特集/シンポジウム報告「気候変動影響研究と対策の最前線」IPCC第2作業部会での緩和・適応のトレードオフに関する考え方 ~政策決定者はどのように理解してきたか?
2019年07月16日グローバルネット2019年7月号
アルフレート・ヴェーゲナー研究所教授
IPCC第2作業部会共同議長
ハンス・ポートナーさん
IPCCの第5次評価報告書(AR5)では、リスクを半定量的測定で分析し、気候変動によるリスクだけでなく、適応策・緩和策によるリスクも比較する必要を示しています。そしてこの評価サイクルから明らかなメッセージが出てきました。主要なリスク、影響を避けること、そして適応の限界です。
気温が4℃高くなれば適応する能力そのものも損なわれ、気候変動の程度も高まります。ですから1.5℃の上昇を目指し、緩和策と適応策を同時に進めてリスクを減らし、適応だけで達成できないことは緩和で達成する、この二つのバランスが大事です。
適応の限界にどう対処するべきか
それではどのように適応の限界に対処したらいいのでしょうか。一つは進化的な適応のチャレンジ、もう一つは人間による適応のチャレンジです。私たちの行動には限界があり、まず、危険や暴露量、脆弱性等リスクを認識する必要があります。そして、技術的・自然に基礎を置いた解決策を実行するということが重要です。
適応策についてはリスクとその時間の関係を見る必要があります。海面上昇の予測値は、現世紀末には1mを少し超えますが、適応策を取らなければそのリスクはさらに高くなります。そしてある転換点を超えるとそのリスクは一気に上昇し(ティッピングポイント)、リスクは受け入れられないような状況になります。特に東欧諸国や小さな島では住むことができなくなり、他の国に移動する必要が出てきます。そのため、移動にかかる支出と被害の額や適応の費用、緩和の費用等、すべてを考えてバランスを取った形で判断する必要があります。
大きく違う1.5℃と2℃の世界
そして、適応策がすでに実行されていても、一部はもう限界に達した地域があります。気温上昇1.5℃の場合、気候変動の速度はゆっくりで、陸生生物も淡水生物も適応可能です。そしてサンゴ礁の半分は影響を受けず、海面上昇は2100年までに1m以内に抑えられます。また北極の夏の海氷は残っており、海洋の酸性化については中程度です。もちろんこの状態が良いというわけではなく、あくまでも妥協策ということになります。1.5℃でも、例えばサンゴ礁は最大90%失われるかもしれませんし、北極の海氷は100年に一度は完全に溶けてしまいます。
一方、2℃になるとリスクはより高くなります。気候変動の速度は速く、多くの種はその速度に追い付かない、そして海面上昇は長期的には1mを超え、北極の海氷も10年に一度は夏に完全に溶けてしまいます。そして海洋の温暖化や酸性化のリスクはより高くなり、作物生産もリスクにさらされているでしょう。
1.5℃の世界を達成するために
適応策はすでに実施されていますが、適応策の限界に達している所もあり、緩和策なしの適応策では不十分だということは明瞭です。では1.5℃の世界を達成するためには何をする必要があるのでしょう。二酸化炭素(CO2)の排出量は2030年までに45%削減する必要がありますが、1990年ではなくて2010年と比較して、ということが重要です。そして2050年にはその排出量を完全に正味ゼロにしなければなりません。そしてメタンやブラックカーボン等CO2以外の温室効果ガスの削減を実行し、それによって健康にすぐに直接的に効果があるのです。
また、AR5では排出量削減についていくつかの経路も示しており、2020年ですでに地球全体のCO2の排出量を減少に移行さなければならないことを示しています。いずれにしても2050年ぐらいには排出量をマイナスにし、吸収が排出を上回るような状況を作り、炭素の回収貯留とバイオマスエネルギーを組み合わせた技術(BECCS)を利用することが必要になります。これは植林をして木を伐採し、燃やしてエネルギーを作る、その時にCO2を大気に放出せずに地中に貯留しますが、植林のためにインドの国土の2倍の面積が必要になり、それができないと十分な効果は発揮されません。
より野心的な目標達成が重要です。適応策の研究とその限界、関連のシナリオについて、これまでの報告書の中で発表してきましたが、それらはさまざまなステークホルダーの理解への橋渡しになり、解決策の選択肢やリスクを低減させる能力に対する理解や、適応・緩和策に関連する新たなリスクの理解を深め、政府や各機関との明確な関連性を特定することができるのです。