ホットレポート日本の国内象牙市場を次回会議までに閉鎖へ~ワシントン条約COP18が決定を採択!
2019年10月15日グローバルネット2019年10月号
認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金事務局長
坂元 雅行(さかもと まさゆき )
グローバルな生物多様性保全のツールとして重要性を高めるワシントン条約
2019年8月17~28日、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約)の第18回締約国会議(COP18)が開催された(スイス・ジュネーブ)。そこでは、アオザメなど18種のサメを含む水産業関連種、南米やアフリカの高値で取引される熱帯性の木材種、ペット需要の高い両生類・は虫類等が新たに条約の規制対象とされた。日本でもペットとして人気の高いインドホシガメやパンケーキガメは、国際商業取引が禁止。「カワウソカフェ」など日本で人気のコツメカワウソを含むカワウソ2種も取引禁止である。大型の哺乳類ではキリンが、国際取引も一因となって将来的に絶滅のおそれが生じ得るとして、初めて条約の規制対象となった。180ヵ国以上が加盟するワシントン条約は、「牙のある」グローバルな生物多様性保全のツールとして、ますますその重要性を高めている。
大きな注目を集めた「国内象牙市場閉鎖」に関する審議結果
前回のCOP17(2016年、南アフリカ・ヨハネスブルク)で採択された国内象牙市場閉鎖決議。それは、「密猟または違法取引の一因となる」国内の合法的象牙市場を閉鎖するよう勧告するものだった。今回のCOP18では、ケニアら9ヵ国が、アフリカ32ヵ国から成る「アフリカゾウ連合」支持の下、この決議を強化すべく、「密猟……となる」との文言を削除、すべての市場を閉鎖するよう求めた。年間2万頭レベルの象牙目的の密猟が続く近年、未閉鎖の象牙市場を放置していては、条約決議が骨抜きになるという切迫した危機感の表れだった。一方、この提案は条約が規制している「国際」取引との関連なしに、国内販売を各国に強制するという大胆なもので、世界の国内象牙市場閉鎖を推進すべきだと考えている国々にとっても、ハードルが高いと映った。
21日の審議当日は、国内象牙市場閉鎖を進めるべきだという雰囲気が圧倒しつつ、条約との整合性を気に掛ける意見も少なくなかった。日本政府は猛然と提案に反対、すべての市場が密猟または違法取引の一因となっている証拠はないし、日本の税関はわずかな量の象牙の密輸入しか差し止めていないのだから、日本の市場はそれらに関与していないのだ、と開き直った。さらに、そもそも野生生物は持続的に利用すべきものだとして、象牙の合法取引継続への意欲むき出しの熱弁を振るった。
この状況を打開したのは米国だった。議案で提起されている問題を解決する方策としては、「現行の決議の実施」に焦点を当てるべきだとして、対案を提示。それは、国内象牙市場閉鎖決議の内容は現行どおりとする一方、いまだ市場閉鎖しない国に対し、市場が「密猟または違法取引の一因」とならないことを確実にするためにとる措置について、事務局を通じ、来年以降開催される常設委員会に報告するよう求めるものだった。常設委員会は、3年ごとに開催される締約国会議から委任された事項の意思決定等を行う機関だが、報告内容を検討し、適切に処置するよう次回の締約国会議(COP19) に勧告することになる。結局、この対案が若干の修正の上、全会一致で採択された。
採択された「国内象牙市場閉鎖決議の実施に関する決定」の意義と、COP18の成果
今回採択された決定によって、日本政府は、これまでのような言いっ放しではなく、現に市場が密猟の一因にも違法取引の一因にもなっていないことの説明責任を負わされたことになる。近年、日本のオープンな市場で買い求められた象牙が外国へ頻繁・大量に密輸出され、中国等の税関で続々と押収されているのは厳然たる事実である。常設委員会は、COP19に対し、日本市場が「密猟又は違法取引の一因とならないことを確実にするため」の十分な処置が取られていないとして、何らかの措置を決定するよう勧告せざるを得ない。これを受けたCOP19は、今度こそ、日本を名指しにした具体的な決定を行うことになろう。
日本は、180ヵ国以上が加盟し、3万5,000種以上の種の国際取引を管理するワシントン条約から離脱することはできない。それは、現在自国が大量に輸入している多種多様な野生動植物製品の国際市場にアクセスできなくなることを意味するからである。国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退とはまったく事情が異なる。とどまる以上、条約を遵守し、その実施に関する締約国会議の決議および決定に則して行動すべきことは当然である。実際、政府は、「決議の対象でない」とは言っても、決議を遵守しなくてもよいと公言したことはない。
今回日本とともに非閉鎖国として名指しされた欧州連合(EU)は、閉鎖へとかじを切ることを明らかにし、自ら日本とは一線を画した。かつては日本同様、象牙の主要消費国であったアジアの国々は、合法市場閉鎖を決定または実施中であり、日本政府の奮闘ぶりには冷ややかな態度であった。
COP18最終日には、世界最大のオンライン象牙小売プラットフォームを運営するヤフーが、楽天やメルカリに続き、象牙販売禁止を発表した(2019年11月1日から)。ヤフオク!で購入された象牙が違法に輸出され、外国の税関で摘発される事件が複数例報告されたことを深刻に捉えたという。ヤフーは、政府とは対照的に、日本の国内象牙市場が「違法取引の一因」となっている事実を認めたのである。
国内象牙市場閉鎖に向けて検討されるべき課題
決議にいう国内の合法的象牙市場の閉鎖とは、「一部の品目に関する狭い例外」を除き、すべての象牙の国内取引(譲渡し等および販売目的陳列・広告)を禁止することを意味する。象牙を所持することの禁止ないし規制までは求められてない。これを前提に、具体的な閉鎖に向けた課題を三つ挙げる。
一つ目の課題は、すべての象牙の国内取引禁止にスタートラインを引き、「一部の品目に関する狭い例外」を一から積み上げていくアプローチを取ることである。現在の日本市場においては、国際取引禁止の発効以前に輸入または国内で取得された象牙が広く合法的に取引されているからである。
二つ目の課題は、何を「一部の品目に関する狭い例外」とするかである。この点は、「例外」への設定が「密猟または違法取引の一因」にならないようにすること、日本における象牙利用の歴史的経過と今日の国民生活における必要性からみた存在意義という二つの観点から検討されるべきである。結論としては、「一部品目に関する狭い例外」として商業取引が許されるのは、まず製造用原材料として使用され得る象牙の場合は、骨董に該当する一定の芸術的価値を有する美術品の修復目的で使用されるものと、一定の楽器部品・付属品の修復目的(場合によっては製造目的)で一定の経過措置期間に使用されるものに限られるべきである。次に象牙製品の場合は、上記の骨董美術品と一定の経過措置期間に取引される一定の楽器部品・付属品に限られるべきである。象牙印を「狭い例外」にするなどは論外である。
三つ目の課題は、合法的に占有される一定の象牙が「例外」に当らないにもかかわらず、違法に取引されることを防止するための措置である。製造用原材料として使用され得る象牙は、とくに監視の必要性が高い。登録済み全形牙(約181t(2019年6月末時点))および一定サイズ以上の牙・製品監視のための新たな仕組みが求められる。
国内で声を大にして象牙市場の維持を訴えているのは、象牙印製造を中心とする象牙製造業者らのギルドだけだ。その保護と振興を図る経済産業省およびその産業政策に野生生物保護政策を自らすり合わせる環境省は、日本を国際社会の中でますます孤立させている。ゾウの犠牲と引き換えの、いったい誰のための政策なのか。日本政府は、見苦しい抵抗の末に外圧に屈するのではなく、自らの手で緊急に国内象牙市場を閉鎖すべきだ。新しい環境大臣の英断に期待したい。