日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第16回 MSC認証制度の日本における広がりと可能性
2019年03月15日グローバルネット2019年3月号
MSC(海洋管理協議会)日本事務所 プログラム・ディレクター
石井 幸造(いしい こうぞう)
MSC認証制度の日本における広がりと可能性
世界的に水産物の需要が増え続ける中、過剰漁獲やIUU(違法、無報告、無規制)漁業による水産資源の減少が大きな問題になっている。この問題の解決に向けた取り組みとして、適切に管理された持続可能な漁業を認証し、認証された漁業で捕られた水産物にエコラベルを表示して、消費者に選択的に購入してもらうMSC(海洋管理協議会)の認証・エコラベル制度がある。
欧米では、大手小売企業がMSC認証水産物への転換を開始した2006年以降、認証を取得する漁業数、MSCエコラベル付き製品数ともに着実に増え続けてきた。欧米に遅れること約10年、日本でも水産資源に関する危機意識がようやく高まりつつあり、MSC認証に取り組もうとする漁業者や企業が増えている。
●日本におけるMSC認証水産物市場の拡大
太平洋のクロマグロや二ホンウナギの資源枯渇の問題はこれまでも多くのメディアで取り上げられてきたが、2017年はサンマの漁獲量が48年ぶりの低水準であったほか、最近ではシロザケやスルメイカの漁獲量も大きく減少するなど、主要魚種の資源の減少リスクが大きな注目を集めている。こうした背景もあり、日本でもMSC認証を取得した持続可能な漁業を供給源とする水産物への需要が急増している。
日本最大の小売企業であるイオン株式会社は、2020年までにグループ全体の水産物の20%をMSCあるいはASC(水産養殖管理協議会)認証のものにすることを発表しており、この目標達成に向け、従来の水産物のみならず、おにぎりや練り製品でもエコラベルの付いた製品の導入を開始している(写真)。2018年9月時点では、同社で販売されている水産物の約14%にMSCもしくはASCのラベルが表示されている。
また、日本生活協同組合連合会は、エシカル消費への対応を進めており、水産物に関しては、2017年度のMSCラベル付き製品の取り扱いが金額・製品数で前年度の約4倍に増加している。水産部門のCO・OP商品でのMSC認証商品の供給高構成比は2017年度において約15%(金額ベース)で、2020年までにMSCならびにASCラベル付き製品の比率を20%以上にまで引き上げることを目標としている。地域生協の一つであるコープデリ連合会(関東信越の生協が加入)も「MSC認証、ASC認証などの持続性と環境に配慮した水産物の取り扱いを進め、主力取引先にCoC認証の取得を要請する」という方針を出しており、持続可能な水産資源の開発と利用を進めていく方向にある。
さらに、株式会社セブン&アイ・ホールディングスも2018年10月にMSCラベル付き製品を発売し、同年12月からは株式会社セブン-イレブン・ジャパンの店舗でも取り扱いを始めている。
マルハニチロ株式会社、日本水産株式会社といった大手水産会社でも、MSCラベルを表示した自社ブランド製品を拡大するとともに、持続可能な水産物の調達に向け、これまで以上に積極的な取り組みを進めていく旨をCSR報告書等で述べている。また、パナソニック株式会社は2018年3月より自社の社員食堂でMSC、ASC認証の水産物の提供を開始しており、2020年までにこの取り組みを国内の全事業所の社員食堂に広げることを目標としている。損害保険ジャパン日本興亜株式会社や株式会社デンソーも本社等の社員食堂で認証水産物の提供を始めており、他にも複数の大手企業が同様の取り組みの開始に向け準備をしている。
●MSC認証に対する国内漁業者の関心の高まり
持続可能な漁業で捕られた水産物の需要が欧米のみならず国内でも高まり始めたことを受け、認証取得に関心を持つ漁業が日本でも増え始めている。2013年には北海道のホタテガイ漁、2016年には宮城県塩釜のカツオとビンチョウマグロの一本釣り漁業が認証を取得している。また、2017年には静岡県焼津のカツオとビンチョウマグロの一本釣り漁業、2018年には宮城県気仙沼を本拠とするタイセイヨウクロマグロはえ縄漁業が認証取得を目指し本審査に入っており、2019年1月には岡山県のカキ漁も本審査を開始している。
認証された漁業で捕られた水産物の取り扱いを積極的に増やそうとしている国内の小売企業への供給元の漁業の中にも、認証取得に向け準備を進める漁業が出てきている。通常は、本審査に入る前に、認証取得の可能性や改善すべき点を確認する目的で予備審査というものが行われるが、この予備審査を行う漁業が増加しており、とくにマグロ・カツオ類を漁獲する漁業の関心が高い。こうした予備審査を受けた漁業の中から、今後本審査に進む漁業が出てくることが期待される。
●今後の可能性
上述の通り、日本でもMSC認証水産物の市場が急速に拡大している。新たに取り扱いを検討している大手小売企業があることに加え、外食チェーン、ホテルチェーン、社員食堂など、小売り以外の新しい市場でもMSC認証水産物を提供しようという動きが出てきており、国内市場のさらなる拡大が見込まれる。こうした国内での認証水産物の需要の高まりを受け、持続可能な漁業に向けて取り組む国内の漁業者も増えていくと思われる。今後進められる、政府による水産政策の改革では、資源評価対象魚種の拡大、MSY(最大持続生産量)をベースとする資源管理目標の設定、漁獲制御ルールの導入など、MSC漁業認証の規格で求められる内容も盛り込まれており、改革の実現が認証取得の追い風になることも期待される。
また、2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会の「持続可能性に配慮した水産物の調達基準」では、MSC認証の水産物も基準を満たすとされている。使用される水産物についてはこの調達基準にのっとったものになるであろうことから、国内の漁業者や企業の間で、認証を取得した持続可能な漁業で捕られた水産物への関心がさらに高まっていくはずである。
さらには、「持続可能な開発目標(SDGs)」が日本でも大きく注目されているが、17ある目標のうち、14番目の目標は「海の豊かさを守ろう」というもので、この目標達成に向けた取り組みの一環として、持続可能な水産物の調達あるいは販売・提供を進める企業が国内でも増えつつある。SDGsに係る取り組みの実施は、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資にもつながることから、国内企業の関心も非常に高い。また、SeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship)やSeafood Stewardship Indexなど持続可能な水産資源の確保に向け日本企業が対象に含まれる取り組みも出てきている。
消費者の認知、理解が進まなければ水産資源の持続可能性に関する問題には積極的には取り組まないというスタンスを取る日本企業がこれまでは多いように見受けられた。しかし、上記のように持続可能な水産物の調達につながるイニシアチブが出てきていることもあり、対応を進める企業が確実に増加している。企業が積極的に取り組みを進め、MSCエコラベルの付いた製品が増えれば、水産資源の持続的な利用の重要性に関する消費者の認知、認識も向上する。MSC認証水産物市場が急速な広がりを見せている中、企業が消費者を啓蒙し、消費者が持続可能な漁業で捕られたMSC認証の水産物をこれまで以上に求めることで、漁業者が適切に管理された持続可能な漁業に向けた取り組みを進めるという流れが日本でも加速することが期待される。