発し、これに対して韓国が「中国は(自分たちにとって)有利に解釈しているところがある」など反論し、泥仕合の様相を呈し始めた。お互い都合悪いところは責任の押し付け合いの雰囲気になったが、結論は日中韓の3ヵ国共同で行われている研究の成果を待つことになっていた。

3か国共同研究の概要

まず、3ヵ国共同研究とはどういうものか紹介しておこう。1996年以降日中韓3ヵ国では汚染物質の越境移動のメカニズムの共通理解を確立するため、専門家会合を開催してきた。会合での議論を経て韓国の提唱で、2000年から「北東アジアにおける大気汚染物質の長距離輸送プロジェクト(LTPプロジェクト)」を開始することを決定した。このプロジェクトには、日本から国立環境研究所およびアジア大気汚染研究センター、中国から環境科学研究院、韓国からは国立環境研究院が参加し、韓国の研究院が事務局を務めた。LTPプロジェクトでは、北東アジアにおける大気汚染物質の長距離輸送に関する理解を深めることを目的として、各国の大気環境の状況、近隣の国への影響、大気環境を改善する各国の政策を調査研究することとされた。

LTPプロジェクトは、これまで4期にわたり実施されてきて、現在は第5期に入っている。その第4期までの概要は表1のとおりである。

3ヵ国共同研究成果(第4期サマリレポート)の発表

去る11月20日、3ヵ国は同時に「北東アジアにおける大気汚染物質の長距離輸送プロジェクト第4期(2013?2017年)サマリレポート」を発表した。このレポートでは①大気汚染物質のモニタリング結果、②大気汚染物質のモデリング結果―について要約されている。①については、LTPで対象とした日中韓3ヵ国の計12ヵ所のモニタリング地点(中国:大連(3ヵ所)、厦門(2ヵ所)、煙台。韓国:高山、江華島、泰安、白翎島。日本:利尻、隠岐)における2017年までのモニタリング結果についてまとめており、SO2、NO2、PM2.5、PM10等の大気汚染物質の年平均値は近年減少傾向であり、とくに中国では各物質とも大きく改善されたとしている。

また、各国のPM2.5の傾向については、3ヵ国により相当の努力がなされたとした上で、中国では2015年から2018年にかけてPM2.5濃度は全国的に約22%と大きく減少、日本では2015年の13.1μg/m3から2017年には11.6μg/m3に減少、韓国でも2015年の26μg/m3から2018年に23μg/m3に減少していると紹介している。その他、韓国政府は国のPM2.5の環境基準を2018年に50μg/m3から35μg/m3に強化したことも特記している。

越境汚染の判定結果は?

さて、注目の近隣の国への影響-越境汚染-の判定結果はどうであっただろうか。これは②大気汚染物質のモデリング結果の中で報告されている。レポートでは、PM2.5濃度は日中韓の各国で相互に影響を及ぼしているとした上で、PM2.5濃度の相互寄与度について表2のように報告されている。

この数字は、各国の主要都市(中国は北京、天津、上海、青島、瀋陽、大連の6都市でいずれも沿海部にあり日韓に近い都市。韓国はソウル、大田、釜山の3都市。日本は福岡、大阪、東京の3都市)における、日中韓の発生源からの寄与度合いを3ヵ国それぞれのシミュレーションモデルを用いて推定したものである。この結果を見ると、いずれの国においても自国の国内発生源由来の寄与が最大となっているが、中国は自国由来が91.0%でほとんどであるのに対し、日本および韓国では自国由来は50%強で、約三分の一がそれぞれ中韓、中国からの影響を受けていることがわかった。

この結果について、中国および韓国ではどのように受け止めているか見てみると、この共同研究の中国側実施機関である中国環境科学研究院は、同研究院のWEBサイトの見出しで「中日韓3ヵ国のPM2.5はすべてそれぞれの地域での排出寄与が主であって、各国は自分の国の汚染物質排出削減に努めるべきである」としている。また、同研究院の首席専門家の言葉として「日韓両国はわが国の風下に位置しており、中国からの汚染物質の排出が韓国および日本の主要都市に与える影響の可能性は相対的に見て比較的大きい」とも述べている。

一方、韓国の聯合ニュースは20日の報道の見出しで「韓国の『PM2.5』32%は中国発」とした上で、「国内の要因により発生したものは半分程度であり、32%は中国に起因するとした韓中日の初の共同研究結果が示された」と淡々と解説している。

1年近く発表が遅れた報告書のとりまとめ段階で白熱した議論があったであろうことは容易に想像がつくが、科学レポートがまとまったことで冷静に受け止められ、論争に終止符を打つことができるようになったことは一歩前進である。このレポートは11月23~24日に北九州市で開催された第21回日中韓3ヵ国環境大臣会合にも報告され、レポートを最終化した労力に対して、3ヵ国の専門家に謝意が表された。

レポートでは最後に次のように強調しているので抜粋して紹介しておく。

〇モデリングの不確実性とモニタリングの制約が存在するとしても、3ヵ国は北東アジアにおける大気汚染の減少傾向を首尾よく診断したことについて合意。

〇各国の汚染物質濃度への支配的な寄与は、一般的に国内の発生源からであり、国内および北東アジア地域の大気環境を改善するためには、発生源の削減をすることが重要。

第21回日中韓3ヵ国環境大臣会合(2019年11月24日)

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