つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第22回 地域の過去の恵みを後世に伝承するために~ふるさと絵本『ありがとう あらかわ』を製作
2019年04月15日グローバルネット2019年4月号
一般社団法人鎮守の森コミュニティ推進協議会 理事
成田 芳生(なりた よしお)
環境省「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトの普及啓発事業として、関東平野を流れる荒川の自然の恵みを後世に伝承する目的で世代間の交流を図りながら、荒川の上流域である埼玉県秩父市と下流域である東京都荒川区で「ふるさと絵本」を作り上げる活動を行いました。
2017年10月にスタートし、2019年2月に秩父ふるさと絵本『ありがとう あらかわ』秩父市版(写真)、3月に荒川ふるさと絵本『ありがとう あらかわ』荒川区版が完成しました。これまでの絵本づくりの制作過程と成果について紹介したいと思います。
●どんな絵本を作るか
地域の過去の自然の恵みにもう一度スポットライトを当て、過去に学びながら豊かな地域の未来をみんなで築くきっかけとなるような絵本づくりの活動にしたいという思いでスタートしました。
絵本のコンセプトは、一つに、秩父市と荒川区の子供と大人がそれぞれ一緒になって、森里川海を豊かに保ち、その恵みを引き出し、それを語り伝え、感じられることのできる絵本にすること、二つに、地域の人たちの五感で体験した自然や暮らしや文化を地域の「物語」として語り合える絵本にすること、三つに、子供たちが地域の未来を語り合える絵本であること、としました。
●絵本づくりの推進体制は
この絵本を作るには、地域の大人と子供の大勢の参加が不可欠です。秩父市では、秩父市や秩父神社などキーとなる団体からの紹介により、最終的にNPO法人秩父まるごと博物館に絵本制作の母体として中心的に活動してもらいました。この団体は、もっと秩父のことを知ろうという街歩き活動や小学生の川遊び体験指導など、幅広い地域コミュニティ活動を行っています。また、県立秩父農工科学高等学校の高校生にワークショップなどに参加してもらい、小学生には、秩父市教育委員会の協力も得て、「未来の秩父を描こう」と題して、夏休みの課題の一つとして秩父の自然をテーマとした絵の募集に協力いただきました。
荒川区では、荒川区自治総合研究所の紹介により、地域諸団体に協力をお願いし、荒川区地域文化スポーツ部が実施しているコミュニティカレッジの卒業生を中心とした地域コミュニティ団体の有志で絵本の製作委員会が結成されました。事務局は、一般社団法人鎮守の森コミュニティ推進協議会で、絵本づくりの活動内容、スケジュールの検討を行いました。
●誰がどのように作るか
絵本づくりの制作手法は、三つのコンセプトを実現するために、「過去を育てて、未来を創る」をテーマに、絵本ではなく全国50ヵ所に絵屏風を制作する活動で実績のある滋賀県立大学上田洋平助教の考案された、五感体験アンケートを基に、地域の暮らしを一枚の「心象絵図」に描き出す「心象図法」で行うこととしました。
まず、懐かしい昭和30、40年代をテーマに高齢者から地域の自然、暮らし生活、仕事、遊び、風習、文化、祭りについて話してもらう懇話会を実施します。次に、たくさんの高齢者から「①今も目に浮かぶ風景、懐かしく印象深い光景、②懐かしい音、印象深く耳に残っている音、③印象深いにおい、思い出のにおいや香り、④手足によみがえるような感触、肌触り暑さ寒さ、冷たさ、痛さ、⑤思い出の味、印象深い味、味覚体験」の五感の体験をアンケートに書いてもらい収集し、それを自然、暮らし生活、仕事、遊び、食べ物などに分類し1枚1枚カード化し、その内容について、高校生に聞き書きをしてもらうワークショップを行いながら整理します。そして、その整理した内容を確かめるために街歩き調査会を行い世代間の交流を深め、1枚1枚のカードを基に絵本の原画制作者と下絵の作成、絵コマの作成、構図の確認などを済ませます。
絵本の編集は、制作委員会のメンバーでページ構成を検討しながら方針を決定し、専門の編集部隊に担当を移し最後の絵本制作に至ります。
●絵本の原画と文章作成について
秩父ふるさと絵本は、原画は秩父市在住の画家、石橋 城呉(せいご)先生にお願いしました。この絵本づくり事業に最初から参加され、五感体験アンケートの内容を熟知されていました。すでに懐かしい秩父の自然、暮らし、文化や祭りについてたくさんの作品がありますが、今回書き下ろしで多くの原画を描かれました。
荒川ふるさと絵本の原画は、荒川区在住の画家が、荒川区を5地区「尾久地区」「町屋地区」「荒川地区」「南千住地区」「日暮里地区」に分け、10名で作画しました。5地区の地図を基に五感体験アンケートの内容を5枚の原画にし、それ以外に音、暮らし、子供の遊び、歴史文化をテーマにした絵コマ原画を制作しました。
文章については、秩父大好き作家の大崎 悌造(ていぞう)先生に秩父市版、荒川区版両方で各地区の五感体験アンケートや活動参加者の調査記録、関係者の聞き取りインタビューなどを基に書いていただきました。
●絵本の活用について
このふるさと絵本は、制作に関わった人が大勢おり、その一人一人が生き生きと読み聞かせ、絵解きができる絵本となっています。内容は、実際に聞いたり、現場で現物を見たり記録を確かめたりしていますから、活動参加者全員がそれぞれ絵本を読み聞かせたり絵解きをしたりできます。
完成した絵本を子供たちに読み聞かせるにはどうしたらよいか、絵本を活用してどんなことができるのかなど、改めて絵本とは何かを勉強しようと、絵本専門士&JPIC読書アドバイザーである安冨ゆかり先生を講師に勉強会を開催しました。絵本の楽しみ方は、「一人で」「親子で」「みんなで」、そして目で楽しむ、聞いて楽しむ、読んで楽しむなど基本的なことを学び、実技の指導も受けるなど、今後の絵本の活用に役立つものでありました。
●絵本づくりから自然環境を見直す活動へ
2017年から2年数ヵ月の絵本づくりの活動から、いま自然環境問題に目を向ける活動が芽生えています。秩父市の場合、2019年2月24日の「秩父ふるさと絵本発表会」の2部で秩父市のシンボルである武甲山について、石灰石の採掘により昔の姿を大きく変えて今日に至る現状を憂い、その未来について語ろうと「武甲山未来フォーラム」が開催されました。8年ぶりに企業も参加し、これを機に、市民が継続的に武甲山の未来を語り合える活動に転化することと思います。
荒川区では、2019年3月10日に「荒川ふるさと絵本発表会」の2部で荒川区を流れている隅田川(旧荒川)の浄化について考える「川はともだちフォーラム」が開催され、「母なる隅田川 水辺のすこやかさ『みずしるべ』について」と題して講演が行われました。この活動が、荒川区民のみんなが隅田川に関心を持って美しい川、水辺を取り戻す活動として発展することが期待できます。
このように、絵本づくりの活動から森里川海を豊かに保ち、その恵みを引き出そうという取り組みに発展してゆくことが大いに期待できると思います。今後は、荒川の上流下流域だけでなく、中流域でもこのような活動が生まれることができれば幸いです。
※ふるさと絵本は、環境省サイトからダウンロードできます。