特集/世界は森林減少を止められるか?-持続可能な森林利用への道森林減少ゼロを目指すグローバル新基準~高炭素貯蔵アプローチ

2019年05月15日グローバルネット2019年5月号

グローバルネット編集部

世界の森林減少のスピードは一時期より緩やかになっているといわれるものの、減少は続き、累積で見ると膨大な面積の森林がこの数十年に失われています。持続可能な開発目標(SDGs)の目標15(陸の豊かさも守ろう)には「森林減少ゼロ」が掲げられていますが、その具体的な方法や方向性は明らかにはなっていません。持続可能な森林利用を目指し、世界の森林減少をいかに食い止めるか、世界の森林の現状、および減少ゼロに向けた新たな手法・方策などを紹介します。

 

地球・人間環境フォーラムは3月14日、国際セミナー「森林減少ゼロとSDGs―グローバル新基準を学ぶ」を開催した。米国のNGOレインフォレスト・アクション・ネットワークの森林政策ディレクターであるジェマ・ティラックさんの講演内容から「高炭素貯蔵アプローチ」についてご紹介する。

世界の森林減少と気候変動

地球上で最後に残る原生林地域でも森林減少が進み、とくに熱帯林減少の71%は牛肉、大豆、パーム油と紙パルプの商業的農業によるものである。インドネシアではパーム油と紙パルプ生産が最大の要因だ。東南アジア最大の熱帯林を有するインドネシアは、温室効果ガスの排出量は世界第三位で、その80%が森林と泥炭地の減少と劣化に起因している。

森林減少とプランテーションの拡大が気候や生物多様性、地元コミュニティに及ぼす影響の深刻さから、熱帯林からの商品作物の生産と熱帯林減少の関係を断つことを目的に、新しい実践的なツールである高炭素貯蔵アプローチ(HCSA)が開発された。

森林減少ゼロ宣言と企業

HCSAが生まれたきっかけは、2010年以降、多くの多国籍企業や金融機関が自主的にサプライチェーンから森林減少をなくすという宣言を行ったことである。2013年末には世界最大のパーム油関連企業ウィルマー社が森林減少ゼロ、泥炭地の開墾ゼロ、搾取ゼロ(NDEP)のポリシーを採択した。日本では花王と不二製油が他社に先駆けてNDEPポリシーを採択している。

農園開発や経営に伴う人権侵害に対する懸念も高まり、森林減少ゼロやNDEPポリシーの採用企業は800社以上に増加した。流通・小売企業の世界的ネットワークであるコンシューマーグッズ・フォーラムの参加企業や、「森林に関するニューヨーク宣言」の賛同企業、SDGs(持続可能な開発目標)に賛同する国々などは、2020年までに森林減少ゼロに向けて取り組むと宣言している。

高炭素貯蔵アプローチとは

HCSAアプローチは企業が宣言した森林減少ゼロを実践に移すためのツールで、包括的な土地利用計画を作る方法論である。炭素貯蔵量と生物多様性の高低で森林地域を区別し、高い地域は保全、低い地域は開発・開墾可能とし、森林の区分に社会的な要件と、内容の検証・確認が含まれている。HCSAには図1のように、三つのフェーズがある。

フェーズ1:森林の区分

特定の開発計画がある地域で、リモートセンシングや現地調査などによりHCSAの領域を特定する。この空間解析で植生を六つ(高密度林、中密度林、低密度林、若年再生林、灌木・低木地域、開墾地)の区域に分け(図2)、地上のバイオマス量の調査を行う。高密度林から若年再生林までを高炭素貯蔵地域と考え、開発せず森林のまま維持する。これは最近の研究で原生林だけでなく、二次林や劣化した森林も生物多様性保護のため重要だということが判明したからである。一方、低木地は土地利用転換を含む開発などが可能な土地と考える。

図2 保全に向けたHCS林の特定

また地元コミュニティから「自由で十分な事前の情報に基づく同意(FPIC)」を得ることが求められており、コミュニティは調査結果を受けて自分たちの土地で農業開発を行うか否か検討する。

フェーズ2:森林分析と計画

森林区分の後、科学的な知見に基づくHCSAの「ディシジョンツリー(決定樹)」により森林が生育する可能性を判断する。保護すべき森林を確定し、地図を重ねることで広域的に保護すべき森林や泥炭地、コミュニティの利用地を特定する。

HCSAは土地利用に関わる全体を把握する方法で、生態学的、社会的面から保護すべき森林を特定する。原生林も生態系サービスも、コミュニティのニーズや文化的価値などの基準も含まれ、保護価値の高い森林と高炭素貯蔵森林の両方を一度に調べることで、コスト削減と調査負担の軽減につながる。

土地に関する慣習的な権利を守ることが要件で、地域コミュニティが食料生産などに利用している森林については、開発および保全活動の対象外とする。これは地元コミュニティと企業の間での紛争を回避するために重要である。また、温室効果ガス排出抑制のため泥炭地保護も重要な要件である。

HCSAの保全計画では、森林区画に優先順位を付け、100ha以上の森林や連続した区画は優先して保全され、10ha以下は優先度が低くなる。優先度の高い森林に開発リスクが生じないよう、脅威になり得る要因から一定の距離を保つことも求められる。これらを通じて社会・経済・環境的な要因を考慮し包括的な保全および土地利用計画を作成する。

フェーズ3:コミュニティの参加とインセンティブ

長期的な森林管理に不可欠な地域コミュニティの積極的な関与を引き出すため、コミュニティにインセンティブを与えるメカニズムが盛り込まれている。また土地に対する人びとの権利を尊重するため、コミュニティから同意を得る明確な手順も定めている。

普及と今後の取り組み

HCSAの普及には認証制度など監査可能な枠組みの中に統合することが効果的である。2018年にRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)認証にHCSAが組み込まれ、RSPOの会員企業が行う新たな農園開発については森林減少ゼロ実現のツールとして活用することになる。今後、他の認証などにも取り入れられることが期待されている。

日本は多くの原材料の消費国であり、パーム油産業に資金提供している金融機関の多い国でもある。そのため、森林減少ゼロを目指す取り組みにおいて重要な役割を果たすことが可能である。HCSAはまだ新しいツールで課題もあるが、企業が共通して使えるモニタリングデータベースの開発や現場のコミュニティとのパートナーシップの構築なども検討されている。

HCSAを活用する企業が増えれば、生産国政府での法制化など、より積極的な動きにつながる可能性もある。森林減少ゼロの実現に向けて、すべてのセクターで取り組みを進めていくことができる。日本企業の参画に期待がかかる。

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