21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第37回 EUの「持続可能な消費」
2019年09月17日グローバルネット2019年9月号
武蔵野大学教授、元環境省職員
一方井 誠治(いっかたい せいじ)
EUの持続可能な発展に関する集中講義
武蔵野大学環境システム学科では、2019年7月に、欧州連合(EU)の社会経済委員会で農業・地域開発・環境問題を担当するユニット長であるエリック・ポンテウ博士を招聘して「持続可能な発展に関するEUの政策」をテーマとした、計8回の連続英語講義を開講しました。内容は以下のとおりです。
- EUの組織と社会経済委員会の役割
- 持続可能な発展にかかるEUのアジェンダ
- EUの循環型経済政策
- EUの持続可能な食のシステム
- パリ協定に向けたEUの取り組み
- 2020年、2030年、2050年に向けたEUの気候変動政策
- 気候変動政策における市民の役割
- 持続可能な消費に向けて
今回の講義は、学生のみならず、担当教員として私自身も大変勉強になりました。その理由は、第一に、EUの気候変動政策などはこれまでも勉強してきたものの、EU全体の持続可能な発展に関する政策をまとめて聞いたのは初めてだったことです。
第二に、講師のポンテウ博士は、EUの政策当局の所属ではなく、EUの政策のアドバイザリー組織である社会経済委員会の所属であるため、今回の講義は、EUの政策の単なる説明や宣伝ではなく、かなり厳しい批判的な面も含めた比較的客観的な評価に立ったものであったことです。
そして、当初、このプログラムの構成の連絡と相談を受けたときに、なぜ、「持続可能な消費に向けて」というテーマが講義の最後に来ているのか若干ふに落ちなかったのですが、実際に講義を聞いて、その疑問が解けました。すなわち、ポンテウ博士にとって「持続可能な消費」というテーマは、今後のEUの持続可能な発展において、決定的に重要なテーマであるにもかかわらず、その対応は極めて難しく、EUとしても政策的にもいまだ十分に確立しておらず、機能していない分野であるという認識があったのです。
「持続可能な消費」の重要性と困難性
この講義の冒頭、ポンテウ博士がまず紹介したのが以下の文章です。「ヨーロッパにおける家計部門の消費は1996年から2012年までの間に23%増加した。これは環境への圧力の増加に大きく寄与している。この影響を減ずるためには、住居のサイズや立地、交通システム、食べ物などを含めたライフスタイルの抜本的な変革を必要とする」。
これは、2015年に欧州環境庁から出された欧州環境白書の中の記述ですが、確かに消費は個々人のライフスタイルと分かちがたく結び付いており、それを「抜本的に」改革することは、個人の自由の観点から考えても極めて難しいことは容易に想像されます。
ポンテウ博士は、「持続可能な消費」にどのように向かうべきかについて意見は分かれていると言います。まずは、「グリーン成長」という考え方があるものの、経済成長と環境負荷の低減を同時に実現する、環境と経済の「絶対的デカップリング」を必要とする考え方は多数派ではなく、成長率に対する環境負荷の度合いがそれなりに下がればよいとする「相対的なデカップリング」の考え方がまだ主流で、これでは、環境負荷は増大し続けることです。
すなわち、「持続可能な消費」を実現するためには、絶対的デカップリングが必要であるものの、その実現のためには、経済活動が生態系の許容限界内である必要があり、それを保証する方策を見出すことは大変難しく、「持続可能な消費」という考えはいまだ少数派であり、欧州においても社会的に十分受け入れられていない、と指摘しています。
「持続可能な消費」はなぜ難しいのか
ポンテウ博士は講義において、「持続可能な消費」をめぐる状況を示しました(図)。ポイントは、供給側は、資源制約や環境問題などで今後供給量が減ってくる可能性があるものの、消費という面では、より多く消費したいという需要の圧力は引き続き高い可能性があるということです。
その背景には、経済的な問題もあるとポンテウ博士は指摘します。すなわち、持続可能な消費を実現するためには、少なくとも「持続可能でない」モノやサービスについては、今後はマイナス成長でなければならないこと、しかしながら、今までのような経済成長ができないと、市場の競争面、雇用面、金融面でのロスや不安定性が起こる可能性があること、これを克服するためには、現在、ほとんど唯一の発展の指標となっているGDP(国内総生産)を見直すこと、持続可能性をきちんと価値付けた新たなマクロ経済システムを構築する必要があるとしています。これは大変大きな問題提起です。
さらに、現在のような先進国と途上国との経済的な格差、あるいは国内の格差はこれからも維持拡大される可能性があり、それが世界的な「持続可能な消費」実現への大きな障害となるであろうことも指摘しています。一方で、一定以上の所得の増加や消費の増大がただちに個人の幸福感と対応しない傾向があることにも触れています。
また、省エネなど部分的に環境負荷が低減できても、他の部分で逆に環境負荷が増大してしまう、いわゆるリバウンド効果が広範に見られること、ライフスタイル全体の環境負荷を把握するのは意外と難しいこと、人は、頭では理解していてもライフスタイルを実際に変えることは難しいことなどに言及しています。
「持続可能な消費」の実現に向けて
以上のように、「持続可能は消費」の取り組みは、企業の生産に対する公害規制などのように、法律での直接的な規制などは、なかなか難しいのですが、ポンテウ博士は、それにもかかわらず、市民の役割とポテンシャルは大きいのだと言います。消費が環境や社会に及ぼす影響、それも何が持続可能な消費であり、何が持続可能でない消費なのかという情報をきちんと把握しつつ、「犠牲を払って」という感覚ではなく、自らの「生活の質を高める」という感覚で行動する市民が増えることは、環境問題の解決のみならず、間接的に現代の「民主主義」を生き返らせる要素となるのではないかと述べています。
とりあえず、現時点でどうすればそのような機運を高められるかということについて、ポンテウ博士は以下の10項目を挙げています。
- 経済成長の計測方法を再構築すること
- すべての政策において、資源利用は少なく、福祉と幸福を中心に据えた考え方を貫くこと
- 教育と研修により行動と消費の習慣を変えること
- 市場とエネルギー消費におけるより透明な情報
- 市場価格と税金の構造を変えること
- モノの消費からサービスの消費への移行
- 自分でデザインし自分でモノを作ること
- 国際的な金融システムを再構築すること
- 脱物資化を図ること
- 地域レベルで行動を起こすこと
これまで環境行政においては、どちらかというと消費については、消費の内容そのものを問うのではなく、それぞれの消費の場面で「できるだけ環境負荷を減らす」という観点であったように思います。しかしながら、「持続可能な消費」の観点からは、環境経済学の分野でも、消費の内容にまで、より一歩踏み込んだ考え方の整理と手法の整備が必要と痛感した次第です。