特集/生物多様性の主流化は進んでいるのか~生物多様性条約COP14を終えて~生物多様性の主流化とCOP14の成果、そしてポスト2020

2019年02月19日グローバルネット2019年2月号

公益財団法人 日本自然保護協会
道家 哲平(どうけ てっぺい)

2018年11月に生物多様性条約第14回締約国会議(COP14)が「人間と地球のための生物多様性への投資」をテーマとして、エジプトで開催されました。生物多様性の保全と持続可能な利用のためには、生物多様性をさまざまな社会経済活動の中に組み込む「主流化」が求められています。COP14では今後に向けてどのような議論がされたのか。また、企業がどのように生物多様性の主流化に取り組み、消費者はどのように取り組むべきか、事例を紹介しながら考えます。

はじめに

生物多様性条約はアメリカを除く196ヵ国が加盟しており、気候変動枠組条約(加盟国数198)と並ぶ環境条約である。2018年に1993年の発効から25周年を迎えた。生物の多様性の保全、自然資源の持続可能な利用および遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分の三つを目的に掲げており、同条約の議題は、絶滅危惧種保全等のいわゆる自然保護だけでなく、貿易と外来生物の問題、遺伝資源の扱いから、遺伝子組み換え生物の利用規制まで幅広い。

生物多様性に関する国際世論の形成、テーマごとの各国に奨励される事項の決定、各国の取り組みを横断して得られる世界レベルのガイドラインの策定、先進国が資金供出する地球環境ファシリティ(数千億円レベルで途上国を支援する基金)の使途への提案、生物多様性に関する国際研究の優先度設定、新規の課題の交通整理(公海の生物多様性保全、合成生物学、気候工学等を、どの国際枠組みで検討するかを決める等)、そして、国連持続可能な開発目標(SDGs)等にも組み込まれる生物多様性に関する世界目標や国際ルールの作成等ができる機能等を考えると、自然に関係する国際環境条約間の「司令塔のような国際条約」と表現できるだろう。

生物多様性条約では、2年に1回締約国会議(COP)と呼ばれる会議を開催している。

この条約の歴史を決定的に変えたのが、2010年愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)である。日本が議長国として各国各地域の調整役をしながら、生物多様性に関する、2020年までに達成すべき20の個別目標を含んだ世界目標=愛知目標を合意し、以降、その実施状況を評価しながら、生物多様性の世界・国内レベルの課題に取り組んできた。

COP14の成果概要

2018年11月17日から29日にかけて、生物多様性条約第14回締約国会議(COP14)がエジプト・シャルムエルシェイク市で開催された。生物多様性条約事務局発表の参加者リストによると3,853名が会議に参加(およそ半分の1,823名の政府代表、残り半分は、NGOやユース、先住民地域共同体や国際機関や国連機関等の多様な関係者で構成)した大きな国際会議であった。

COP14は38の議題について国際合意文書を作成した。ヒアリ等の外来生物対策の議題や、国立公園等の保護地域に関する議題のほか、合成生物学(新しい遺伝子組み換え技術の一種)や、環境DNA等日本でも話題の調査技術の促進のためにも重要な「電子的な遺伝子の配列情報」の国際的な取り扱いといった議題があり、その範囲も多様である。

気候変動に関しても「気候変動への適応および防災・減災のための生態系に基づくアプローチの設計および効果的な実施のための任意ガイドライン」という、気候変動に伴う自然環境上のリスクに社会で対応していくための指針等が採択されている。

愛知目標については、2020年に目標年を迎えることから、次期目標設定に関する議題が注目を浴びた。現状の愛知目標実施状況や課題認識を共有するとともに、2020年に中国・北京で開催予定のCOP15に向けて、次期目標(ポスト2020枠組みと呼ばれる)の検討プロセスについて深夜に及ぶ集中的な協議が何度も開かれ、参加型検討プロセスや生物多様性に関して多様な主体に対して自主的宣言を求めることがまとまった。

SDGsの自然に関するゴール14・15の下に位置付けられた目標の多くが、愛知目標をそのまま採用しており、目標達成年の記述も2020年で止まっている。ポスト2020枠組みは、2030年までの達成を目指すSDGsを補完する役割も担っていることから、その検討プロセスや各国や各主体が発表するだろう生物多様性に関する自主宣言は国際社会でも非常に高い注目を浴びることが予想されている。

主要議題 生物多様性の主流化

COP14の38の議題の中でもとくに注目されたのが生物多様性の主流化だ。主流化とは聞き慣れない言葉だが、環境・生物多様性以外の分野の関係者に対して、生物多様性への配慮等を主要な検討事項・配慮事項に組み込んでもらうことを指す、いわば、生物多様性の自分事化と表現しても良い。

この議題は、2014年に開催されたCOP12における愛知目標の中間評価で、各目標の実施状況が思わしくないことが報告され、さらなる行動加速のためには、環境以外の分野の関係者に参画を促す、自分事化を促すことが重要であるとの締約国間の合意に基づいて生まれた。2016年のCOP13では、第1次産業である農林水産業や観光業での主流化推進策が検討され、さまざまな提案がまとめられた。そして、この議題の重要性に鑑み、COP14においても引き続き検討することを議決した。

COP14では、COP13に続いて第2次産業(インフラ・エネルギー・鉱工業・製造加工業および健康セクター)における生物多様性の主流化が議題となった。

主流化に関するCOP14決定(COP14/決定3)として、上記分野で、生物多様性を主流化することが生物多様性の損失を食い止めるために重要であるとの認識を共有したこと、国が定める環境影響評価・戦略的環境影響評価・国土開発計画・企業に求める情報開示・報告制度等において生物多様性の観点を強化することが必要なこと等の、施策がまとめられている。また、プロジェクト融資等を行う金融機関の意思決定の判断材料として生物多様性への配慮等を組み込むような取り組みを奨励する文言が、COP14の交渉を通じて新たに加わる等、広がりつつあるESG投資も意識した内容も書き込まれている。

長期的アプローチとしての主流化

今回の主流化の決定で、主流化の議題について長期的なアプローチを取るということが合意されたことも注目したい。

主流化に関する過去の締約国会議の経緯を紹介したが、主流化の議題やそこで扱うテーマは、その都度COPで決定してきた。2年に1回という締約国会議の開催頻度を考えると、内容の検討や交渉にかける時間というのは決して十分とはいえない。産業分野ごとに生物多様性や生態系サービスへの依存度や正負含めた影響力は異なり、同じ産業でも先進国と途上国の企業あるいは国内企業と多国籍企業とでは実態が異なる。情報を取りまとめる生物多様性条約事務局の専門性にも当然限界がある。

そこで、主流化の議論やテーマ設定をその都度決定するのではなく、長期的に取り組むことを決め、より内容の深い政策決定が行えるような体制を整えることとなった。この動きを支える専門家会合の設置も行われている。

今後、主流化というテーマそのものも上記ポスト2020枠組みの主軸を担う1テーマとして設定されながら、COP13/14における主流化決定のフォローアップ、新たな産業群における主流化施策の検討等が進むことが予想される。

COP14において、エスペック(株)や富士ゼロックス(株)等の製造業分野の業界ネットワークである、電機電子4団体内に作られた生物多様性ワーキンググループから代表者が参加し、生物多様性に関する業界指針の作成や事例データベースの構築、中小企業を想定した生物多様性に初めて取り組む際のガイドライン等を、日本の優良事例として発表し、注目された。また、経団連も生物多様性ガイドラインを改定し、日本の企業がトップレベルで生物多様性に取り組む指針をまとめたことを発表した。日本の企業にあって、国内において生物多様性の主流化を進めていくと同時に、積極的に世界に発信することで、世界レベルのルールメイキングに貢献していくことが期待される。このような動きを、日本自然保護協会としても後押ししていきたいと考えている。

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