日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第17回 地球温暖化と水産資源管理~持続的な水産資源の利用に向けて~
2019年07月16日グローバルネット2019年7月号
漁業情報サービスセンター
谷津 明彦(やつ あきひこ)
近年、水産関係者から「海が変わった」という発言がよく聞かれる。この発言の要因として主に4点が考えられる:①レジームシフト(大気・海洋・海洋生態系から構成される地球表層システムの基本構造(レジーム)が数十年間隔で転換(シフト)すること。近年マイワシが増え、カタクチイワシが減った)②浅海域の埋め立てなどによる海洋生態系の基盤である「場」の人為的改変③地球温暖化による水温上昇④上記と漁業管理の結果による水産資源の分布や資源量の変動。これらの詳細については、①と③は気象庁の「海の健康診断表」や「地球温暖化について」、②は「平成26年度水産白書」の第1章、④は水産庁の「わが国周辺の水産資源を知るために」に譲る(いずれも各省庁のWEBサイトに掲載されている)。ここでは、日本周辺を中心として、水産資源を含む海洋生態系への地球温暖化の影響と、この影響を踏まえて水産資源を持続的に利用する方策を考えたい。
●地球温暖化の現状
気象庁の「海の健康診断表」によると、日本近海の平均海面水温の上昇率は+1.12℃/100年と世界全体の上昇率(+0.54℃)の約2倍で、この海面水温の上昇は直線的ではなく十年規模の変動が見られる。地球温暖化の影響は、水温上昇のみならず、海洋の酸性化、降水量(日本では増加すると予測されている)や海流などの変化をもたらし、これらが海表層への栄養塩の供給や海洋生態系の構造、ひいては水産資源の変動や資源管理にも影響する(図1)。なお、海面水温の十年規模変動は今後も継続すると予測されている。
●地球温暖化の海洋生態系への影響
2014年に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書(第2作業部会:影響・適応・脆弱性)にある海洋生態系への主な影響として、以下の4点に注目したい。①海洋生物の低温域(高緯度や高深度)への分布のシフト②北半球の亜熱帯域では主に成層化(海の表層と中層との間で鉛直的混合が弱まること)による生産力の減少と貧栄養域の拡大③インド・太平洋の沿岸(熱帯・亜熱帯域)では成層化と富栄養化による貧酸素化④北半球の高緯度域では季節性の変化を伴う温暖化によるプランクトン・魚類・無脊椎動物の北上および資源量と種多様性の増加。
これら海洋環境の変化は、直接的・間接的に海洋生態系に大きな影響を与える(図2)、水温上昇の直接的影響としては、海洋生物の生理的反応や分布域の変化、成層化の時期(季節性)の変化に伴う海の生産力の変化がある。表面水温の高温化や降水量の増加(密度の低い軽い水の増加)により成層化が強まると、もともと成層化傾向が強い熱帯・亜熱帯域では中層からのリンやチッソなど栄養塩の供給が減り、基礎生産が減少し、魚類などの餌が減少する。実際、熱帯域では「海の砂漠」の拡大が確認されている。一方、高緯度域ではもともと栄養塩が多く、冬季には表層と中層との間で鉛直混合が盛んなため、春季の水温上昇による成層の強化は植物プランクトンに必要な光条件をむしろ改善し、表層の生産力を高めると同時に植物プランクトンの爆発的増加(ブルーミング)が早期化する。
海水温の高温化により、魚類の代謝量が増して小型化することも予測される。魚類の成長が遅れると産卵開始年齢が高まったり、産卵量の減少や卵質の悪化も懸念される。しかも、これら生物学的変化や季節性変化は種や海域により異なる。そのため、種間関係の時空間的マッチ・ミスマッチが生じ、生態系の構造・機能・生産性を変化させる。さらに、人為的活動(漁獲や「場」の改変)や酸性化の影響が加わり生態系の変化は複雑化するであろう。従って、海洋生態系の気候変動への脆弱性や復元力も変化すると考えられるが、具体的な予測は現段階では相当困難である。
●日本周辺での地球温暖化の水産資源への影響と対応
近年見られる現象の一つに、ホンダワラなど藻場の衰退(磯焼け)や藻場を構成する種の変化がある。海藻を食べるアイゴなど亜熱帯性魚類が増加して海藻がさらに少なくなった。また、ブリなどの温帯性魚類の北上や資源量の増加に対して、亜寒帯性魚類の代表であるサケの日本への来遊量の減少が注目される。一方、スルメイカでは、対馬暖流域の高温化に伴い、索餌場である北海道周辺から産卵場である日本海南部や東シナ海北部への南下回遊が近年は遅れている。この遅れは、産卵期と幼生の発生期にも影響し、結果的に漁獲されるスルメイカが同じ時期で比較すると小型化し、漁期の遅れや漁獲量の減少が見られている。
温暖化の影響により海流が強くなり、海流の流路も変化すると考えられる。一般に海洋生物は小型の卵を大量に産出するため、卵や稚仔は遊泳力に乏しく海流により輸送される。従って、海流の変化は、稚仔の輸送先、ひいては稚仔の生残率と資源量に影響する。また、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が上昇するに伴い、海に溶けるCO2が増加するという海の酸性化は、特に炭酸カルシウムを利用する貝類や造礁サンゴなどへの影響が大きいことが懸念される。酸性化の影響は日本周辺では明確ではないようだが、北米西岸では牡蠣の幼生が生育しなくなった現象が注目されている。
●適応策
IPCC第5次評価報告書(第2作業部会)によると、気候変動への適応は、場所や状況によって異なり、万能なリスク低減手法はない。すなわち、場所や状況に応じて適切な対応を取る必要がある。この指摘を踏まえて、水産資源への適応策としては基本的に次の2点が考えらえる。
第1に人類による適応である。適応策の検討には、海洋生態系のモニタリングが不可欠である。また、その結果や影響予想とリスクなどを国民にわかりやすく伝えることも重要である。天然の海洋生物を捕獲する漁業の場合、同じ魚種を狙って漁船が移動するか、あるいは新たに分布を広げた南方種を漁獲するかがある。例えば、北日本の定置網ではサケを狙っていたが、近年はブリの有効利用を進めている。一方、海の一部を囲うなどして水産生物を育てる養殖業の場合、高温耐性能力の高い品種の作出が考えられる。
第2に海洋生物の適応への人類の補助である。多くの海洋生物にとって、近年の高温化や酸性化は、あまりにも急激であり、適応できない場合もあるかもしれない。しかし、個々の海洋生物が有する遺伝的多様性を確保することにより、気候変動に適応できるように人類が手助けする必要がある。例えば、水産資源の管理に当たっては、遺伝的多様性を低下させるような種苗放流を避けること、資源の持続的利用はもとより生物多様性(生活場も含む)を保全できるような資源管理を行うことが重要である。この際、想定されるリスクと水産関係者の生活や漁村文化のバランスを考慮しつつ、予防的に取り組むことへの合意形成が必要となる。