日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第19回 瀕死の日本漁業に抜本的な再生方策が必要
2019年11月15日グローバルネット2019年11月号
東京財団政策研究所 上席研究員
小松 正之(こまつ まさゆき)
●瀕死の日本漁業と衰退を促進した補助金
日本の漁業・養殖業生産量は、1984年の漁獲高1,282万tをピークに、2018年には439万t(農林水産省漁業・養殖業生産統計年報)まで減少した。実に843万tを失ったのである。外国の沿岸域と公海で操業し、締め出された遠洋漁業だけでなく、それ以上にわが国の200カイリ排他的経済水域内の沖合漁業、沿岸小型漁業と養殖業が大幅に衰退し、減少した。そして最近はサンマ、マサバもマイワシも小型化して、脂も乗らず痩せている。その漁獲量はサンマは昨年の15%、サケも史上最低を記録した2017年の5.1万tをさらに下回ると予想される。
日本政府は長い間、資源の回復のために科学的な根拠をベースにした漁獲総量規制には取り組まず、明治以来の100年以上もの慣習を客観的な評価もせずに踏襲した。すなわち、漁業者間の紛争解決・調停と、漁場の管理とを目的とした、旧来の漁船の大きさや漁網のサイズを制限する漁獲努力量の規制を主体とする管理を継続させた。しかし、漁業者がごまかすすべを知っていることは世界的な定説である。そして過剰漁獲と乱獲が進行し、経営が悪化。漁業者には、日本政府から戦後70年間も一貫して補助金が提供された。所得補償や燃油費の補填や外国の輸入水産物の流入とありとあらゆる名目が付けられた。全国漁業協同組合連合会の仕事は、政府からの補助金の獲得で、政治家にとっては、補助金を政府から獲得することが次期の選挙を考えると最も自身に利益をもたらすものであった。
●明確な政策に欠ける2018年漁業法改正
2018年12月には改正漁業法が成立した。しかし、瀕死の重傷の日本漁業を再生に向かわせる内容は含まれていない。本来であれば、漁業法の改正ではなく、根本的に廃止し、まったく新たな漁業法の制定が必要なのである。その柱は国連海洋法条約の趣旨として明確な「海洋水産資源は国民共有の財産」と明記して、国や都道府県が科学的根拠に基づき政策を推し進めることであった。
●国民にわかりにくい「漁業権」は廃止を
漁業権は、簡単に言うと本来は国や都道府県が許可すべき海洋水産資源の漁獲行為を漁業協同組合(漁協)に委ねたものである。漁協には科学的に資源を評価する能力は備わっていない。それでも明治時代や戦後は漁場と漁業者間の人間関係の管理を目的とした。
戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、明治漁業法(1910年)(旧明治漁業法に資源培養の考えを入れて改正)に新たに「民主化」の考えを入れ込んだ。「民主化」とは、漁村の経済をコントロールしていた大規模漁業者や地元の有力資本の排除を目的として、それらの地区の小規模な漁業者を中心とする漁業・漁村をつくり、漁業者の間の平等を目指したものである。しかし平等がむしろ、活力と創意工夫を漁業者から奪った。
2018年12月の改正漁業法では漁業権の優先順位は廃止された。養殖を営む漁業権の優先順位は廃止されたが、実績者を優先する場合の「適切かつ有効」なる文言が創設され、恣意的な運用の余地を残し、一般企業や地元水産加工業者らのやる気と経営の技能や能力を有する者が、養殖業へ参入できない障壁を残した。
●「無主物先占」から「国民共有の財産」へ
わが国の法制度では、いまだに、水産資源は「無主物」であり先取りした漁業者にその所有権が帰属する(民法第239条)との考えで、水産行政が行われてきた。その結果、漁業の衰退が進んだ。
1994年に発効した「国連海洋法条約」は、海洋は公海自由の考えを、根本的に改革したものである。自国の200カイリ排他的経済水域の海洋生物資源は、沿岸国政府がその科学的管理の責任と義務を有するとした。
わが国の「無主物先占」の政策は「国連海洋法条約」をわが国が批准した時点で、変更するべきであった。
●世界各国は漁業法を近代化し漁業を安定化
一方、世界の各国は、政府が責任を持って排他的経済水域内の海洋水産資源を管理することとし、国内法の制定・改正と整備を完了した。米国の改正マグナソン・スティーブンス漁業保存管理法(MSA)やオーストラリアの漁業管理法などの制定がそれである。
これら各国は、憲法、漁業法並びに水産行政政策の中に「海洋・水産資源は国民共有の財産」であると明確に位置付けた。そして国家(沿岸域は州政府)が科学的根拠に基づき漁業資源を管理することを定めた。
その結果、米国の漁業の成長と安定は目を見張るものがある。漁業生産量は長期間安定し、漁業生産金額はマーケティングの充実により一貫して成長している(図)。
●日本漁業の改革は? 意識改革が必要
わが国は、長い間、漁業・資源管理を漁業者の自主的規制に委ねてきた。自主的規制は、漁獲データも科学的資源評価もなく、適正な漁獲水準も設定できない。公開されず、モニターも評価もない。科学的根拠や取り締まり、モニターと評価・効果の要素が抜け落ちている。そのため、漁業・資源管理の効果がなく、漁獲量が減少している。
日本は、漁獲可能量(TAC)制度の対象魚種が8魚種しかない。TACの設定も魚種には生息海域ごとにその科学的な性質が異なるとの科学的根拠を無視して設定されている。すなわち日本海と太平洋とオホーツク海はそれぞれ異なる海であり、日本近海をひとくくりする科学的無責任を実践している。
また、国民や消費者は欧米のように漁業の状況に厳しい目を光らせることが重大責任となる。「水産資源は国民共有の財産である」からである。直接の関係者だけに委ねると決して良いことは起こらない。彼らの短期的な欲求を防止することだ。
●地球温暖化と海洋生態系の劣化の漁業への重大な悪影響
日本では、海洋と陸上の生態系の変化や崩壊が著しい。海岸線を見ていると、東日本大震災による被害の後の復興工事によって自然環境の破壊が進行している。世界では、コンクリートに依存する防災の事業(Grey Project)から、自然の治癒力を利用した防災事業(Green Project)が年々普及している。
これに加えて、大気中への二酸化炭素、フロンガスや代替フロンガス(HFCやCFCなど)の排出により、地球温暖化現象が進んでいる。海水温も、100年間で平均1℃程度の上昇であるが、夏場のピーク時の気温と海水温上昇は4~5℃に及んでいる。
海洋生態系は、陸上生態系の変化や地球温暖化の影響を受けて変化している。その結果、海洋における生物資源量や生物多様性にも影響を及ぼし、今世紀末までには漁業生産量が25.5%減少するなど漁業・養殖業生産量の減少と、海水温の上昇と栄養分と酸素の減少を予測する(2019年9月公表 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「海洋・雪氷圏特別報告書」第5章)。わが国も漁業政策を超えて海洋生態系と生物多様性の維持と回復に取り組むことがとても重要な課題となったことを認識するべきである。