NSCニュース No. 120(2019年7月) TCFD フィーバー
2019年07月16日グローバルネット2019年7月号
NSC代表幹事、サステナビリティ日本フォーラム代表理事
後藤 敏彦
5月27日に「民間」の集まりであるTCFDコンソーシアムが設立された。発起人はすべて民間人であるが、設立趣意書の問い合わせ先が環境省・経済産業省・金融庁であることから官民の協働作業といってよいであろう。語弊を恐れず言えば、まだほとんど何もしていないのに、支持を表明した企業は162社と多数集まったのは驚きである。ただ、これはやゆして言っているのではなく、日本の変革につながる可能性を秘めた大きな動きと考えるので、以下にこのことについて少し考えを述べたい。
TCFDと勧告
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは、金融安定理事会(FSB)が立ち上げたものである。FSBはリーマン・ショック後の2009年に主としてG20諸国の財務省、中央銀行によりバーゼルの国際決済銀行に設置された。G20財務大臣および中央銀行総裁の意向を受け、イングランド銀行カーニー総裁がFSB会長として2015年12月にTCFD設置を決め、2016年1月から活動を開始した。最終的に2017年6月29日に最終報告書としてRecommendation(勧告)を公表し、翌月のドイツ・ボンでのG20に提出された。ちなみに最終報告書・附属書・技術的補足文書のすべてを筆者の属するサステナビリティ日本フォーラムにて翻訳し無償提供しているのでご利用いただければ幸いである。
勧告の趣旨
勧告では金融機関自身の情報開示はもちろんとして、すべての事業者、中でも気候変動の影響が大きいと分類した4分野の事業者に気候関連のシナリオ分析や情報開示を勧めている。4分野は、エネルギー、運輸、材料・建物、農業・食料・林産物であるが、もちろんこれに限るものではないとしている。
目的は、「十分な情報に基づく投資、信用供与(もしくは融資)、保険引受の意思決定を推進する」ことである。すなわち、投資だけでなく、融資も保険引受も気候関連についての十分な情報に基づき意思決定をし、誤った金融判断をしないようにすることで金融恐慌を起こさないようにしようというものである。
気候関連の財務開示の中核要素
以下の4項目が推奨されている。
ガバナンス:気候関連のリスクと機会に関する組織のガバナンス
戦略:気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす実際の影響と潜在的な影響
リスクマネジメント:気候関連のリスクを特定、評価、マネジメントするために組織するプロセス
測定基準(指標)とターゲット:関連する気候関連のリスクと機会の評価とマネジメントに使用される測定基準(指標)とターゲット
シナリオ分析
勧告は短・中・長期についての情報開示を推奨しているが、業種・業態により状況が異なることから、特に時間軸を定めていない。しかしこうした将来情報についてはRDシェル社のシナリオ分析が有用として、そこからの多くの教訓を得て実施を推奨している。
勧告を狭く読めば気候関連に特化したリスクと機会のシナリオ分析だが、広く解するとシェル社に近いものとも考えられる。経験のため当初は狭く解釈して気候関連のシナリオ分析をするのも一案ではある。この場合1.5℃シナリオと3℃シナリオを見ながら戦略立案することになる。
しかしながら、企業を取り巻く今の環境は気候変動だけであろうか。デジタル革命やSDGs対応戦略をどう考えていくのか。これらを別々に検討したのでは企業の本当の戦略たり得ない。そのためには、気候変動という軸とは別の横軸を置き、少なくとも四象限のシナリオ案を作り複数のシナリオプランニングをし、それを見ながら、例えば2050年のありたい姿からバックキャストしてロードマップを作っていくことが必要になろう。
上場企業の70%程度が5年程度の中期計画しか持っていない。これでは大変革時代に対応できないのは明らかである。シナリオプランニング・シナリオ分析は、日本企業はあまり経験してきたことではないが、これから試行錯誤を重ねていけば、ビジネスモデルの変更を含むイノベーション(新結合)につながることを期待したい。