日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第13回 宮城から世界へ。責任あるサーモン養殖を目指して
2018年09月18日グローバルネット2018年9月号
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン 事務局長
長谷川 琢也(はせがわ たくや)
いま世界で最も消費が伸びている魚、サーモン。「鮭」は日本人にはとてもなじみが深い魚です。最近では回転寿司市場においても、最もメニューの種類が多く、子供から大人まで多くの人が好んで食べています。国連食糧農業機関(FAO)のデータを見ても、とくに養殖サーモンについては、ここ数十年で貿易額が増え、産業としても大きく伸びていることがわかります。増えていく人口に対し、養殖の魚は食料としても期待されているのです。
サーモン生産のライバルを自ら育てた日本
一般的な消費者にとっては、サーモンというと「輸入・生食」というイメージが強いかと思いますが、宮城県は「銀鮭」という種類の鮭の生産量が日本一であり、銀鮭については、ここ数年ようやく「焼き魚用ではなく、生で食べられる国産サーモン」という認知が少しずつ広がってきました。
今、日本人が消費している鮭の大半はチリ産養殖銀鮭ですが、そもそもチリに鮭の養殖技術を根付かせたのは日本でした。しかも、日本で鮭の養殖を始めたのは宮城県。宮城県での養殖銀鮭成功のノウハウが、輸出されて大きなライバルを育てることになったわけです。(その壮大な物語については、食品会社マルハニチロ株式会社のWEBサイトにつづられています。)
宮城県で初の銀鮭養殖を成功させたのは南三陸で、そこの技術を学び、女川で銀鮭養殖を開始したのが株式会社マルキンの創業者、鈴木欣一郎です。1977年に周囲の反対を押し切って養殖を開始し、成功させると、反対をしていた他の漁師も銀鮭養殖を始めました。そして一時期は「銀鮭バブル」と呼ばれるほどに産業として大きくなりましたが、その後は供給過多になり銀鮭バブルがはじけ、生産量は減っていきます。その過程をもろともせず、マルキンはパイオニアとして銀鮭養殖の技術を磨き続けました。
震災を乗り越えて挑戦し続ける銀鮭漁師
そんなマルキンも、2011年の東日本大震災で大きな被害を受けます。工場は流され、漁船も養殖施設もすべて失い、再開できるかどうかというタイミングで、鈴木欣一郎の孫である鈴木真悟(下写真)が両親の反対を押し切って女川に戻り、家業の再建のために立ち上がりました。「小さい頃は実家が漁業をやっていることが格好悪いと思っていました。でも故郷を離れ東京の大学に通っていたとき、地元の魚がどれだけおいしいものなのかに気付きました。そして卒業後、食品商社に就職して知ったのは、価格競争がすべてで、メジャーな魚だけが取引される流通の実態でした。売り場に魚の価値を伝えられるプロがほとんどいないので、価格に強い大手にしか勝ち目がないんです。」
水産業が疲弊していく理由がわかり、同時に漁師であればその流れを変えることができるのではないかと考えた彼は、すべてを失ったときだからこそチャンスがあるのではないかと考えたのです。マルキンの常務として、PRや販路開拓のてこ入れをし、同時にフィッシャーマン・ジャパンの理事を兼任して漁業・水産業の革新に挑戦し続ける鈴木真悟が行き着いたのは、「持続可能な漁業」というテーマでした。
魚の消費が最も多い国の一つ、日本。その日本が「先進国の中で、一番海の資源管理が遅れている」と後ろ指をさされています。利害の問題や、日本の漁業文化が海外のものとそぐわないことなど、理由はたくさんありますが、右肩下がりの日本の漁業に対し、右肩上がりの世界の漁業と時には闘い、時には共存していく必要がある今、震災を経験した東北から世界に通じる持続可能な漁業の事例をつくろう。その思いを胸に、また新しい挑戦が始まりました。
日本初の養殖改善プロジェクト(AIP)
日本で「海のエコラベル」であるMSC認証やASC認証が広がらない理由の一つに、認証取得にかかるコストの問題があります。また、たとえコストを払うことができても、認証によるアドバンテージが事業に反映され、それまでよりも利益が出なければ継続することができません。
そこで鈴木が目を付けたのが養殖改善プロジェクト(AIP)です。AIPや漁業改善プロジェクト(FIP)はMSC・ASC取得を目指し、漁業の改善状況をグローバルに開示しながら進めるプロジェクトで、海外の持続可能な海産物の調達基準としても認められています。
AIPは、ASC取得に向けた改善期間中もプロモーションすることができるため、その時期の販売機会のロスを防ぎ、認証コストを抑えることができます。しかも日本で初の取り組みとなったことで、業界にインパクトを与えることができました。その結果、スーパーマーケットチェーンの西友がプロジェクトの支援と販売協力に乗り出してくれたのです。
養殖において国際認証の審査の焦点となるのは、持続可能なことはもちろんのこと、「責任ある養殖業」という点です。養殖が元来その土地で生きている生物に影響を与えないか。水質汚染につながらないか。魚に与える餌はそもそも持続可能なものであるか。働く漁師の労働環境に負荷はないか。私個人としても、この「責任ある養殖業」という言葉は、今後の世界の漁業においてとても重要だと感じています。
日本の人口は減っていますが、世界では人口は増え続けており、その勢いは地球環境に異変をもたらすレベルに来ています。そんな中で、自分たちの食料を自然の力を借りて増やしていく。身勝手な生物になってしまった人間も、最低限のルールやマナーを守って、自分たちの責任で食べ物を作っていかないといけません。
東北発、持続可能な日本の漁業を目指して
FAOの最新のデータによると、世界の漁業において、ついに養殖の生産量が天然の生産量を超えました。これからはこの「責任ある養殖業」が持続的な海産物、持続的な海の環境をリードしていかなければならないでしょう。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックで日本の海産物を食べてもらいたい、という思いで国際認証取得を目指す漁師や地域は増えていますが、2020年はあくまでも通過点でしかありません。私たちフィッシャーマン・ジャパンは、漁業のイメージをカッコよくて、稼げて、革新的な「新3K」に変えるために、さまざまなプロジェクトに取り組む東北の漁師集団です。漁師を増やす事業や持続可能な漁業プロジェクトの支援などを行っています。そして、日本の漁業を持続可能にするため、「海の資源」「漁師という職業」両方を守っていくための活動を続けています。魚が増えても、漁師がいなくなってしまったら生業としての漁業は無くなってしまいます。漁師が増えても、魚がいなくなったら終わりです。世界からリスペクトされている和食や寿司。それを支える漁業こそ、日本の武器となり、誇りとなると私たちは信じています。
今回ご紹介した銀鮭のAIPの取り組みに続き、今年は石巻の広域でカキのASCを取得することができました。このプロジェクトにも私たちは関わっていますが、その中心となってくれたのは、石巻で漁師を増やす活動をともに推進してくれている宮城県漁協の職員たちです。
震災の大きな被害があった東北だからこそ、日本全国へ、そして世界に向けて、漁業の素晴らしさを伝え、それを持続可能なものにしていく力を持っているのかもしれません。