拡大鏡~「持続可能」を求めて第2回 水辺で野生生物に会える日~カワウソから考える

2018年12月17日グローバルネット2018年12月号

ジャーナリスト
河野 博子(こうのひろこ)

「カワウソは今、ブームなんですよ」。日本のカワウソ研究の第一人者、安藤元一もとかずさん(元東京農業大学教授、ヤマザキ動物看護大学名誉教授)は、悲しそうな表情で話した。

絶滅したニホンカワウソ

環境省は2012年8月、レッドリストを改定し、ニホンカワウソを絶滅種とした。

かつてニホンカワウソは、身近な生き物だった。安藤さんの著書『ニホンカワウソ』(2008年初版、東京大学出版会)は、過去の新聞記事を読み込み、各地の文献をひもといて、その姿を活写している。10km以上も山中を歩いて別の水系に移動することが知られ、カワウソが山を越えるという意味の「獺越おそごえ」という地名が各地に残っているという。また、江戸時代には今でいう「ジビエ」に当たる獣肉を扱う食肉流通ネットワークがあり、カワウソの肉も食べられていたことを紹介している。

私が環境庁クラブ詰めの新聞記者だった1986~89年ころ、住民団体から和歌山県などでの「カワウソを探す会」の案内がよく送られてきた。しかし、工業化に伴う水質悪化、道路建設・護岸工事、埋め立て、農薬の大量使用などによる環境汚染や、毛皮目当ての乱獲などにより、その姿は二度と見られなくなってしまった。

ところが最近、「ニホンカワウソは絶滅していなかった!?」と研究者らが色めき立つ騒ぎがあった。昨年2月、琉球大の研究チームが長崎県の対馬でツシマヤマネコの調査のために設けた無人カメラが偶然カワウソを捉えたのだ。環境省が本格調査に乗り出し、8~9月にふんを採取してDNA分析を行った。その結果、ユーラシアカワウソである可能性が高い、とわかった。ユーラシアカワウソは韓国に生息し、生息数は1万頭以上とも推定される。

そのユーラシアカワウソがなぜ対馬にいるのか。①韓国から50kmの海峡を泳ぎ渡った、あるいは漂着した ②韓国の漁船や貨物船に隠れて来て対馬で船から逃げ出した、あるいは、人為的に放された ③昔から人目に触れずに生息していた――安藤さんは三つの可能性があると見る。

いずれにしてもこの騒動は改めて、日本固有のカワウソは絶滅してしまったことを印象付けた。

「こうすれば絶滅せずに済んだかもしれない、と言えることはありますか?」と安藤さんに聞いてみた。「市民グループが行政と連携し、獣医、研究者、動物園といったさまざまな関係者とともに保護活動を行うことが大事。当時、そうした下地は醸成されていませんでした」という答えが返ってきた。

韓国のカワウソ保護

1982年、安藤さんは韓国南部の慶南大学校(昌南市)で1年間教鞭をとり、野外実習の下見に訪れた海岸で岩場を歩いていた時、カワウソのふんを発見した。

「岩場の上にポンと乗ったふんは、魚の腐ったような強烈な臭いがした。高知で見たカワウソのふんと同じ臭いがしたので、腰を抜かすほど驚きました。韓国にカワウソがいるということも知らなかったので」。

韓国で施設に保護されたユーラシアカワウ
ソの子供(安藤元一さん提供)

10年後の1992年、安藤さんは韓国で、慶南大学校の研究者らとともにユーラシアカワウソ生息状況調査を始めた。この時、大学院生だった韓盛鏞氏は、その後カワウソの生態をテーマに博士号を取り、現在は韓国江原道の町、華川にある韓国カワウソ研究センターの所長を務める。KBSテレビ(韓国の公共放送)などがカワウソの生態を紹介し、絶滅の危機に瀕していることを伝えたのをはじめ、新聞も盛んに取り上げて、保護の機運が広がった。

私は今年夏、韓国語を学ぶため、韓国・ソウルに3週間余り滞在した。大学の寮がある町を流れる川が森に囲まれた親水公園になっていて、人々がサイクリングやそぞろ歩きを楽しんでいることに、驚いた。「これがあの有名な…」と、上部の高速道路や川を覆うふたを撤去して再生した清渓川チョンゲチョンではないか、と思った。しかし、清渓川プロジェクトに詳しく、『ソウル清渓川 再生―歴史と環境都市への挑戦』(鹿島出版会)を著した法政大学建築学科専任教員の朴賛弼パク・チャンビルさんに聞いたところ、「違います。そこの親水河川がつくられたのは、もっと前」と教えてくれた。

朴さんによると、水を大切にする風水思想が伝統の韓国では、1980年代に入り、川をきれいにすることに関心が高まった。その中で、カワウソ保護運動が盛り上がっていった。カワウソが多く生息する江原道の川は、ソウルの真ん中を流れる大きな川、漢江ハンガンにつながる。水質が悪化した漢江をなんとかしたい。それが、ソウル市民の願いだった。「水をきれいにすれば、カワウソをはじめ動物も植物も戻り、人間にもいいということなのです」。朴さんの言葉は、腑に落ちる。

日本の「カワウソブーム」は問題、でも真の解決は

日本の水族館や動物園では、カワウソが人気を集め、カワウソを見られるカフェもある。世界には13種のカワウソが生息するが、日本では今、人気者の多くがコツメカワウソだ。都内の水族館に行ってみると、平日なのに70人近くがステージを囲み、器用な手つきで透明なおもちゃから餌を取り出すコツメカワウソに歓声を上げていた。

世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の野生生物取引監視部門「TRAFFIC」は10月、東南アジアから日本への密輸の急増や不透明な取引実態について報告書をまとめ、こうしたカワウソブームに警鐘を鳴らした。

TRAFFICは日本の空港などで税関当局が生きたカワウソを押収した記録を開示請求により入手し、調べた。その結果、2000~2017年には計52頭が押収され、このうち39頭が2016年と17年の2年間に集中していた。出所はすべてタイで、タイでは1頭3,400円程度で買い取られ、日本では100万円以上で売買されているという。

報告書は、ペットとして飼育している人によるSNSへの投稿や、著名人がカワウソと一緒に旅行したり過ごしたりするテレビの番組がブームの火付け役になったと分析している。

ブームはさまざまな問題をはらむ。動物福祉の観点からの問題に加え、生息地での乱獲が心配だし、日本でペットのカワウソが捨てられ、外来種として地域の生態系に悪影響を及ぼしてしまうケースもあり得る。

しかし、カワウソをインターネット上で見て、「かわいい!」と夢中になる気持ちは、わかる気がする。人と自然の距離がどんどん遠くなってしまった分、人の心に野生生物に引かれる力が働くのかもしれない。

安藤さんによると、ニホンカワウソはユーラシアカワウソの亜種か、まったく別の種か、まだ学問的にはっきりしていない。剥製のDNA分析などから、ニホンカワウソの他にユーラシアカワウソが昔から日本にいた可能性も残り、研究者による解明は途上だという。そうだとすると、韓国のユーラシアカワウソを日本に再導入する選択肢も出てくる。

「ただし、簡単なことではない」と安藤さんは言う。外国で再導入された例があるが、オランダでは漁の網かごに入って溺死するなど再導入されたカワウソが激減し、批判を浴びた。それこそ、さまざまな関係者の合意や協力がなければ難しい。

でも――。都会の川がもっと緑あふれる空間になり、自然豊かな地方の水辺に行けば、運が良ければカワウソに会える。もしも日本にそんな日が来たら、楽しいと思いませんか。

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