日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第14回 実態に合わせた捕鯨の姿を考える

2018年11月16日グローバルネット2018年11月号

フリージャーナリスト
佐久間 淳子(さくまじゅんこ)

過去において捕鯨産業に乱獲の歴史があったことに、異論の余地はない。最盛期には7船団も南極海に送り込んだ日本の捕鯨産業が、1社1船団に縮小したのは1976年だった。1987年には国際的な取り決めに従って商業的な捕鯨を打ち切り、目的を科学研究に切り替えてクジラを捕り続け、現在に至っている。

商業的な捕鯨は再開できるのか。その必要はあるのか。クジラを水産資源として見たとき、どのような可能性があり、どのような課題があるだろう。

●乱獲を止められなかった国際条約

1948年に発効した国際捕鯨取締条約(ICRW)の下で国際捕鯨員会(IWC)が実施した、かつての資源管理が失敗した理由は、次の三つにまとめられるだろう。

①総枠のみ決めて、早い者勝ちで捕鯨国が競ったこと、②その総枠は、クジラの種類や海域ごとではなく地球上で最大の哺乳類シロナガスクジラを単位とした「シロナガス換算(Blue Whale Unit=BWU)」で決めたこと、③その結果、大きいクジラの種から順に捕り尽くしていったこと。

この反省から、IWCは1982年に全海域で捕鯨を中止(商業捕鯨のモラトリアム)し、新たな資源管理方式の構築に取り組み、1994年には、目視調査による鯨種別の生息数と、過去の捕獲「実績」を基にして、乱獲が極めて起きにくい持続的利用に資する捕獲枠を算出できる改訂管理方式(RMP)を完成させた。そして、RMPが忠実に遵守されるようにと、監視体制(RMS)を確立する作業が行われている。この作業がなかなか終わらないために、商業捕鯨の再開は先延ばしになっているのだ。

これを「反捕鯨派の牛歩戦術」と見る向きもあるが、実際にはRMPの捕獲枠が非常に厳しいため、商業捕鯨用の枠は、現在日本が調査捕鯨で捕獲している頭数よりも、少なくなる可能性が高い。現に、今年、沿岸小型捕鯨業者が調査として捕獲したミンククジラの数は計画どおりの127頭であるのに対して、RMPの現状の試算は「100年間の平均で年69頭程度(最小17頭、最大123頭)」である。今後、捕獲枠が増える可能性は非常に低い。

●「調査捕鯨」で生き延びる日本の捕鯨

なぜこんな奇妙なことが起きるのだろう。 

国際捕鯨取締条約第8条では、加盟国の権利として、必要な科学研究のために捕鯨をする許可を研究主体に与えることができ、その捕獲数は政府が適当と認めればよいとある。そして捕獲したクジラはできるだけ利用せよ、と第2項で規定しているからだ。

関心のある方だと、「ノルウェーやアイスランドはすでに商業捕鯨をしているではないか。なぜ日本だけができないのだ?」といぶかしく思うだろう。

実は、IWCに加盟している捕鯨国のうち、IWCが捕鯨再開を決めない限り商業捕鯨ができないのは、日本だけである。「商業捕鯨のモラトリアム」は、IWC参加国の4分の3以上の賛成をもって決まった。日本はこのとき異議申し立てをして決議に従わない道を選んだが、アメリカから「態度を変えないなら、自国200カイリ内(排他的経済水域)への入漁を拒否する」と迫られ、異議申し立てを取り下げたのだ。だから、日本が商業捕鯨を再開するには、再び4分の3の賛同を得る必要がある。しかしこれはまったく現実味がない。

一方、ノルウェーは異議申し立てをしたまま現在に至っている。またアイスランドは1992年にIWCを脱退し、2002年に「異議申し立てと同等の立場」を表明した上で再加盟を認められた。一度取り下げてしまった日本とは、この点が異なる。このため両国とも、自国海域で数十頭レベルの調査捕鯨を数年行った上で、商業捕鯨を解禁できたのだ。

●デメリットしかないIWCからの脱退

しばしば、「IWCにとどまっても意味が無い、脱退を検討する」と日本政府などから発せられることがあるが、もし脱退すると何が起きるか。IWCの縛りからは自由になるが、今度は海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約、1994年発効)の縛りを受けることになる。第65条で、「加盟国は海産哺乳動物の保存のために協力すること」と「特に鯨類については、その保存・管理・研究のために適切な国際機関を通じて活動すること」が求められ、新たに国際機関を設立しなければならない。先行事例としては、アイスランド、ノルウェー等が1992年に設立した北大西洋海産哺乳動物委員会がある。日本周辺海域ならば、ロシア共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、中国の参加が必要になり、南極海ならばオーストラリアやニュージーランドの参加が不可欠だろう。国際機関設立の交渉が進んでいるとは聞かれない。

●公海での捕鯨は、今後限りなく不可

IWCを脱退せずに調査捕鯨を続けるとしても、日本にはもう一つ困難な課題が持ち上がった。今年10月のワシントン条約(CITES)の常設委員会において、日本が調査捕鯨で捕っている北太平洋のイワシクジラが、同条約の遵守規定に違反している、と判断されたのである。これは、同条約が「輸出入禁止の生物リスト(附属書Ⅰ)」に同海域のイワシクジラを記載しているため、公海で捕獲した個体の肉を販売目的で陸揚げすることは輸入と同等の「海からの持ち込み」に当たるからだ。例外は、研究のために採取した試料だけ。日本は他のクジラについては、ワシントン条約に加盟したときに規制に従わない「留保」を付けているのだが、北太平洋のイワシクジラだけは、留保種のリストに加えていない。日本は、「売り上げを調査捕鯨の経費に充てているのだから」と説明したが、「販売会社が介在している。無料で配布しても販売促進となる」などと指摘されて、是正を求められている。つまり公海でのイワシクジラの調査捕鯨を打ち切るか、捕獲調査計画どおりに134頭捕って試料部分のみ採取し、肉を捨ててくるしかない。是正しないと、CITESは参加国に対して、附属書記載の動植物の対日本の輸出入を停止するよう勧告する場合がある。そもそも、商業捕鯨が再開されても、200カイリの外側ではイワシクジラは捕れないということだ。

実は、イワシクジラの肉は過去2年間の調査捕鯨が供給した鯨肉の半分以上を占めていた。しかもその売り上げは、次回の出航のための原資だった。

●沿岸域の鯨類を持続的に利用する捕鯨に転換を

このように見てくると、公海での捕鯨を今後継続するのは非常に困難だ。しかも消費量はすっかり落ち込んだ。鯨肉の売り上げを当てにしている調査捕鯨の経費が賄えないくらいに。そのために、国庫補助は30年前の約5億円から10倍にまで膨れ上がった。

折しも捕鯨母船の日新丸(写真)に退役の時期が迫っている。後継船は造らずに、3隻ある捕鯨船と小型捕鯨業者が連携しながらRMPを参考にして、持続的な範囲で200カイリ内の調査捕鯨に専念してはどうか。

日新丸。大型トロール船として建造されながら、200カイリに阻まれて使い道がなくなっていたところを、調査捕鯨母船に改造された歴史があるが、それももはや進水から30年を超えた。

足りないならば、アイスランドとノルウェーの捕鯨業者が日本の需要を様子見しながら捕獲と輸出をするだろう。他に、定置網で混獲されるクジラの肉も年300t弱だが、DNA登録した上で市場に出ている。

食文化や食料安全保障などを盾にして、遠い南極海まで繰り出す捕鯨に正当性を与える必要性はあるだろうか。200カイリ内、とくに沿岸域のクジラ資源に注目して持続的な利用を模索してこそ、世界が目指す持続可能な開発目標(SDGs)の達成にふさわしい。

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