特集/気候変動にいかに備えるか~異常気象の続いた今夏を受けて改めて考える~極端な暑さにどう備えるか~埼玉県における適応策としての暑熱対策取組事例~

2018年11月16日グローバルネット2018年11月号

埼玉県環境科学国際センター研究推進室
嶋田 知英(しまだともひで)

埼玉県は、国内でもとくに極端な高温になりやすい場所として知られている。2007年8月16日には、熊谷気象台で気温40.9℃を記録し、日本の最高気温を74年ぶりに塗り替える、いわば「事件」が起きた。また、それほど時を置かず、2018年7月23日には41.1℃を観測し、日本の最高気温をさらに更新し、単独一位となった。この極端な高温は、太平洋高気圧の張り出しやフェーン現象など、複数の要因が重なって起きた特異的な現象だと考えられているが、長期的なトレンドとしても気温は上昇している。

熊谷気象台の年平均気温は、1898年から2017年の間に100年換算で2.1℃上昇し、とくに1980年以降の気温上昇は激しく、1980年から2017年の間の気温上昇率は5.0℃/100年に達している。気象庁が発表している日本の年平均気温では、1898年から2017年の日本の年平均気温の上昇率は、1.2℃/100年であり、埼玉県の上昇率はこれよりかなり大きい。この埼玉県の急激な気温上昇は、地球規模の温暖化だけではなく、戦後進んだ急激な都市化によるヒートアイランド現象の影響により引き起こされていると考えられる。いずれにしても、埼玉県では、この気温上昇により、極端な暑さの頻度も確実に増加し影響も現れている。

顕在化する高温影響

埼玉県内で起きた高温影響としてとくに注目されたのは、2010年に発生したコメの高温障害だ。当時、埼玉県の水稲品種の約3割を占めていた「彩のかがやき」で米粒が白くなる白未熟粒が多発した。この年の一等米比率は24%と低迷し、多額の経済被害も生じた。また、野生生物にも影響が現れている。本来、埼玉県や関東地方にはほとんど生息していなかった、ツマグロヒョウモンやムラサキツバメなど、南方系の昆虫が侵入定着し、害虫化するといった事例も確認されている。

さらに、近年、熱中症搬送者数は増加しており、2010年以降、埼玉県では年間2,000名を超える方々が搬送され、死亡者も出ており、暑熱環境の悪化による健康影響も顕在化している(図1)。

図1 埼玉県における熱中症搬送者数と初診時における死亡者数の推移

適応策としての暑熱対策

温暖化対策には、大気中の温室効果ガス濃度を下げ、気温上昇そのものを阻止する緩和策と、温暖化による悪影響を最小化する適応策がある。しかし、すでに、気温上昇を完全に食い止めることは難しいと考えられており、近年、適応策への関心が高まりつつある。そのような背景の下、国は2018年6月に「気候変動適応法」を可決成立させた。

緩和策は、気温上昇そのものを止める根本対策であり、すべての分野に有効な対策であるが、適応策はオールマイティーとはいえない。農業や健康、防災など、分野ごとに異なった対策を考える必要がある。例えば、農業分野では、高温に強い耐性品種の育成や、熱帯性の作物への転換などの適応策であり、健康分野では、熱帯性感染症に対するワクチン開発などが典型的な適応策だといわれている。また、極端な暑さなどに対する適応策としては、熱中症予防情報の公表や、保水性舗装など路面温度上昇抑制技術の導入、樹木や日よけによる日影の創出などが重要な対策となる。

埼玉県の暑熱対策の取り組み事例

2019年にラクビーワールドカップが日本で開催される。試合は全国14会場で行われるが、埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園内にある熊谷ラクビー場もその一つに選定された。開催時期は、9月下旬スタートとなっているが、埼玉県の場合、必ずしも涼しいとは限らない。そこで、埼玉県では、熊谷ラクビー場を訪れる観客の暑熱環境緩和を目的に、集中的に対策を実施することを決めた。具体的には、駐車場からラグビー場に至る観客動線に対し、高木の並木や、緑地(小森のオアシス)を整備し、木陰を創出するとともに、園路にも遮熱舗装を行うこととした(図2)。

図2 熊谷スポーツ文化公園を対象とした暑熱対策事業

また、対策工事を行うだけではなく、暑熱対策を行ったときの効果の定量的な把握と、事業の最適化を目指し、文部科学省気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)の一環として、埼玉県環境科学国際センターと海洋研究開発機構(JAMSTEC)等が共同で、JAMSTECが開発した大気・海洋結合マルチスケールモデルMSSGを用い、熊谷スポーツ文化公園の詳細な暑熱環境シミュレーションや、検証のための気象観測などを進めた。

シミュレーションは、典型的な猛暑日を想定し予測を行い、その結果、木陰整備等を行うことで、緑陰が約40%増加すること、対策領域の気温は平均0.7℃程度低下し、熱中症指標で「厳重警戒」または「危険」となる地点が20%減少すること、アスファルト舗装に比べ、遮熱舗装の表面温度は日なたで約9℃低下することなどが明らかとなった。また、並木道の樹木配置については、事前に、複数の植え方を想定したシミュレーションを行い、より暑熱環境改善効果が高い選択肢を示し、実際に施工に反映された。

おわりに

自治体では、暑熱対策として、樹木の植栽や芝生化、壁面緑化など、さまざまな取り組みが行われている。しかし、それらの効果については、観測による検証は時に行われているが、実際、どの程度効果があるのかといった定量的な評価が十分行われているわけではない。また、設計の段階でその効果を把握し、結果に基づき設計を決め最適化するといった事例はほとんど無い。そういう意味では、この埼玉県とJAMSTECの、暑熱対策事業を事前に評価し最適化を図るといった取り組みは、新たな一歩といえる。

暑熱対策に限らず、さまざまな施策には、科学的な根拠が不可欠だ。しかし、実際には根拠を得ることは、予算的、時間的制約もあり、難しいことが多い。今回の埼玉県における取り組みでは、たまたま、文部科学省のプロジェクトを活用することで実現できたが、一般にはハードルが高い。より効率的で科学的な暑熱対策を展開するためには、簡便でコストも低いツールなどの提供が期待される。

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