USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第19回 拡大する米国の気象災害とその影響
2019年05月15日グローバルネット2019年5月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ
2018年、米国内で発生した10億ドルを超える大規模な自然災害は14件に上り、死者数247人、被害総額は910億ドルに達した。件数では17年と11年の16件、16年の15件に次いで史上4番目に多く、被害総額でも17年の3,127億ドル、05年の2,208億ドル、12年の1,286億ドルに次ぐ4位となった。災害の種類は、干ばつ、山火事、ハリケーン、竜巻、豪雨、雹霰と多岐にわたる。
最も被害が大きかったのは、10月にフロリダ州沿岸部に上陸したカテゴリ4のハリケーン・マイケルである。沿岸部のパナマ市が大きな被害を受け、内陸部でも農業や林業が被災し、被害総額は250億ドルに上った。その前月には、ノース・サウスカロライナ両州にハリケーン・フローレンスが襲来した。カテゴリ1であったにもかかわらず、雨量が多く長引いたため、内陸部で川が氾濫し、240億ドルの被害に発展した。カリフォルニア州では、6~12月にかけて数々の山火事が発生し、燃焼総面積は870万エーカー(3.5万km2)に上り、死者数106人、被害総額240億ドルに達した。
今年に入ってからもすでに、中西部における大雨と融雪による大規模な洪水、東部における強風や竜巻・洪水と二つの大規模災害が発生している。米国海洋大気庁によると、この冬の降水量は過去最高を記録しており、今後も多くの地域で降水量が平均を上回ることが予想される。そのため、5月までにミシシッピ川流域の25州で洪水が発生し、2億人に被害が及ぶ可能性があるとの予測を発表している。
●気候変動による初の大規模倒産
昨年後半にカリフォルニア州で発生した一連の山火事の中で最も被害が大きかったのは、11月に州北部で発生した「キャンプ火災(Camp Fire)」である。強風により火の回りが早く、短時間の間に住宅約1万4,000棟、商業ビル500棟以上、その他建物4,000棟以上が全焼した。火災の中心となったパラダイス市は壊滅状態となり、死者数85人、被害総額165億ドルに及ぶ史上最悪の山火事被害となった。
原因究明は現在も続いているが、出火元は同州最大手の電力会社パシフィック・ガス&エレクトリック(PG&E)が所有する送電線と見られている。耐用年数を大幅に上回る老朽化した送電塔を修繕せずに使用し続けていたことから、塔の電線が破損して発火し、周辺の木や植物に引火したとされている。
PG&Eの安全管理体制は、以前から問題視されていた。10年にはガスパイプラインの爆発により8人が死亡、38家屋が破壊する事故を起こし、同州公共施設委員会は安全基準違反として同社に16億ドルの罰金を科している。連邦政府もこの事故により同社の安全管理を連邦法違反として起訴し、17年に300万ドルの罰金と5年間の保護観察処分の判決が下された。
しかし、その後も同社の送電網や周辺森林の整備不良を原因とする火災が度々起こっている。整備が必要な設備や木々の量は膨大であり、短期間で処理できるものではないが、業界他社はカメラや衛星技術の導入による火災リスクの適時把握、リスクが高い場合の配電停止など、山火事防止に備えており、PG&Eに比べて火災発生率が低い。PG&Eもこれに倣い対策を進めていたが、十分ではなかった。また、保護観察官による安全管理の指示を守らず、一方で株主に多額の配当を出すなど、安全性軽視の企業文化もあったとされている。
同州法では、電力ガス会社は、所有する設備が出火元となった場合、過失の有無にかかわらず被災者への賠償責任を負うよう定められている。これに基づき、同社は17~18年に発生した数十件の火災により多くの訴訟を起こされていた。「キャンプ火災」により損害賠償負担が300億ドル超に膨らみ、今年1月、負債を賄い切れず連邦破産法の適用を申請するに至った。電気やガスは引き続き供給されるが、今後料金の値上げや賠償支払いの遅延・減額、これまで積極的だった再生可能エネルギーへの投資抑制などが懸念されている。
●気候変動の経済的影響と懸念される災害費用負担
一連の山火事は同社の管理体制に起因すると見られるが、気候変動も被害拡大の要因と考えられている。同州は元来山火事が起こりやすい環境下にあるが、近年の干ばつと気温上昇により木々や植物が燃焼しやすい状態になり、2000年以降被害が拡大している。
山火事に限らず、全米でさまざまな種類の自然災害が起こっており、被害は拡大している。気候変動による大規模な倒産は同社が米国初だが、今後増える可能性は否定できない。洪水リスクの高い沿岸部や河川域に施設を構える企業、それら地域の不動産会社、損害保険業界など、気候変動による影響が大きい業態は一層の注意が必要だろう。直接的なリスクが低くても、原料調達や保険料等による間接的な災害コストが企業経営に影響を及ぼすため、投資家からの情報開示要請はますます厳しくなると見られる。
また、PG&Eのような公共性の高い業態において、拡大し続ける気象災害のコストを誰が負担することになるのか、懸念されている。同社も業界他社も、料金の値上げにより災害コストを補うよう州議会から承認を得ているが、気候変動が進み続ければ、いずれ政府の支援を仰がざるを得なくなると考えられる。
しかしながら、州政府や自治体は老朽化したインフラ整備など急を要する対策が山積みで財務的な余裕がない。災害復興費用が増えれば、財政破綻の危険性が高まる。
一方、連邦政府の災害支援は政争に左右され、公平な支援が得られない状況になっている。今年4月に大規模自然災害の復興支援に関する二つの法案が提出されたが、米領プエルトリコへの支援額をめぐり意見が割れ、いずれの案も否決された。プエルトリコは17年にハリケーン・マリアにより甚大な被害を被ったが、それ以前に破産申請しており復興資金の捻出に窮している。しかし、大統領がかたくなに支援を拒んでいるため、連邦政府からの十分な資金援助を得られていない。
●政争に利用される気候変動
アメリカでは、気候変動が政争に利用されている。いくつかの調査において、共和党支持者の多くは気候変動の人為的要因や対策の必要性を認めているという結果が出ている。それでも共和党が気候変動対策に消極的なのは、民主党に対抗するためなのだという。同様に民主党支持者も、共和党が支持する政策に反発する傾向があるという。選挙をスポーツやゲームのように捉え、対戦相手を打ち負かすことを楽しむために気候変動が利用されているのだとすれば、その代償は大き過ぎるだろう。しかし、共和党議員の中には炭素税の導入や環境対策を提案する人も出てきている。気象災害の被災者が増え、公共料金の値上がりに直面するようになれば、市民も政治家も無益な党派間争いをやめ、共に対策を行うようになるのかもしれない。その時期が遅すぎないことを願うばかりである。