特集/IPCCシンポジウム「気候変動ヘの適応」1.5℃の地球温暖化:第6次評価(AR6)サイクルにおける報告書作成へのIPCCのアプローチ
2019年04月15日グローバルネット2019年4月号
本特集では、2019年2月19日に都内で開催されたシンポジウム「気候変動への適応」の基調講演とパネルディスカッションの概要を紹介し、さらにIPCCガイドラインの改良と大気観測データの活用について、環境省・宇宙航空研究開発機構と共同で地球観測衛星プロジェクトを推進している国立環境研究所衛星観測センターの担当者の寄稿を掲載します。
IPCC第2作業部会(WGⅡ)共同議長
ハンス・ポートナーさん
世界全体ではすでに気候変動によるさまざまな影響が出ています。生態系や人間の生活に及ぶ将来の影響をどうすれば回避できるかを評価し、気候変動の緩和および適応に対する野心的挑戦を実現に導かなければなりません。
1.5℃と2℃の気温上昇による影響の違い
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が昨年10月に公表した「1.5℃特別報告書」(以下、SR1.5)では、1.5℃と2℃の気温上昇では、どの程度影響の差があるのかを比較しています。
1.5℃の気温上昇の場合は2℃の場合に比べ、人が居住する地域での熱波や豪雨など極端な気象現象が少なくなります。気候物理学では、1℃の気温上昇で極端現象の発生する確率は、産業革命前と比べて約30倍に上昇するとされています。
また、1.5℃では2100年までに世界の平均海面水位の上昇も10cmほど少なくすることができます。水位の上昇は何世紀も続く可能性があることを忘れてはなりませんが、この差はその間に適応策を取って時間稼ぎができることを意味します。
海面水位の上昇が10cm低いとなると、リスクにさらされる人は1,000万人ほど少なくなり、沿岸域の生態系がリスクにさらされる度合いも減ると予測されています。
1.5℃であれば2℃に比べて生物多様性や種に与える影響も少ないです。食料資源に対する影響も少なく、トウモロコシ、コメ、小麦の収量の減少幅が小さくなります。さらに、水不足にさらされる人口は1.5℃の方が最大50%少なく、生態系における水不足のリスクも少なくなるのです。
2℃に比べて影響の少ない1.5℃ 幅広い適応の選択肢
陸域の生物多様性について全球的な変化を見てみると、2℃に比べて1.5℃の地球温暖化では、生物多様性と種に与える影響は少ないことがわかります。
海洋の生物多様性については、1.5℃と2℃ではそれほど違いは見られないですが、2℃と4℃を比べると影響の差はかなり大きく、 生物多様性の損失の度合いが深刻化することが予想されます。
影響は人間の生活だけではなくいろいろな分野に及びます。2℃に比べて1.5℃の方が漁業および漁業に依存する生計に対するリスクがより低く、さらに気候に関連するリスクにさらされ、貧困の影響を受けやすい人の数は、2050年までに数百万人少ないと予測されます。また、適応策や保護がない場合、海面上昇については2300年になると2℃、1.5℃いずれの場合もその影響を受ける人が数百万人単位に上るものの、2℃の方が影響を受ける人数は1.5℃よりも上回ります(図1)。
さらに、高緯度地域の乾燥地域、北極域、島しょ国、開発途上国、後発開発途上国はすでに高いリスクにさらされており、1.5℃の場合は2℃に比べて、健康、生計、食料安全保障、水の供給量、人間安全保障および経済成長においてリスクはより少なくなります。
気候変動がすでに始まり、人間の社会や生態系に影響を及ぼしている今、一体何ができるのか。それは「適応」です。私たちにはいろいろな適応の選択肢があり、それによって気候リスクを低減することができます。そして、適応のニーズは1.5℃の方が少なく、2℃になるといろいろなところで適応の限界を超えてしまうのです。
SR1.5で特定された脆弱な生態系
SR1.5ではさまざまなセクターを対象に、脆弱な生態系を特定しています。暖水性サンゴはさまざまな圧力を受け、1.5℃の上昇であったとしても、サンゴ礁の70~90%と、それらが人類に提供するサービスを失うリスクは高く、2℃になればさらに多くが失われます。
もう一つ、SR1.5で特定された脆弱な生態系には北極域における夏の海洋システムがあります。北半球の9月の海氷被覆について、1.5℃の気温上昇では100年に一度、氷のない夏があります。それが2℃では10年に一度以上となります。北極域における海氷被覆は北半球の気候にも影響を及ぼしています。北極域周辺の偏西風が北極域の夏に影響を及ぼし、また熱波の原因にもなり、昨年はとくに顕著でした。このリスクは高くなる傾向にあり、さらに北極の海氷被覆が失われるリスクがあります。そして、それに依存する生態系が悪影響を受けることになります。
つまり、1.5℃の方がダメージを軽く済ませることができ、2℃と1.5℃の間の0.5℃には大きな違いがあり、異常気象の発生確率や生態系、人間社会に対する影響の度合いも大きく違ってくるのです。
どうやって目標に到達するのか
気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年には二酸化炭素(CO2)の排出量を2010年水準比で45%削減しなければなりません。排出量は依然上昇傾向にあり、グローバルな社会変革が必要です。
さらに2050年頃には排出量を正味ゼロにする必要がありますが、時間の制約が極めて大きく、とにかく1.5℃の実現に向けて努力を傾注していかなければなりません。
またCO2以外のメタンやブラックカーボンなどの排出を抑えることにより、すぐに直接的な健康面のメリットをもたらすことも可能です。
さらに、異なる経路と緩和戦略により、地球温暖化を抑えることができると考えられており、SR1.5では排出経路の比較が行われています。農業、林業およびその他の土地利用(AFOLU)では、土壌におけるCO2貯留量を増加させます。さらに、CO2の回収・貯留とバイオマスエネルギーを結び付けた技術のBECCSは、例えば植林し、それを燃やしてCO2を回収し地中に貯留します。しかしそのためには広大な土地が必要となり、土地をめぐる争いが起き、それによって食料生産が影響を受けることがあり、リスクが伴います。
いずれにしても、CO2排出量の削減が賢明なアプローチといえるでしょう。野心的な排出削減はBECCSのようなCO2除去の必要性を最小化し、人間の健康や生態系の再生と炭素貯留(土壌、バイオマス)、生物多様性の保全、土地をめぐる争いの緩和、人類の食料安全保障などさまざまな利益につながる(コベネフィット)のです。
1.5℃であればSDGsの達成も促進
SR1.5では、持続可能な開発目標(SDGs)にも触れています。SDGsには、貧困の削減や海洋資源の保全など、17のさまざまな目標があり、2030年までに達成しなければなりませんが、気温上昇1.5℃の場合の方が2℃より達成は容易です。
これまですでにさまざまな努力が行われてきましたが、貧困はむしろ悪化し、飢餓も深刻化しています。気候変動も同様で、問題は大きくなっています。しかし、エネルギーの供給を再生可能エネルギーと組み合わせ、需要についても省エネ化を進めれば、利益を享受することができます。それはネガティブな影響より大きく、トレードオフを超えるものとなります。これにより、SDGsの目標の達成も可能となるでしょう。
気温上昇を1.5℃に抑えるには
すべてのシステムにおいていかに迅速に、広範に及ぶ、前例のない変化を実現させるのか。そのためには幅広い技術や行動の変化が必要になります。低炭素エネルギーやエネルギーの効率化への投資も必要になり、その額は2050年までに5倍に拡大しなければなりません。電力については、2050年にその70~85%を再生可能エネルギーによって供給し、石炭は急減させ、2050年には電力全体に占める割合をゼロにしなければなりません。石油、とくにガスの利用は継続し、一部の経路においては増加します。一方、運輸・建物部門における排出量の大幅削減、土地利用および都市計画における変化も必要になります。このような劇的な変化を経済において実現していかなければなりません。
SR1.5ではパリ協定の緊急性が示されています。社会的・政治的惰性を克服し、変革を加速化しなければなりません。化学や物理の法則に従って今、行動すれば、気温上昇を1.5℃に抑えることができるのです。緩和策・適応策を支える技術はすでに存在しており、意志さえあれば、流れを変えることは可能なのです。
一方、大きな障害となっているのは政策です。確かな情報に基づく確固とした政策を用意し、それによって社会変革をしていかなければならない、とSR1.5では強調しています。
0.5℃の差に目を向け未来を計画
IPCCでは、SR1.5に続き、2019年8月には「土地」、10月には「海洋・雪氷圏」に関する特別報告書を用意し、最新の情報を提供し、政策に貢献することを目指しています。また、2021年4月には第6次評価報告書(AR6)の第1作業部会(WG1:自然科学的根拠)、7月にはWG3(気候変動の緩和策)、10月にはWG2(気候変動の影響、適応及び脆弱性)の報告書、2022年4月には統合報告書(SYR)が承認される予定です。さらに、パリ協定の目的や長期的な目標の達成に向けた世界全体の進捗状況を定期的に確認し、各国がそれぞれの取り組みを強化するための情報提供を行う気候変動枠組条約(UNFCCC)のグローバル・ストックテイクが2023年に実施されることになります(図2)。
1.5℃と2℃の間の0.5℃というわずかな差でも違いは大きく、どのような選択をするかということも重要です。このことを忘れず、未来について計画を立てる際には必ず思い出してほしいと思います。
ハンス・ポートナーさん
動物生理学を専門とする研究者としての研究活動を経て、現在はドイツのアルフレッド・ウェグナー研究所総合生態生理学セクション長、ブレーメン大学教授を務める。温暖化、海洋酸性化、海洋生物・生態系の低酸素化の影響を研究。IPCC AR5 WG2代表執筆者で、現IPCC 第2 作業部会共同議長。