INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第52回 越境大気汚染をめぐる中韓の論争

2019年02月19日グローバルネット2019年2月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

反論に転じた中国

最近懸案の話題を含めて、政治的にはいろいろと課題のある日中韓の3ヵ国であるが、少なくとも環境問題への取り組みに関しては、1999年に結成された日中韓3ヵ国環境大臣会合の枠組みの下で、あるいは2ヵ国間のバイの取り組みで友好的な関係を築いて実施されてきた。敏感な越境汚染問題に関しても、各国のメディアが他国を非難することはあっても、行政当局が表立って争うことは避けられていたが、昨年末から中韓の間で、越境大気汚染をめぐり少し怪しい雰囲気になってきている。

中国環境保護部(当時)は、2017年1月から国内外のメディアを集めた定例記者会見を毎月1回開くようになった。会見では報道官が1ヵ月間の大きな動きを紹介するほか、毎月取り上げる会見の主要話題を設定し、通常その話題に関する局長級の責任者が出席して、まずは解説を行い、次に記者からの質問に答えるという進め方で実施している。第1回の定例記者会見では大気汚染問題が取り上げられ、その後水汚染問題、土壌汚染問題などさまざまな話題を一巡し、昨年の生態環境部への機構改革以降では、新たに所管することになった気候変動対応問題についても取り上げている。

2018 年12 月28 日に開催された定例記者会見の様子
(出典:生態環境部WEB サイト)

中韓間の越境大気汚染をめぐる論争の発端は、昨年12月28日に開催されたこの定例記者会見だった(上写真)。この会見では報道官のほか、機構改革により新たに設置された中央生態環境保護督察弁公室の常務副主任(筆頭副室長)が出席し、2018年に実施した中央生態環境保護督察「振り返り査察」(注:査察結果のフォローアップ査察)の実施状況について説明した。質疑も後半に差し掛かった頃、一人の中国メディアの記者が、「一部の韓国メディアは、韓国のスモッグは中国から海を越えて吹いてきたものと認識しているが、あなたの見解を伺いたい」と質した。この質問に対して最初は穏便に中韓の友好的な雰囲気を強調するように説明していた報道官であったが、次第に熱気を帯びてきて、「皆様とはより客観的な認識と理解を共有したい」と前置きして、反論を始めた。概略は次のとおりだ。

「第一に、全体的に見ると、公開されているモニタリングデータによれば近年の中国の大気質は継続的に大幅に改善されてきているが、韓国ソウル市のPM2.5濃度は横ばいか上昇傾向にある。第二に、大気汚染物質の成分から見ると、PM2.5の重要な前駆体物質である二酸化窒素については、ソウル市の2015~17年の平均濃度は中国の北京、煙台、大連等の都市よりも高くなっている。第三に、最近の事例で見ると、11月6~7日にソウル市で発生した重汚染天気の発生プロセスは、中国の専門家グループの分析では、11月初旬の気象条件では大規模な高強度の平流輸送は発生しておらず(注:中国大陸から韓国への移流は発生していないという趣旨)、ソウル市の汚染物質の主要な発生源は現地での排出である。メディアの報道によれば、韓国の専門家グループの研究でも類似の結論である」

韓国政府の反応

今まで中国政府から表立っての反論はなかっただけに、韓国政府は敏感に反応した。朝鮮日報によれば、韓国環境部の趙明来(チョ ミョンレ)長官は1月3日、「中国は(自分たちにとって)有利に解釈しているところがある」と、朴元淳(パク ウォンスン)ソウル市長も7日、「粒子状物質の50%、60%以上が中国の影響だという分析が複数ある」と述べたという。こうなると泥仕合の様相を呈することになる。都合が悪いところは責任の押し付け合いだ。

最初に、韓国の大気汚染は中国からの汚染物質の移流による場合と、現地で発生する汚染物質が原因となる場合があり、詳細については日中韓の3ヵ国の専門家が共同で研究しているところだと言えば穏便に済む話であった。生態環境部報道官の勇み足か、最近の国内対策の進展に自信を持った中国政府が計画的に反攻に転じたかは不明であるが、報道官がここまで詳しく述べると、事前に意図して発言を準備していたものという気がしないでもない。

日本での研究

ところで、越境大気汚染に関して、日本国内でも昨年末に国立環境研究所から研究結果が発表されている。「中国大気汚染悪化にもかかわらず、日本の大気質が改善していた ~気候的要因による2008年以降の越境汚染減少が原因~」という少し刺激的な見出しで発表されたが、上述した中韓の論争が最近の事象をめぐって議論されているのに対し、この研究は90年代後半から最近までの約20年の対流圏オゾン濃度の傾向について分析している。報道発表資料から結論を引用すると次のとおりだ。

「1990年代から急激な増加傾向が続いていた日本周辺の春季対流圏オゾン濃度が、2010年前後に続いたラニーニャ的気候パターンによって減少していたことを明らかにしました。気候パターンの変化が、中国からのオゾン前駆体(筆者注:窒素酸化物)排出量増加の効果を打ち消すほどの大きな影響力を持っていることが初めて示されたことで、大気汚染が問題となっている東アジアにおいても、今後の予測や対策を立てる上で、排出量変動だけでなく気候変動も考慮することが重要であることが明らかになりました」

分析内容の評価は別として、中韓の論争と比較すればすがすがしさを感じるものであった。

対策強化を迫られる韓国

中国生態環境部報道官が強調した近年の大気質の改善状況について、実際に公開されているデータに基づいて整理すると下図のようになる。2013年から継続して測定されている全国74都市の年平均値は、オゾンを除けば着実に低下傾向にある。韓国が問題にするスモッグの主要な構成要因である粒子状物質(PM10、PM2.5)の低減が顕著だ。一方、上昇傾向にあるオゾンについては中国政府も問題視し、その前駆体である揮発性有機化合物(VOC)の排出総量規制を強化している。中国の取り組みとその結果は着実だ。韓国メディアも評価している。

今年1月中旬に再び中国、韓国で重汚染の天気(スモッグ)が発生した。韓国メディアによれば、韓国でPM2.5のモニタリングを始めた2015年以降最悪の濃度を記録し、韓国政府は車両通行や工場操業を規制する「首都圏微細粉塵非常低減措置」を発動した。こうなると韓国メディアの論調にも変化が見られ、他国を非難する暇があったら自ら対策を講じるべきだという風向きになってきた。

日本が韓国の風下に位置し、論争に巻き込まれなかったのは幸いであった。

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