フォーラム随想イベリア半島旅行雑感
2019年11月15日グローバルネット2019年11月号
自然環境研究センター理事長
元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
今年7月、スペインを10日ほど旅行した。主な目的地は、イベリア半島の付け根に東西に430 ㎞延びるピレネー山脈の東部と、西部で海岸域も含めフランスにまたがるバスク地方である。
この旅行の直接のきっかけは、今年の春、環境史を研究する大学院生の訪問を受けたことである。その大学院生は、ユネスコの「人間と生物圏計画」(通称、MAB計画)が刊行した全11巻の『世界自然環境大百科』(英語からの翻訳)の第1巻を読み、その監訳者の私に質問に来られたのである。
MAB計画は、世界に700以上あるユネスコエコパーク(生物圏保存地域)を主な対象に、生物圏の保全と利用の調和を図ることを目指している。その特徴は、生物圏あるいは生態系を理解する際に、さまざまな時間スケールでの過去からの変化の過程や、多様な地域の文化との関係を重視することで、私もMAB計画の推進のためにアジア・アフリカの国々を訪れたこともある。
実は、『世界自然環境大百科』にはカタルーニャ語で書かれた原本があった。その編集代表者は、スペイン・カタルーニャ州の州都バルセロナ生まれの植物学者ラモン・フォルヒ博士で、彼が英語版の編集責任者も務めたのである。
私はMAB計画に関わったこともあり、カタルーニャ地方を含むイベリア半島北部を訪れたいと考えていた。
最初の目的地は、カタルーニャ州の北端に位置するアラン渓谷のビエーリャで、バルセロナから路線バスで優に半日かかった。
ビエーリャの街で最初に気付いたのは、道標が三つの言語で書かれていることであった。アラン渓谷だけで話されるアラン語、カタルーニャ全域で話されるカタルーニャ語、そしてしばしばスペイン語とも呼ばれるカスティーリャ語が、アラン渓谷地域の公用語として認められているからである。
ビエーリャの住民に聞くと、スペインにはカスティーリャ語やカタルーニャ語はもちろん、バスク地方にはバスク語、さらに西には古ポルトガル語ともいわれるガリシア語など、多くの言語があると説明してくれた。
ビエーリャの標高は約1000mである。周囲を冷温帯混交林が優勢な2000m台の山々に囲まれ、付近の小川沿いには原生花園のように、アヤメ、ナデシコ、アザミ、ユリ、オダマキなどが咲いていた。
ビエーリャの東にそびえるピレネー山脈は、アイグエストルテス・イ・レスタニー・ダ・サント・マウリシ国立公園である。山岳ガイドと一緒に車で標高2000m近くまで登った後、残雪を見ながら6時間ほどの山歩きを楽しんだ。多くのパーティに出会ったが、交わすあいさつの言葉が実に多様なのが印象的だった。
バスク地方では、バスク文化の伝統が残る海沿いの町スマイアを訪れた。この町の海辺の歩道には灌木の植え込みがあり、歩道の真上では両側から伸びる街路樹の先端部分がドーム状に交差し日光を遮り、暑さを感じることはほとんどなかった。
最後に、バスク地方から首都マドリード行きの列車に乗った。車窓から見えたのは乾燥した大地だった。かのナポレオンが「ピレネーを越せばアフリカだ」と言ったことの真意とは異なるかもしれないが、アフリカに近づいていると実感させられた。
マドリードは暑かった。3日間滞在したうちの2日は、最高気温が35℃以上の真夏日だった。しかし、救いは夕方から気温が下がることで、どの日も最低気温は22℃以下で熱帯夜になることはなかった。
日本に帰ると、その日から熱帯夜に見舞われた。その主な原因のヒートアイランド現象を引き起こすのは、「地表面の緑地の減少と人工被覆の拡大」「人工的な排熱の増加」「建造物の高層化」である。ヒートアイランド対策の必要性を改めて感じた。