ホットレポートジャカルタの水道民営化をめぐる市民の闘い
2019年11月15日グローバルネット2019年11月号
環境ジャーナリスト
ハリー・スルヤディ
水へのアクセスが困難なジャカルタ北部の貧困層
インドネシアの首都、ジャカルタ北部の貧しい人びとにとって、きれいな水は高価な商品です。値段が高いというだけでなく、手に入れるために大きな苦労をしなければならなりません。彼らは大きなポリタンクをいくつも載せたカートを押してポンプ場まで行き、水売りが水を供給してくれるまで待たなければならないのです(写真①)。
世界銀行の推計では、貧困家庭は水を得るために収入の13~25%を費やしています。ジャカルタでは、オランダ植民地時代、水道はオランダ人など欧州からの人のためのものであり、彼らの家庭の90%には水道が引かれていました。しかし、現地の貧しい住民や先住民族の人びとは公共の消火栓か水売りから水を入手しなければならなりませんでした。
水道事業が民間企業に
1968年、ジャカルタ特別州は水道会社、PAMジャヤ社を設立したものの、貧しい人びとが水になかなかアクセスできないために社会的に疎外されるという問題を解決することはできませんでした。1970年代、水道を利用することができたのはジャカルタの人口のわずか10%。1990年はアジア開発銀行の報告によると、38~42%で、無収水率(配水管からの漏水や盗水)は53~57%に上りました。
1991年、世界銀行はPAMジャヤ社が貧困層にも水を公平に供給できなかったことに対する解決策として提示されたPAMジャヤ供給向上プロジェクト(1990~1997年)に対し、9,200万米ドルの融資を行いました。水道が引かれていない地域に消火栓を2,000ヵ所設置し、新たに23万4,000世帯に水が提供されることになっていました。世銀の報告によると、生産・供給能力は以前より安定し、その結果、低所得者層を含む230万人が水道を利用できることになったということです。
1997年、PAMジャヤ社はフランスのスエズ社と英国のテムズウォーター社と契約を結び、水道事業はこの民間事業者2社に引き継がれました。25年間に及ぶ契約は1998年2月1日に発効されました。水道事業はジャカルタ市内を東西2地区に分割し、西地区をスエズ社、東地区をテムズ社が担うことになりましたが、2社は公開入札にかけない、手厚い契約によって利益を得ていました。
契約では、2社は原水の供給、浄水、水道管網、顧客サービスを担い、その目標は①貧しい住民を対象とするサービスの拡大②貧しい住民のサービスの質および水質の向上、とされました。
しかしその後2006年、2社は株式を他社に売却し、水道事業から撤退。契約内容はそのまま新しい会社に引き継がれたのです。
進まない水道の普及
2社は2020年までにジャカルタ市民の70%に水道を行き渡らせると約束していましたが、その約束は守れませんでした。そしてジャカルタ北部の貧困層にはいまだに水道が普及していません。PAMジャヤ社と民間事業者2社は水道の普及率は62%に上ると主張していますが、水問題に取り組むインドネシアのNGO、Amrtaが行った水の需要と販売量に基づく計算によると、わずか35%だということです。
水道水の供給量と水質は依然十分ではありません。水道は夜しか稼働しないため、とくに低所得者層は真夜中や早朝に起きて水を容器にためなければなりません。また、水道水とはいっても茶色く濁った、汚い、悪臭のする水であるため、洗濯と入浴にしか使えず(写真②)、飲み水と料理用にはボトル入りの水を購入しています。
また、水道の普及が進まないため、多くの市民は地下水のくみ上げを余儀なくされています。Amrtaによると、2017年、ジャカルタの住民1,000万人は11億4,800万m3、通勤者には1億2,600万m3、商業用には2億6,500万m3の水が必要でしたが、2社による供給量は3億4,200万m3でした。そしてジャカルタの住民は自分たちの使う水の65%を地下水で賄っており、その量は2017年には約8億600万m3にも上るということです。
水は経済財 民営化をめぐり混迷する法廷での争い
1992年にアイルランド・ダブリンで開催された「水と環境に関する国際会議」で採択されたダブリン宣言では、「水は経済財」と定義されました。誰にも十分で安全で良心的な料金の水を得る権利があります。一方、1945年インドネシア共和国憲法第33条(3)には、「自然の豊かさだけでなく、土地と水も国によって管理され、人びとの最大の利益となるよう利用されなければならない」とあります。
しかし、民間企業2社は低所得の市民に対し、良質の水道水を提供するという約束を果たすことができず、ジャカルタの水道民営化は、水が経済財ではないことを示したのです。
2012年11月、12人のジャカルタ市民の代表が水道民営化に対して住民訴訟を起こしました。裁判所は民営化を違法とし、それを終結させること、水道サービスを公営事業体に返還することを命じました。その後、裁判所の決定は被告による不服申し立てにより、高等裁判所が地方裁判所の判決を覆すなどの経過があったものの、2017年10月、インドネシア最高裁判所はジャカルタの水道民営化を停止し、事業をPAM ジャヤ社に戻すよう州政府と中央政府に命じました。民間企業2社との水道事業契約は無効となったのです。
しかし2018年3月22日、財務省は最高裁の判決を覆すための行政措置を取ることを決めました。再公営化への道は遠く、まだ続いているのです。
水リテラシーに関する市民社会の役割と今後の課題
開発問題の解決策、そして透明性とアカウンタビリティの向上のために、住民参加は重要です。Amrtaはアドボカシー重視の組織として、調査に基づき、市民の水に関する基礎的知識(水リテラシー)の向上を目指して活動しています。ジャカルタの水道事業民営化については、市民訴訟よりずっと前から、水の権利に関する啓蒙活動やさまざまな調査、研究、ロビー活動を展開してきました。
「水へのアクセスは人間の権利であり、政府、とくに政府の役人が憲法のマンデートとして水資源を管理しなければならないということを確実に認識するよう水リテラシーの向上に努めていきたい」とAmrtaのアーディアニー代表は述べています。