IPCCシンポジウム「気候変動ヘの適応」パネルディスカッション
2019年04月15日グローバルネット2019年4月号
本特集では、2019年2月19日に都内で開催されたシンポジウム「気候変動への適応」の基調講演とパネルディスカッションの概要を紹介し、さらにIPCCガイドラインの改良と大気観測データの活用について、環境省・宇宙航空研究開発機構と共同で地球観測衛星プロジェクトを推進している国立環境研究所衛星観測センターの担当者の寄稿を掲載します。
<モデレーター>
田辺 清人さん
(IPCC TFI 共同議長)
<パネリスト>
ハンス・ポートナーさん
(IPCC WG2共同議長)
肱岡 靖明さん
(国立環境研究所気候変動適応センター副センター長)
三浦 仁美さん
(積水化学工業株式会社ESG経営推進部担当部長)
秋元 智子さん
(全国温暖化防止活動推進センター専務理事)
下間 健之さん
(京都市環境政策局地球環境・エネルギー担当局長)
大井 通博さん
(環境省地球環境局総務課研究調査室長)
昨夏の極端な暑さと降雨
田辺:国立環境研究所の肱岡さんから、昨年夏の酷暑や豪雨などにも触れながら、気候変動への適応の課題提起をしていただきます。
肱岡:「2018年の夏の極端な暑さと降雨」というテーマで、情報を整理してきました。
全国の年平均気温の変化を見ると、日本は2000年あたりから、高い気温を何度か繰り返しており、過去から見て、気温は上昇している傾向にあることがわかります。一日の最高気温について、日本の歴代10位までを整理すると、埼玉県熊谷が昨年7月23日に41.1℃、翌月8月には岐阜県の2地点が41℃を記録しました。さらに新潟県、東京都を加えて、五つが昨年の夏に記録されました。
さらに昨年7月は、豪雨による影響も経験しました。日本の西側の広い範囲で非常に強い雨が記録され、7月の月間降水量が平年の2~4倍を記録した地点もありました。高知県馬路村で記録された1,852.5mmというのは、日本のほぼ年間平均降雨量で、それが約10日間で記録され、河川の氾濫や土砂災害が起きるなど甚大な被害が起きてしまいました。
暑さというのは温暖化の影響が明確にわかりますが、雨については今後も研究しなければなりません。しかし、こういう極端な現象が今後増える、さらにはより極端な現象が起きるだろうとも言われていますので、私たちは今後、気候変動への適応を考えていかなければならないと思います。
適応策を総合的に推進する法律が施行
田辺:異常気象が今後も発生しやすくなると言われ、その影響に対してわれわれはどう備え、どんな対策が打てるのか、いろいろな主体が考えなくてはならないのですが、まず国の取り組みについて、紹介いただけますか。
大井:気候変動適応法について説明させていただきます。昨年6月に国会で可決され、12月1日から施行されている出来立てほやほやの法律です。この法律のポイントは大きく以下の四つです。
- 適応の総合的推進:気候変動の影響はあらゆる分野にまたがるので、環境省だけでなく、政府全体として総合的な適応計画を作り、5年ごとに温暖化の影響を最新の知見に基づいて評価しながら改定していくことを規定しています。
- 情報基盤の整備:気候変動の影響や対応に関するさまざまな知見を日本全体で集めて発信していくため、国立環境研究所を情報基盤の中核と位置付け、国の他の研究機関等とも連携しながら情報を集め、各地域の取り組みを下支えしていくという体制を作りました。この法施行の12月1日に気候変動適応センターも立ち上がりました。
- 地域での適応の強化:都道府県および市町村に、地域気候変動適応計画策定の努力義務を規定し、地域において、適応の情報収集・提供等を行う体制(地域気候変動適応センター)を確保します。
- 適応の国際展開等:国際協力を推進し、事業者等の取り組みや適応ビジネスを促進するため、ガイドの作成も進めています。
田辺:「地方の気候変動情報や技術をサポートしていく機関としてどのような公的機関があるのでしょうか」という質問が寄せられていますが、これはまさしく今のお話が答えになるかと思います。
大井:そうですね、法律上は、各自治体で地域の適応センターを作っていただくことになりますが、例えば地方にある研究機関や大学、あるいは温暖化の情報発信に取り組んでいる地域の組織等が温暖化の影響に関する情報についても収集・発信する機能を担っていただけるといいと思いますし、環境省としても支援していきたいと思っています。
田辺:地域から情報を集めるということが、日本国内のみならず諸外国にとっても役に立つでしょうし、ひいてはそれが研究につながってIPCCの評価報告書にも貢献できるようになるのではないかと期待しています。
続いて、企業の立場から気候変動に対する備えと行動について、三浦さんからお話しいただきます。
「リスクをチャンスに」~複数課題の解決につながる取り組みを
三浦:最初に、企業としては、いまや気候変動が企業リスクの一つであるという共通認識は当たり前になっていると思います。しかし、「環境・社会課題を解決していくのは企業の使命」という推進派と、一方で「長期課題解決の前に、現在見えている短・中期の課題の解決が優先」という慎重派の声も多く聞こえる中で、「企業リスクの中でも優先的に取り組んでいく事項である」と共通認識を変えていく必要があると思います。
では、企業内の認識を変えるには何が必要かというと、現状の認識、判断尺度、そして何らかのトリガーが必要です。さまざまな後押しが必要で、気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)もその一つになっていると感じています。
気候変動リスクを最小限にするため、自然災害リスク、原材料調達リスク、規制・法的リスクについて取り組みを進めています。
気候変動リスクをチャンスへと転換するために進めている取り組みの具体例を二つ紹介します。
一つ目はBCP(事業継続計画)対策にもなる製品ごとの代替資源・材料の検討開発等の取り組みです。
二つ目は、規制情報の早期把握や政府や現地パートナーとの連携によりかんがいや洪水などの被害が多発する脆弱な地域に対して、わが社の水インフラ事業を展開することで現地の水リスクを軽減し、レジリエントなインフラ基盤構築に寄与することができ、自社ビジネスの拡大にもつながったという複数課題を解決した好事例です。
今後は、気候変動のリスクをチャンスに変える取り組みに関しては、気候変動だけではない複数課題の解決や、連携による早期対応や普及拡大を意識して進めていければと思います。
田辺:次に、IPCCの第49回総会のホストシティーとなる京都市の気候変動に対する備えと行動について、下間さんからお話をうかがいます。
IPCC総会の開催を契機に気候変動対策の機運を高める
下間:京都市で、市民や事業者の皆さんと一緒にこれまで取り組んできた成果についてご紹介します。まず、2016年度のエネルギー消費量(京都市域)は、ピーク時から27.2%減少し、ごみの量はピーク時から半減を達成しました。ごみ処理コストだけでも年間154億円、市民1人あたり1万円以上の行政コストを削減できました。
さらに、マイカーで京都を訪れる人の割合は、かつては4割を超えていましたが、今は1割を切っています。「マイカー通勤を控えて公共交通機関を使ってください」という呼び掛けにより、市バスも地下鉄も利用者が増えています。
パリ協定の発効直後に、京都市では「プロジェクト“0(ゼロ)”への道」を掲げ、98の具体的な取り組みを着実に進め、一方で長期的な目標を市民の間で共有しながら、目標から逆算して実現を目指しています。今後はイノベーションの促進、ライフスタイルや社会の仕組みの転換、担い手の育成等をカギとして、道筋をつけていかなければならないと考えています。
また、京都議定書20周年記念の「地球環境京都会議2017」において、都市の責任と役割に着目した「京都宣言」を出し、2050年の世界の都市の在るべき姿を描き、京都市自ら取り組むと同時に広く国内外でも共有しようとしています。
そして、パリ協定の実効性確保に向けて貢献するため、IPCC総会の開催を契機に、気候変動に取り組む国内外の気運を盛り上げようと、5月11日(土)にIPCC総会の隣でシンポジウムを開催します。
また、IPCC京都総会の成果物を「IPCC京都ガイドライン」と呼ぶことができれば、「パリ協定」がいよいよ実行の段階を迎える中、再び日本が世界の気候変動対策に重要な役割を果たすことを示せるのではないかと思います。
田辺:気候変動と都市という関係については IPCCでも力を入れ始めており、次期評価サイクルでは、特別報告書を作ることも決まっています。
最後に、企業や市民の皆さんが気候変動への適応に対する理解を深めていくため、どのような普及啓発活動をされているか、秋元さんにご紹介いただきます。
気候変動について、地域で効果的な普及・啓発を
秋元:地球温暖化防止センターは地球温暖化対策推進法により設置され、環境大臣が指定する全国の温暖化防止センターと、現在58の地域センターが稼働しています。また、全国6,500人の地球温暖化防止活動推進員が活動しています。
啓発はなぜ必要かというと、メディアやSNS等一方通行の情報発信でなく、地域に合った地域の課題を、顔と顔の見える信頼関係の中で情報を伝えることで、人びとの意識が向上し、暮らし方や周りの環境が変わり、安心安全な暮らしができると考えているからです。
私が地域センターの事務局長を務めている埼玉県の特徴は、夏は温暖化に加えヒートアイランド現象が起こり非常に暑くなります。そして民生家庭部門の排出量が近年とくに増加しているので、活動のターゲットは家庭です。しかし、多様化するライフスタイルにどう対応していくかが最も難しい課題だと思っています。影響としては、暑さによる健康被害、夏にピークとなる電力消費量、水稲等の農作物への被害、多発するゲリラ豪雨によるアンダーパスの浸水や下水の逆流、生態系の変化等が挙げられます。
そこで私たちは、東日本大震災後に「クールスポット100選」という活動を行いました。「県内の自然の涼しい場所を探して応募してください」と呼び掛けたところ、300件ほど集まり、それを冊子やホームページに掲載しました。市民が活用することで、家庭での節電や熱中症防止、自然保護、観光、コミュニティづくり、さらにはSDGsの達成にもつながるのではないかと考えます。
効果的な普及啓発を進めるためにはどうしたらいいのか。やはり連携の強化が重要だと思います。地域の自治体との一層の連携、環境分野だけでなく防災、まちづくり、健康などの分野との連携、若者や企業との連携が必要です。また、情報の収集・発信拠点の充実、温室効果ガスの削減に実質的につなげられるよう、効果の把握、苦しい省エネではなく効果的な省エネ、そしてどのような未来が待っているのか、どんな未来にしていくのか、わくわく感のある脱炭素社会をつくっていくという市民に対する提示が必要だと思います。
「適応」という言葉は理解しにくいのでは?
田辺:会場およびライブ中継で参加されている方からたくさんの質問が寄せられています。
「適応という日本語は一般の人は理解しにくいのではないか。その認知度を上げるためにどうすればいいか」という質問をいただいています。
下間:適応という言葉がまだ一般的でないというのは確かにその通りだと思います。自治体でもさまざまな機会を捉えて具体的に説明していきたいと思います。
ポートナー:適応というのは適当な表現だと思いますが、誰もが理解しているわけではありません。気候変動のリスクを下げるという理解が正しく、それによって適応させることができます。例えばヒートアイランド効果など説明しやすいと思います。緑がないと熱がこもり、温度が上昇するということになりますから、植林することによって適応する、と説明できます。また、海面上昇についても、防波堤は望ましいと思うかもしれませんが、それは高さにもよるので、これは適応対策です。
田辺:温暖化問題についての意識啓発について多く質問が寄せられていますが、これについて何かご意見がありますか。
秋元:地域ではやはり学校教育の中に環境問題を取り上げてもらうのが一番重要だと思っています。
下間:京都市では、京都市立全小学校の主に4、5年生を対象に、実践・振り返り型の温暖化防止学習プログラム「こどもエコライフチャレンジ」を実施しています。例えば、夏休みにワークブックを使って温暖化問題を学習、休み期間にエコライフに取り組み、その後、児童一人ひとりの振り返りを行います。すでに延べ10万人が体験しています。
緊急を要する行動 ますます重要になる普及啓発活動
ポートナー:気候に対する行動は緊急を要するということを強調しなければなりません。早い段階での対策が必要で、気温上昇を1.5℃に抑えても課題は増えていきます。ですから、自らを守らなければならないのです。例えば熱中症等に関しては医療のケアも予防的な対策も必要だと思います。インフラの整備や都市の対策も必要です。また、子供の教育も重要です。若い人たちの気持ちはさまざまな政策にも反映されていると思います。私の住む街では、学生たちが毎週金曜日に議会の前でデモ活動を行い、参加する人の数は増えています。社会全体でそのような機運が必要だと思います。
肱岡:国立環境研究所では、昨年12月1日に気候変動適応センターを設立し、日本の適応策研究の総本山として取り組んでいこうと考えています。皆さんのご協力・ご支援をよろしくお願いします。
大井:法律に基づき、5年に一回温暖化の影響を定期的に評価することになっており、来年の2020年に評価を出します。できるだけわかりやすいメッセージでまとめ、それを基に計画もしっかりと改訂して適応への取り組みを進めていきたいと思っています。
また、やはり若い世代にもっと関心を持ってこの問題に取り組んでもらうことが大事だと思っています。環境省としてもさまざまな手法で若者にも届くような情報発信をしていきたいと思っています。
三浦:今回のパネルディスカッションを通じ、企業としてできることはやはり技術の開発だけではなく、確立された技術を実用化に持っていってそれを普及させることにあると思いました。気候変動の緩和にしても適応にしても不確実性が高く、解は一つではありません。産、民、官、学が連携して多様な技術を発展させつつ、それを実行と普及に向けて良い形で広めていかなければならないと思っています。私どもはメーカーですので、製品事業を通じて貢献していければと思っていますが、次世代の方への教育等、社会啓発に関しても事業を通じて、あるいはいろいろな手段を通じて貢献していければと思っています。
下間:適応策について、市民、地域、学校、企業、NPO等多くのステークホルダーがさまざまな取り組みを行う姿を全体的にコーディネートしていくのが自治体の大切な役割であり、地域の連携をさらに一層強めていきたいと思います。
IPCC総会のホストシティーの役割を果たせるよう、身の引き締まる思いです。
秋元:待ったなしの喫緊の課題について、地域の中で皆さんの心に迫るように伝えていかなければいけないと今日は改めて考えました。私たちには明るい未来が待っているし、気候変動対策をすることによって安全安心な暮らしができるんだという姿を提示していかなくてはいけない。そのためには政府や行政等いろいろな方の力を得ながらそれを伝えていくことが重要なのではないかと思いました。
田辺:適応というのは徐々にわれわれの認識に上ってくるようになった段階かと思います。国も力を入れ始めたところであり、これから緩和だけでなく、適応も温暖化対策の両輪として効果的に進めていけるようになればと思います。
そのためには企業、地方自治体、国等の各主体が精力的に取り組むことも必要ですが、それらが連携して、われわれ市民がその行動に参加していく、ということが重要です。そのために、普及・啓発活動というのが今後ますます重要になってくると思います。
今後もこのようなシンポジウムやセミナーが開かれていくことを願っています。